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第107魔:ナデナデして

「どうする? まだ続けるかい」


 伝説の殺し屋キラージャックファントムアサシン(俺は無精髭と呼んでいる)は、煙草に火をつけながらダルそうに問い掛けてきた。


「ああ……やっと身体も温まってきたとこだからな」


 そう返す伊田目さんの身体は、既に切り傷でボロボロだった。

 伊田目さんだけじゃない。

 イチさんも未来延ちゃんも伊田目さんと同様、切り傷によって忍び装束がはだけ、大分セクシーなお姿になっている(ちなみに未来延ちゃんは、何故か魔神英雄伝ワ〇ルのヒ〇コの格好をしている。懐い)。


 ――無精髭の強さは圧倒的だった。


 世煮下よにげビルの屋上で無精髭と相対した忍者チームの三人は、手裏剣・クナイ・吹き矢・鎖鎌・テレホンカード・フロッピーディスク等の各種忍具を用いて無精髭と激戦を繰り広げたが(一部忍具っぽくないものも混じっていた気がするが)、無精髭にはかすり傷一つ付けることはできなかった。

 それに対して無精髭が手にしている武器は、一本のナイフだけ。

 たったそれだけの武器で、ここまで伊田目さん達を圧倒しているのだった。

 やはり俺の嫌な予感は当たっていた。

 こいつは文字通り、伝説の殺し屋だ。

 地球人では、端から勝ち目はなかったのかもしれない。


「ま、そうだよな。あんたらの立場じゃ、『じゃあやめます』ってなわけにはいかないよな。お互い雇われの身は辛いねえ。ほんじゃせめて、楽に殺してやるからよ」


 無精髭は律義に携帯灰皿で煙草の火を消してから、右足でタンッとタップを踏んだ。

 すると無精髭の足元に魔法陣の様なものが浮かび上がり、瞬時に無精髭はその場から消え去った。

 まただ!

 さっきから伊田目さん達は、アレにやられてるんだ!


「お父さん!」

「首領! 後ろです!」

「チッ!」


 ザシュッ


「くっ!」


 伊田目さんの背後に現れた無精髭のナイフが、伊田目さんの肩口を切り裂いた。


「伊田目さん!」

「大丈夫だ普津沢。かすり傷だからよ」


 そうは言うものの伊田目さんの表情から、必死で苦痛に耐えているのが伝わってくる。


「へえ。今のは本気で首を狙ったんだがな。流石はジャパニーズニンジャってとこか」

「ハアッ!」

「おっと」


 イチさんの投げたクナイの気配を察した無精髭は再びタップを踏むと、魔法陣で離れた場所までワープした。


「いやー、危ない危ない。今のは惜しかったぜ、セクシーなくのいちちゃん」

「おのれっ!」


 さっきからずっとこの調子だ。

 先程無精髭が余裕タップリに自ら解説したあの能力を要約すると、無精髭は目に見える範囲であれば透明な魔法陣を通して、自在にワープすることができるとのことだった。

 魔法陣はタップを踏む瞬間までこちらには見えないので、ヒット&アウェイを自在に繰り返しているというわけだ。

 その上で身体能力も地球人とはかけ離れており、俺などには無精髭がナイフを振る手先すら眼で追えていない。

 むしろこんな化け物相手に、未だ致命傷を避けて生存している伊田目さん達にも、俺は並々ならぬ畏怖の念を抱いていた。

 流石日夜日本を影から支えている、IGAの面々なだけはある(未来延ちゃんは違うが)。


「ふう、仕方ねーな。イチ、未来延、ここは、ジェットスト〇ームアタックをかけるぞ」

「……御意」

「アッハハー、りょうかーい」


 何!?


「い、伊田目さん!?」


 それは冗談だったはずでは!?

 こんな時に、フザけてる場合じゃないですよ!?


