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第95魔:夏の夜の

「や~ん。私怖いわ堕理雄」

「コラッ! 悪しき魔女! 怖がってるフリをして、お兄さんの腕に胸を押し当てるのはやめなさい!」

「アラ、何だったらマイシスターも堕理雄に押し当ててもいいのよ? まあ、堕理雄からは『何故か、鉄板の様なものが押し当てられているなあ』としか思われないだろうけど」

「クソがああああああ!!!」


 ……。

 俺を挟んで喧嘩するのはやめてもらいたいんだけど。

 なんでこんな厄介な状況になってるんだろう……。




 今日は俺と沙魔美で、真衣ちゃんの家に真理ちゃんの顔を見に来ていた。

 真理ちゃんが産まれて以来、真衣ちゃんが誘ってくれるので、俺達は月に一度くらいの割合で真理ちゃんに会いに来ているのだが、赤ちゃんの成長というのは本当に早いもので、産まれたばかりの頃はあんなに軽かった真理ちゃんの身体も、今では抱っこするのも一苦労な重さになっていた。

 ちなみに今でも俺は真理ちゃんを抱っこする時は、カズマサポーズを強いられている(強いられているんだ!)。

 つくづく兄になるのも楽じゃない。


 宴もたけなわとなった頃、俺と沙魔美がおいとましようとすると、真衣ちゃんが、


「お兄さん! 実は最近近所に、今だけ限定でお化け屋敷がオープンしてて、私割引券を持ってるんですが、よかったら今から一緒に行ってくれませんか?」


 と、誘ってくれたのだった。


「アラ、面白そうじゃない。早速三人で行きましょ!」

「悪しき魔女! 別にあなたは誘ってませんよ! 私はお兄さんと二人で行きたいんです!」

「フフフ、またそんなこと言って。ちゃっかり三人分割引券を用意してるじゃない」

「なっ!? さてはあなた、魔法で私の財布の中身を覗きましたね!?」

「いいえ、魔法は使ってないわよ。カマをかけて言ってみただけなんだけど、どうやら当たったみたいね」

「ぬあっ!?」

「フフフ、ホントマイシスターはカワイイんだから。さあ、お化け屋敷にレッツラゴーよ!」

「待ちなさい悪しき魔女! あなたが仕切るんじゃありません!」


 何だかんだ仲良いよなこの二人。

 そんな二人の遣り取りを、親父と冴子さんも、微笑ましい顔で見ていた。




「はあ~ん、人魂よ堕理雄~。こ~わ~い~」

「悪しき魔女! 何度言えばわかるんですか! お兄さんから離れなさい!」


 といった経緯で俺達はお化け屋敷に来ているのだが、入ってからずっと、俺の左腕には沙魔美が、右腕には真衣ちゃんがしがみついているので、正直言って非常に歩き辛い。

 さっきから沙魔美は怖がるフリをしてるだけだし、真衣ちゃんはお化けなぞガン無視で沙魔美に喰って掛かってばかりいるので、これお化け屋敷来た意味なくない? と疑問に思ってしまう。


 が、その矢先だった。

 俺達の目の前に、OL風の格好をした女性が現れた。

 ん? 何だこの人?

 全然お化けっぽくはないけど。


「はあ~。今朝胸のサイズを測ったら、また1センチ胸が縮んでいたわ」


 !?


「ヒ、ヒイィーーー!!!」


 真衣ちゃんは恐怖のあまり、顔を引きつらせて悲鳴を上げた。

 いや、これは恐怖のベクトルが違くない!?


「アラアラマイシスター、はしたないわねそんな声を出して。1センチくらい、誤差の範囲じゃない」

「はしたないのはあなたの牛みたいな胸のほうですよッ!! もぎ取られたいんですか!? 1センチを舐めたら死にますよ!! あなたはスマホに保護フィルムを貼る時、1センチズレても平気でいられるんですか!?」


 真衣ちゃんこそパニックで発言がちょっとズレている。

 それくらい胸が縮むということに対して、計り知れない程の恐怖を抱えているということなのだろうか。

 別に俺は女性の胸が大きかろうが小さかろうが、女性としての価値は変わらないと思うのだが、小さい人には小さい人なりの、譲れない何かがあるということなのかもしれない。


 と、俺がそんなことを考えていると、今度は全体的にもっさりしていてノーメイクの、オタクっぽい雰囲気の女性が目の前に現れた。


「はあ~。A×Bってタグが付いてたから読んだのに、途中からB×Aになりやがったよ」


 !?


