目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第108魔:これこそが

「来やしたか」

「……兄貴」


 伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴン――通称ヘタオは、流応橋りゅうおうばしの手前の空き地で、俺達を待ち構えていた。


「兄貴! もうやめやしょうよこんなこと! 今ならきっと、謝ればうちのマスターも許してくれやすよ!」


 それはどうだろうな……。

 クズオには悪いが、あのマスターはそんなに器の大きい女じゃないと俺は思ってるけどな。


「何度同じことを言わせるんでやすか伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン。アッシは決して、西の魔女たるエスト様を裏切るような真似はしやせん。それはお前も同じでやしょう?」

「……くっ」

「であれば、どちらかが倒れるまで、全力で戦う以外に道はないんでやす。お前も魔女の下僕なら、いい加減覚悟を決めなせえ」

「兄貴……」

「そうだぞチャラ男」

「っ! 百合マッチョさん」


 ラオがクズオの右肩に手を置いた。


「オレ達は戦士だ。戦場に立った以上、目の前にいるやつをブッ飛ばすのだけが仕事。そこには親も兄弟も関係ねー。あるのは、そいつが敵なのかどうか、その一点だけだ」

「……百合マッチョさん」

「まずは我々の力を見せつけてからではないですか、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンさん?」

「伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの長男……」


 伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの一人が、クズオの左肩に手を置いた。

 クズオは六つ子の見分けがつくのか!?

 腐っても同僚なだけあるな……。


「その上で、ゆっくり後で話し合えばいいじゃありませんか。兄弟水入らずで」

「……そうでやすね」


 クズオは覚悟の炎を宿した眼で、ヘタオに向き合った。


「わかりやした。もう言葉では何も語らねえでやす。アッシがこの拳で、兄貴のその幻想をぶち殺しやす!」

「……受けて立ちやす」


 お前が『そげぶ』言うのかよ!?

 そうやって人気アニメのキメ台詞安易に使うと、ファンから怒られるぞ!


「ハアアァッ!」


 っ!

 クズオは瞬く間に、人型からドラゴン形態に変身した。


「クズオ! お前、沙魔美の魔法なしでも変身できるようになったのか!?」

「ええ、何度もマスターに人型にされてる内に、自然とできるようになってやした。むしろ今じゃ気を抜くと、人型に戻るようにさえなってしまいやしたよ」


 クズオはへへっと照れくさそうにはにかんだ。

 いや、軽く言ってるけど、それって結構深刻な事態なんじゃないの?

 変身ヒーローとかが、変身後の姿が日常になりつつあるみたいなもんだろ?

 ……まあ、クズオがそれでいいっていうなら、俺は何も言わないけどさ。


「……兄貴は姿にならないんでやすか? 兄貴は昔から、自在に変身できてやしたでしょ?」

「フッ、敵にアドバイスを送るなど、まだお前は甘さが抜けてないようでやすね。お前達なぞ、人型このままで十分でやす。どれ、そろそろ時間も押してきやした。さっさと決着をつけやしょう」


 ヘタオはケイスケホ〇ダばりに、両腕に嵌めた腕時計を確認しながら言った。

 えぇ……。

 何かああいうの、ケイスケホ〇ダ以外の人がしてると、クソダサく見えるな。


「ハッ! 望むところだ! いくぞテメェら!」

「「「オオッ!」」」


 いつの間にかラオがリーダーみたいになっている。

 まあ、この中で一番強いのはラオだろうから、順当といえば順当だが。


「見せてやるよ! オレの新しい力を!」


 っ!

 ラオが眼帯を外すと、そこには以前と同じ様なダイヤルが付いていた。

 が、それは前みたいな金庫に付いている様なダイヤルではなく、ONとOFFだけの目盛りが付いたシンプルなデザインのものだった。


「ラオ……それは」

「これがオレがキャリコに貰った新しい力、『伝説のターボエンジンブーンブブーンブンブブーン』だ!」

「伝説のターボエンジンブーンブブーンブンブブーン!?」


 相変わらずのキャリコのネーミングセンス!

 そもそも最近作ったなら、まだ伝説にはなってなくない!?(名推理)


「オラァッ!!」

「っ!」


 ラオはダイヤルをONにすると、物凄いスピードでヘタオに突っ込んでいった。


「伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・!!」

「くっ!」


 ズドウッ


 ファッ!?

 ヘタオはラオの攻撃を腕でガードしたが、ラオの拳は相当に重かったらしく、一歩後退りした。


「まだまだこんなモンじゃねーぞオラァッ!!」


 ズドドドドドドドドドド


「ぬううっ」


 ラオの拳の連打は尚も続いた。

 むしろ拳を振るえば振るう程、そのスピードは速まっているようにさえ見える。


「とどめだっ! 伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・ハイスピード!!」


 ズドウッ


「がっ」


 遂にはヘタオは後方に吹き飛ばされ、仰向けに倒れ込んだ。

 ス、スゲェ。


「やるじゃないでやすか、百合マッチョさん!」

「へへ、だろ?」


 ラオは顔だけをこちらに向けると、得意げに親指を立てた。


「伝説のターボエンジンブーンブブーンブンブブーンをONにすると、身体スピードが飛躍的に上昇すんだ。しかも身体を動かせば動かす程、その分だけスピードはアップする。これなら身体への負担も少なくて済むから、前みたいにパンクすることもねえ。むしろ最大スピードまで到達した際の拳の威力は、前のオレのレベル10をも凌駕するぜ」


 なるほど。

 言わば身体レベルギアの、マイナーチェンジ版といったところか。

 よく見ればラオの身体から、赤い色のオーラが立ち上っている。

 赤は速さの代名詞だからだろうか?