「いや、普津沢、俺は大真面目だぜ。俺達がこいつに勝つには、ジェットスト〇ームアタックを使うのがベストだ」

「はあ……」


 そこまで仰るならもう、俺は何も言いませんが。


「よし、伊田目、行きまーす」


 それはジェットスト〇ームアタックを喰らう側の人の台詞ですよ伊田目さん!?

 こんな時でもつくづく緊張感のない人だな……。

 が、実際三人は阿吽の呼吸で瞬時に縦一直線に並び、無精髭に特攻を仕掛けた。

 一番前が伊田目さん、次がイチさん、最後が未来延ちゃんという隊列だ。


「やれやれ、これがかの有名なカミカゼアタックってやつかい? まったく、日本人の自己犠牲精神には頭が下がるぜ。ま、徒労に終わるがね」

「どうかな!」


 先頭の伊田目さんが、忍者刀を無精髭に突き刺した。

 が、当然これもワープで躱されてしまう。


「う、後ろです伊田目さん!」


 またもや無精髭は、伊田目さん達の背後にワープした。

 危ないッ!


「もう遅えよ――え?」


 え?

 奇しくも無精髭と俺は、リアクションが被った。

 それもそのはず、無精髭が伊田目さん達の背後にワープしたということは、そこには最後尾の未来延ちゃんがいてしかるべきだ。

 だのに、そこには伊田目さんとイチさんしかいなかった。


「なっ!? あの嬢ちゃんはどこに!?」

「ここですよ」

「は?」


 ガインッ


「ぐばっぽ」

「未来延ちゃん!?」


 何と未来延ちゃんは、いつの間にか無精髭の背後に回っていたのだった。

 しかもどこから取り出したのか、鋼鉄製のフライパンで無精髭の脳天をかち割った。

 おおっ!

 初めてまともなダメージが入った!


「でやあっ!」

「おらぁっ!」


 ザシュッ

 ザシュッ


「チイッ!」


 間髪入れずにイチさんと伊田目さんも、忍者刀で追撃する。

 無精髭の両ももの辺りから鮮血が噴き出た。

 やった! これで機動力を大分削げたんじゃないか!

 イケる!


「オイオイ勘弁してくれよ」


 たまらず無精髭は、ワープで屋上の端まで逃げた。


「……何だったんだい、今のは? 確かに突っ込んでくる時は、三人一緒だっただろ?」

「ああそうさ。でも俺がお前さんに斬り掛かると同時に、未来延だけは後方に跳んだのさ」

「! ……へえ」

「アッハハー、三人一緒に突っ込めば、あなたは私達の後方にワープしてくるだろうと思ってましたからね。読み通りです!」


 未来延ちゃんは満面の笑みで、Vサインを送った。

 なるほど。

 縦一線に並んだのは三人の中では一番小柄な未来延ちゃんを、無精髭から見えにくくするためだったのか。

 しかも攻撃を仕掛ける瞬間はどうしても無精髭は伊田目さんに目が行くから、その隙に後方に跳べば、無精髭には気付かれないってわけだ。

 実際離れたところから見ていた俺でさえも、目線が伊田目さんにいっていたので、未来延ちゃんが消えたように見えた。

 汚いなさすが忍者きたない(お約束)。

 でも、これは地球の命運を賭けた戦いだ。

 戦う手段に、汚いもクソもない。

 何よりも優先されるべきは勝つことだ。

 その点、忍者も殺し屋と同じくらい、任務を遂行することに対するストイックさが尋常ではないことは、歴史が証明している。


「どうする? まだ続けるかい」


 今度は伊田目さんが無精髭に言われた台詞を、そっくりそのまま返した。


「その足じゃもう、ナイフを振る際の踏ん張りが効かねーだろ? 降参するなら命だけは助けてやるぜ」

「……ああ、そうだな」


 っ!