「ヒ、ヒイィーーー!!!」


 今度は沙魔美が恐怖で顔を真っ青にした。

 だからベクトルが違うって!

 最早お化け関係なくなってんじゃん!


「ハッハッハ! 人のことを散々バカにしておいて、自分こそとんだ醜態を晒してるじゃないですか悪しき魔女!」

「マイシスターはこれがどんだけ怖いことなのかわかってないのよ!! 他にも、タグにはA×Bって書いてあったのに、途中からCが参入してきてC×Bになりやがることもあるのよッ!!」

「いや、それも何が怖いのか、私にはよくわかんないんですけど……」


 同じく。

 やれやれ。

 どうやらここは一味違った恐怖を味合わせてくれるお化け屋敷みたいだが、俺にとっては今の状況以上に怖いものなんて出てこないだろうよ。


 と、その時だった。

 大学生っぽい見た目の男性が、俺達の目の前に現れた。


「はあ~。う〇のクリニックから出て行くところを、好きな女の子に見られちゃったよ~」


 !?!?!?

 こっわーーーーー!!!!!!

 これは怖いッ!!!!!!

 むしろこれが一番怖いわ!!

 一瞬で下半身が、ヒュンッてなったわ!!


「アラ、でも堕理雄は特に、う〇のクリニックを必要としない体質じゃない」

「そうなんですかお兄さん!? まあ、私は仮にお兄さんがう〇のクラスタでも、お兄さんへの愛は変わりませんけどね!」


 う〇のクラスタって何!?


 と、間髪入れずに、今度はいかにもチャラそうな見た目をした男が、俺達の目の前に現れた。

 もうヤダ怖い!!

 早くここから出してくれよ!!


「はあ~。浮気がバレないように、彼女のことは全員『姫』って呼んでたのに、不意に『私の名前覚えてる?』って聞かれて、マジ焦ったわ~」


 …………。

 これは別に、誰の胸にも刺さらなかったな。

 クズオ辺りがいたら、恐怖でおののいたのかもしれないが。


「……ま、まあ、今のはあんまり怖くなかったですね」

「……そうね。何だか急に諸々冷めちゃったわ。アレ? そういえば今日は、堕理雄の声を一回も聞いてないような気がするんだけど?」

「あ、言われてみればそうですね。おや? お兄さん? お兄さんはどこですか?」

「え? ……堕理雄? ……堕理雄……どこに行ったの堕理雄!?」


 …………。

 やっと気付いてくれたか。


「……嗚呼、そんなバカな。お兄さんは、先週……」

「……そうか……。堕理雄は、もう……」


 そう。

 今の俺はだ。


 先週のことだ。

 あれは確か、玉塚歌劇団の公演の最終日だった。

 バイト帰りに俺が独りで暗い路地裏を歩いていると、突撃目の前が明るくなり、そのまま俺は飲酒運転をしていた車に轢かれて死んでしまったのだった。

 知り合いはみんな俺の死を悼んでくれたが、中でも沙魔美と真衣ちゃんの悲しみようは尋常ではなく、いつしかこの二人は、まるで俺が生きているかのように振る舞うようになってしまった。

 周りの人達も、今はそっとしておいてあげようという結論に至ったらしく、今日も何もない空間に話し掛けている沙魔美と真衣ちゃんを、親父と冴子さんは暖かい目で見守っていた。

 俺はこんなことがいつまで続くんだろうとこの上なく恐怖したが、期せずしてこのお化け屋敷のお陰で、やっと二人も現実を見ることができたみたいだ。

 さようなら沙魔美、真衣ちゃん。

 俺は一足先にあの世に行って、二人のことをいつまでも見守っているよ。







「……未来延ちゃん、何だいこれは?」

「私が書いたホラー小説です。どうです? なかなか怖く書けてると思いませんか?」

「確かに怖いけど、勝手に人のことを殺さないでよ!! 先週飲酒運転の車に轢かれそうになったのも、沙魔美と真衣ちゃんとお化け屋敷に行ったのも事実だけど、よくそれだけの要素から、こんな話が書けるね!?」

「アッハハー、お褒めに預かり光栄です。夏の夜の、一服の清涼剤になれば幸いです」

「別に褒めてないけどね!?」


 確かに涼しくはなったけども!

 俺は未来延ちゃんが一番怖いよ!

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