 意外と素直に引き下がったな……。


「と、言いてえとこなんだけどよ、こっちも一応プロでね。せめて報酬分は働かねーと、クビになっちまうんだ」


 ……。

 まあ、そうなるよな。


「ハハ、案外仕事熱心なんだな。気が合いそうだぜ」


 どの口が言ってるんですか伊田目さん。


「どの口が言ってるのお父さん」


 ……。

 局長の娘ともリアクションが被った。


「いやいや、相変わらずうちの娘は手厳しいねえ。でも、どうすんだい? その足で、まだ俺達に勝てるつもりなのかい?」


 伊田目さんは忍者刀の切っ先を無精髭に向けながら言った。


「そりゃ勝てるさ。ざっと思いつくだけでも、100通りくらいはおたくらに勝つ手段はある」


 100通り!?

 いくら何でもそれはハッタリだろ!?

 ……ハッタリだよね?


「ほお。流石伝説の殺し屋だな」


 伊田目さんの表情は無精髭の発言を、信じている様にも、疑っている様にも見える。

 実際、その両方なのかもしれない。


「じゃあ、見せてもらおうか、その手段とやらを」

「もちろんだ。だが、念には念を入れて、今回は一番手堅い手を取られせてもらうぜ。――オイ、そこのイケメン君」

「え?」


 無精髭は俺に向かって、スマホの様なものを投げてきた。


「う、うわっ!?」


 危ない!

 思わずキャッチしてしまったが、爆弾とかだったらどうすんだよ俺!?


「ハッハッハ、心配しなくとも、そりゃただの地球産のスマホだよ」

『ハッハッハ、心配しなくとも、そりゃただの地球産のスマホだよ』


 っ!?

 無精髭の言う通り、これはただのスマホみたいだ。

 スピーカーにしてあったスマホから、一拍遅れて無精髭の声が響いてくる。

 いつの間にか無精髭はこのスマホと通話中の、もう一台のスマホを耳元に当てていた。


「……なんのつもりだよ、これは」

「まあまあ、ちょっとした余興だよイケメン君。俺は、仕事は楽しくやりたいタチなんだ。何せ、人を殺すってのは、慣れるとただの単調作業になっちまうからさ」

『まあまあ、ちょっとした余興だよイケメン君。俺は、仕事は楽しくやりたいタチなんだ。何せ、人を殺すってのは、慣れるとただの単調作業になっちまうからさ』

「……そのイケメン君ってのはやめてくれよ。俺は別に、イケメンじゃねーし」

「ハッハッハ、自覚がねーとは、随分とイイ性格してるねー、イケメン君」

『ハッハッハ、自覚がねーとは、随分とイイ性格してるねー、イケメン君』

「……」


 ダメだ。

 心を乱されるな。

 これもこいつの作戦かもしれないじゃないか。


「さてと、じゃあ、始めるとしますかね」

『さてと、じゃあ、始めるとしますかね』

「は?」


 そう呟くと無精髭はタップを踏んで、忽然と俺達の前から消え去った。

 くっ! どこに行った!?


「あれ?」


 だが、辺りをくまなく見回しても、どこにも無精髭の姿は見当たらなかった。

 ひょっとしてマジでさっきのはハッタリで、逃げたのかあいつ!?


「……伊田目さん」

「いや、普津沢、早計は禁物だ。……もしや」

「え?」

『そのまさかさ』

「っ!! 首領!」

「チッ!」


 パーン


「うっ」

「首領!!」

「お父さん!!」

「い、伊田目さん!?」


 伊田目さんが横に跳んだかと思うと、次の瞬間、伊田目さんの右のふともも辺りを銃弾が貫通した。


「首領!!」

「問題ねー、かすり傷だ」

「首領……」


 嘘だ。

 ふとももを銃弾が貫通したんだぞ!

 いくら伊田目さんでも、相当キツいはずだ。


「それよりも、。こりゃ、確かに大分厳しいな」

「……ええ。やつは恐らく、あのビルから狙撃してきたと思われます」


 イチさんは東のほうにある高い貸しビルを指差した。


『ピンポンピンポンご名答~。どうする? あんたらもここまで俺を追ってくるかい?』


 バカな!?

 あのビルまでは、ざっと500メートル近くはある。

 そんな距離から、こんなピンポイントに標的を狙えるものなのか!?


「……いや、狙うこと自体はプロなら可能だよ普津沢。地球人にだって、数キロ先の目標にライフルの弾を命中させる狙撃手は実在する」

「そ、そうなんですか!?」


 そんなゴ〇ゴ13みたいな化け物が、実際にいるなんて……。


「だがここで肝要なのは、俺達もプロ中のプロだってことだ」

「っ!」

「俺は地球人相手だったら、たとえゼロ距離で銃を撃たれたとしても避けきる自信がある。だがやつは、俺が避けるのを見越した上で、撃ってきやがった」

「なっ!?」

「しかもこれだけ離れた位置からだ」

「……」


 人間技じゃない(いや、実際地球人ではないのだが)。

 でも、それにしたってそれは規格外だろう!?

 500メートルも先から、標的の動きを読んで狙撃するなんて。

 こんなやつに勝とうなんてのは、最早無理ゲーじゃないか……!


「だが、何よりも厄介なのは――」

「……?」


 伊田目さんが不穏な台詞を口にした瞬間だった。


「未来延!!」

「え?」


 パーン


「かっ」

!!」


 !?!?

 咄嗟に未来延ちゃんを庇ったイチさんの左脇腹辺りを、銃弾が抉った。

 しかも銃弾は、向かってきた。

 ……いや、それよりも今、未来延ちゃんはイチさんのことを、『お姉ちゃん』と呼んだぞ!?

 イチさんって、伊田目さんの娘だったの!?

 何だか一度にいろいろ衝撃的なことが起こりすぎて、パニックになりそうだ!


『んー、惜しいな。今のはったと思ったんだがな』

「お姉ちゃん!!」

「イチ!!」

「私なら大丈夫です首領……。それよりも、怪我はない? 未来延」

「う、うん……。でも、私なんかより、お姉ちゃんが!」


 あの未来延ちゃんが、珍しく動揺している。


「私なら心配は無用よ。伊達に鍛錬は積んでないわ。いいから今は、前を向きなさい」

「……うん」

『ハッハッハ、素晴らしき姉妹愛ってやつだねえ。俺は一人っ子だから、妹に憧れたもんだぜ』

「……あなたなんかに、可愛い妹は渡さないわ」

『そいつは残念』


 ……何だかお姉ちゃんから、シスコンの匂いがプンプンするな。

 イチさんは常に口元をマスクで覆っているので素顔は見えないが、よく見れば眼元が未来延ちゃんに似ている。

 いや、今はそのことで感慨にふけっている場合じゃない。

 今大事なのは、弾丸が西から飛んできたということだ。


「多分あのデパートから撃ってきたんだろうな」


 伊田目さんが、西に400メートル以上離れたところにあるデパートを指差して言った。

 無精髭は目に見える範囲だったらワープできると言っていたが、まさかこんなに東から西へ、直径1キロ近くもワープできるとは……。

 これじゃあもう、四方八方どこから狙われているのかすらわからないじゃないか!

 伊田目さんが何よりも厄介と言っていたのは、このことだったのか。

 これじゃ俺達は、ただの袋の鼠だ……。


『まだまだこれからだぜ』


 っ!


 パーン


「くあっ!」

「首領!」

「お父さん!」


 今度は北の方から飛んできた弾丸が、伊田目さんの右腕を掠めた。


 パーン


「ああっ!」

「お姉ちゃん!」


 次は南からの弾丸が、イチさんの左肩を穿つ。

 その後も四方から止むことなく銃声は鳴り響き、その度に伊田目さんとイチさんは少しずつ、だが確実に、命を削り取られていった。

 しかし未来延ちゃんだけは二人が守っているお陰で、未だ致命傷は負ってはいなかった。


「お父さん! お姉ちゃん! 私のことはいいから、二人は自分のことを守って!」


 そう懇願する未来延ちゃんは、今にも泣きそうな顔になっていた。

 ……くっ!


「伊田目さん! 俺の身体は分身です! だから、俺が盾になります!」

「っ! ……普津沢さん」

「いや、それはダメだ普津沢」

「なっ!」


 伊田目さんはきっぱりとした口調で言った。


「なんでですか!?」

「……それはお前も未来延も、『陽のあたる場所』で暮らしている人間だからさ」

「……!」


 ……陽のあたる場所。


「俺達IGAは、お前らみたいな陽のあたる場所で暮らす市民を、影から守るために存在してるんだ。そんなIGA俺達が、市民お前らに守られる立場になったんじゃ、本末転倒だろ?」

「……伊田目さん」

「まっ、こうして戦いに巻き込んでおいて、今更言うなって感じだけどな。カッカッカ」


 伊田目さんは全身を自らの血で紅く染めながら、屈託なく笑った。

 本当に笑った顔が未来延ちゃんそっくりだなと、場違いなことを、俺はふと思った。


『ハッハッハ、カッコイイね~。でも、そろそろ終わりにさせてもらうぜ。次は本気でおたくの脳天を撃ち抜く。それで幕引きだ』


 くっ!

 伊田目さん……!


「……いや、だよ」

『ん?』


 え?

 今、何と?


「お前さんの狙撃位置は特定した。東の貸しビルと、西のデパート、あと北のボーリング場と、南の立体駐車場の四ヶ所だろ? それ以外の建物は、高さが足りなかったり遮蔽物があったりで、狙撃には向かないもんな」


 っ!

 局長パネェな!

 これだけ銃弾を浴びながら、狙撃位置を正確に特定していたとは!


『……だったら何だってんだい? おたくもその位置から、俺のことを狙撃してみるかい?』

「いや、生憎俺は近代兵器の扱いは苦手なんだよ。何せ、『忍者』だからな」

『……』


 何が言いたいのかわからない伊田目さんを、無精髭も不気味に感じているらしい。

 が、その時俺はふと、伊田目さんが禁煙パイポの様なものを咥えているのに気付いた。

 何だあれ?

 あんなもの、いつの間に……。


「ちなみに今までのお前さんの狙撃パターンから推測するに、今お前さんは北のボーリング場にいる。違うかい?」

『なっ!?』


 そんなことまでわかるんですか!?

 流石、普段からスパシーバでお客さんの顔を見ただけで、食べたい料理をズバリ当てているだけはある。

 伊田目さんの洞察力は、魔女クラスだ。


『……ふふ。だが、狙撃位置がわかっても、こっちを攻撃できねーんじゃ意味はねえぜ。おたくが何を企んでようが、俺が引き金を引く動作のほうが早い』

「そいつはどうかな」

『何だと?』


 ズドオオオオオォォゥゥ


『っ!?』


 なっ!?!?

 突如として大地をつんざく程の轟音と共に、北のボーリング場が崩落した。

 な、何だ今のは!?


『な、何だ今のは!?』


 っ!

 またまたリアクションが被った。

 スマホが普通に通話できていることから、無精髭は咄嗟に他の建物にワープしたのだろうが。

 でも、本当に今のは何だったんだ?

 音からして、爆弾か何かで、ビルを爆破したように見えたけど……。

 ……ん? 爆弾?

 爆弾といえば――。


「キャハハ! さっすがあーしの『カツイエ』。イイ仕事すんわあ」

「っ!? お前はッ!?」


 ――そこにはかつてこのビルで俺が殺されかけた相手、ボンバー爆間が手を叩いて無邪気にはしゃいでいた。




「……な、なんでお前がここに」

「おやぁ~ん? これはこれは、いつぞやのイケメンじゃーん。元気してた?」


 ボンバー爆間はヘラヘラ笑いながら、こっちに近付いてきた。


「く、来るな!! だからなんでお前がこんなところにいるんだ!?」


 お前はIGAに捕まったはずだろ!?


「キャハハ、つれないねえ。別にあーしだって、来たくて来たわけじゃないんだけどねえ。そこの大将が、急いで来いって急かすもんだからさあ」

「大将!?」


 ボンバー爆間は、伊田目さんのことを顎で指しながら言った。

 どういうことなんだ!?

 誰か俺にわかるように説明してくれよ!


「普津沢、説明は後だ」

「!? 伊田目さん……」


 もしかしてこれが、伊田目さんの言っていた、『とっておきの秘策』ってやつなのか……。


「爆間、恐らく今やつは南の立体駐車場にいる。やってくれ」

「キャハハ! オッケエ~」


 ボンバー爆間が手元のスマホを操作すると、またしても南の立体駐車場が轟音と共に崩落した。


『くっ! マジかよお前らッ!』


 スマホ越しの無精髭の声も、相当逼迫しているのがわかる。


「次は西のデパートな」

「キャハハハハハ! すっごーい! たーのしー!」


 こんなブラックなサー〇ルちゃんがいるか!!

 ブラックサー〇ル……もとい、ボンバー爆間は、またもや指先一つで西のデパートを倒壊させた。


「い~ねえ~。最高だね~。日の目を見れなかった『ミツヒデ』も、予備で作っといた『ヒデヨシ』も、実にキレイな花火を打ち上げてくれるじゃないのさあ」

『チィッ! イカレてやがるッ!!』


 激しく同意。


「さてと、、最後は東の貸しビルが残ったな」

『何!?』

「爆間」

「キャッハー!!! ざーんねんだったねえ、伝説の殺し屋(笑)さん。今の三つの爆破は囮だよ。あんたはそこに誘い込まれたのさあ」

『何だとッ!?』


 ボンバー爆間は口が裂けるのではないかというくらい、口角を限界まで吊り上げながら、嗤った。


「喰らいな。これがあーしの最高傑作、『ノブナガ』さ」

『待っ――』


 チュドオオオオオオオオオォォォォン


『ああああああ――』


 ブツンッという機械音と共に、スマホの通話は途切れた。

 そして東の貸しビルは天まで届く程の巨大な火柱によって、一瞬で跡形もなく消滅させられたのだった。

 ただ何とも不可思議だったのは、それだけの威力の爆破だったのにもかかわらず、貸しビルの周りの建物には、一切の被害が出ていないことだった。


「キャハハハハハハハハハ!!! ホラ、見てごらんなさい! ザー〇ンさん! ドド〇アさん! こんな美しい、花火ですよ!」


 誰がザー〇ンさんとドド〇アさんだ。


「キャハハ、あーしのノブナガは、ある一点のみに、水素爆弾並みの爆破を発生させるんだけど、爆破は垂直方向にしか行かないように設計されてんのさあ」

「なっ……!」


 そんなことが、今の科学力で可能なのか……!?


「ま、流石にノブナガは、IGAの科学ラボが使えなきゃ、完成はしなかっただろうけどねえ」

「っ!」


 IGAの科学ラボ!?


「……伊田目さん、もう説明していただけますよね?」


 俺は伊田目さんに、相対して問うた。


「ああ、もちろんだ。――まあ、一言で言うと、今の爆間は、なんだよ」

「は!?」


 IGAの一員!?

 こいつが!?


「で、でも、こいつは凶悪な犯罪者ですよ!?」

「キャハハ、そんな意地悪言わないでよイケメンく~ん。あーしらは痺れる程の、熱い抱擁を交わし合った仲じゃ~ん」

「……」


 痺れたのは俺だけだよ!!(スタンガンで!!)


「普津沢の憤りはもっともだ。――でもな、爆間の爆弾製造技術が世界トップクラスなのも紛れもない事実だ。だから、使えるものは何でも使うってのが、IGAの方針なんだよ。わかってくれとは言わねえが、そういうもんだと思っといてくれや」

「伊田目さん……」

「とはいえ、爆間の罪が帳消しになった訳じゃねーぜ? これはある種の司法取引さ。IGAとして国のために働けば、その分刑期を減らすっていう条件付きで雇ってんだ。実際今日は爆間がいなかったら、あいつに勝つのは難しかっただろうしな」

「キャハハ! でしょでしょ大将~。あーしってば、ダークヒーローって感じだよねえ。あーし昔から憧れてたんだあ、幻影〇団みたいな、ダークヒーローってやつに」

「……」


 伊田目さんの言い方だと、、勝つ方法はあったとも取れるけどな……。

 よもや、『とっておきの秘策』ってのは、爆間のことではなかったのか?

 何にせよ、忍者の底は闇よりも深いらしい。


「でも、いつの間に爆弾なんて仕掛けたんですか?」

「ああ、それはこれだよ」


 伊田目さんは禁煙パイポを、咥えてたままフリフリと振った。

 は? それで?


「これは禁煙パイポに見せかけた、犬笛なんだよ」

「犬笛?」


 って、犬にしか聞こえない音を出す、あれ?


「本来犬笛の音は人間には聞こえないんだが、IGAの構成員は聴覚も鍛えてるから、これで部下達に爆弾を取り付ける場所を指示してたってわけだ」

「部下!?」

「ああ、実はこの一帯は今、俺の部下達が総出で囲ってるんだ」

「そんな」


 慌てて辺りを見回してみたが、もちろんそれらしき人影など俺には見えない。


「沙魔美ちゃんが人払いの魔法を掛けてくれてて助かったぜ。流石に街中に人がいたんじゃ、この手は使えなかったからよ」

「……でも、あれだけ大きな建物を壊しちゃうのは、いくら何でもマズくないですか? あの規模だと、沙魔美の魔法で直したら、逆に不自然ですよ」

「その点は心配ねーよ。あの四つの建物は、全部IGAの所有物件だからよ」

「ニャッポリート!?」


 そろそろ頭がパンクしそうだ!


「あの四つだけじゃねえ。駅前のスーパーもそうだし、三丁目の図書館とかもIGAのもんだ。むしろ、全国のありとあらゆる場所に、IGAの拠点はある。日本を影から支えるためには、それくらいの設備は必要なのさ」

「……」


 ジーザス。

 どうやらIGAは俺が思っていたよりも、ずっと大規模な組織らしい。

 俺にとっての伊田目さんは小さなイタリアンレストランの店長だけど、その実、警視総監クラスの超重要人物だったのか。

 改めて、俺の周りにはとんでもない人材しかいないんだということを、再認識したよ。


「とはいえ、流石にこれだけ派手に暴れちまうと、俺も方々から怒られちまうだろうけどな。忍者の癖に、全然忍べてねーし」

「あ、ああ。まあ、それは」


 今回は致し方なかった部分も多いですけどね。


「そんなことはございません! きっと上も、今回の首領の功績を認めてくださるはずです!」


 イチさんが目を血走らせて力説し出した。

 圧が強いなこの人!

 今までは所謂忠義心が強い人なのかと思ってたけど、親子だと判明した今、ただのファザコンなんじゃないかという気さえしてくる。


「お前は本当にカタいよなイチ。もう任務は終わったんだから、家にいる時みたいにパパって呼んでもいいんだぜ」

「なっ!? そ、そういうわけにはまいりませんッ!!」


 家ではパパって呼んでたー!!!!

 ファザコン確定やー!!!!


「うっ」

「っ! お姉ちゃん!」


 多量に出血しているところで興奮したのが障ったのか、イチさんは貧血気味によろめいた。

 未来延ちゃんがそれを咄嗟に支える。


「大丈夫? シッカリしてお姉ちゃん」

「え、ええ、私は大丈夫よ未来延。その代わり、いつもみたいに、頭をナデナデさせてもらってもいいかしら」

「うん、いいよ」


 いつも頭をナデナデしてるの!?

 ファザコンな上にシスコンなんて、イチさんの萌えキャラ化がとどまることを知らない!!


「キャハハ! じゃああーしは、イケメンくんのことをナデナデ(意味深)してあげよっかあ?」

「いや、遠慮しておきます」


 いや、マジで。

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