「……フム。これはアッシも、少しあなたの力を見くびっていたようでやすね」

「「「っ!」」」


 いつの間にかヘタオは立ち上がっており、燕尾服に付いた埃をパンパンとはたいていた。

 だがその身体には、特にダメージを負った様子は見受けられない。

 こいつ……最強の魔女の側近なだけあって、身体の頑丈さも規格外だな。


「ではアッシも、少しだけ本気を出しやすか」

「っ! 何だと!?」


 そう呟くとヘタオは両腕の腕時計を外して、地面に投げ捨てた。


 ズンッ


「「「!?」」」


 すると、その腕時計は地中深くに埋まっていった。

 あれは!?

 バトル漫画とかでよく見る、メッチャ重たいリストバンド的なもの!?


「今度はこちらの番でやす」

「チッ!」


 バギャッ


「ぐああっ」

「百合マッチョさん!?」


 一瞬で間合いを詰めたヘタオは、ワンパンでラオを遥か彼方まで吹っ飛ばした。

 なっ!?

 ただのパンチが、ラオの伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・ハイスピード以上の威力だとでもいうのか!?

 いくら何でも強すぎじゃないのか、元ヒキニートのクセに!(偏見)


「みんな!」

「「「うん、兄さん!」」」


 ギュルルルルル


「むっ」


 六つ子の伸ばした髪の毛が、ヘタオをグルグル巻きにして拘束した。

 おおっ! 何か六つ子が活躍してる姿は、随分久しぶりに見る気がするな。


「今です! 伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンさん!」

「オオッシャア! 兄貴、喰らうでやす!」


 クズオの放った紅い炎が、一直線にヘタオに飛んでいった。


「甘いでやす」

「っ!」


 が、ヘタオも青い炎を吹き返し、弟の紅い炎と兄の青い炎が互いにぶつかり合った。


「ぐ……がが……あああッ!!」


 しかし、やはりヘタオの炎の方が数段上だったらしく、クズオの炎は掻き消され、クズオは青い炎に呑まれた。


「クズオ!」

「伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンさん!」

「が……がふ」


 辛うじて息はあるようだが、クズオは全身に火傷を負っており、見るからに重傷だ。


「フウ」

「「「!?」」」


 更にヘタオが自分の身体に巻き付いている髪の毛に向かって炎を吹くと、たちまち髪の毛は跡形もなく燃え散った。


「フン」

「「「なっ!?」」」


 そして間髪入れずに背中の翼を羽ばたかせると、無数の鎌鼬の様なものが発生し、周りを取り囲んでいた六つ子達をズタズタに斬り裂いた。


「「「ああああ」」」

「六つ子ー!!」

「まあ、こんなところでやしょうなあ。所詮東の魔女の下僕では、この程度が関の山でやす」


 ヘタオは氷の様に冷たい眼でクズオや六つ子を見下しながら、吐き捨てるように言った。


「下僕の質が、それすなわち主の質。下僕の力がこんなものでは、東の魔女の実力も、底が知れているというものでやす」


 ……くっ。

 強い。

 強すぎる。

 こいつには、沙魔美でも勝つことはできないかもしれない……。


「……取り消してくだせえ」

「っ!? クズオ!」


 クズオがフラフラになりながらも、ゆっくりと身体を起こした。


「……ホウ、まだ立ちやすか」

「取り消してくだせえ兄貴! 今の言葉を!」

「……」

「アッシのことは何を言われても構いやせん! アッシが未熟なのは事実でやすから。でも……でも、マスターと同僚のことを悪く言うのだけは、いくら兄貴でも……許せやせん!!」


 ……。

 クズオ。


「……フン、だったらどうするっていうんでやすか? お前の力じゃアッシの足元にも及ばないことは、先刻証明したばかりでやしょう?」

「……くっ」

「伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・ハイスピード!!」

「ぬうっ!?」


 ズドウッ


「百合マッチョさん!」


 突如としてラオが、超高速でヘタオに殴り掛かった。

 ヘタオはそれをガードしたが、先程よりも裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・ハイスピードの威力が上がっているらしく、ヘタオは苦痛で顔をしかめた。

 だがラオのほうもヘタオに殴られたダメージと、伝説のターボエンジンブーンブブーンブンブブーンによる負荷で、全身が悲鳴を上げているのが伝わってくる。


「よく言ったチャラ男!」

「ゆ、百合マッチョさん……」

「最初はただのチャラいやつかと思ってたが、なかなか仲間想いで骨のある男じゃねーか。仲間を大事にするやつは、好きだぜオレは」

「百合マッチョさん! じゃあ今度、アッシと映画でも観に行きやすか!?」

「行かねーよ! そういう意味の好きじゃねえ! それにオレのハートは、姐さんだけのモンだ!」

「そ、そんなあ」

「私達もあなたが好きですよ、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンさん」

「っ! 伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの長男」


 六つ子も満身創痍の中立ち上がり、クズオを取り囲んだ。


「あなたがいなかったら、お花見の場所取りを、私達がやるハメになりますからね」

「そういう理由で!?」

「……フン、くだらない仲間意識でやすな」

「……兄貴」


 ヘタオがクズオ達を睨みつけながら言った。


「今はそうやって手を取り合っていても、いざ自分に都合が悪くなったら、仲間なんてものは平気でその手を切り離すもんでやす」

「……」


 ヘタオは自らの拳を震える程強く握り締めている。

 かつてオタサーの姫にクラッシュされた、サークルの仲間達のことを思い出しているのかもしれない。


「所詮最後に信じられるものは、自らの力だけ。仲間なんぞに頼らないと生きていけないのは、弱者の証でやす!」

「それは違いやすよ兄貴」

「っ! ……何でやすと」

「仲間に頼るのは弱さではありやせん。むしろ、頼れる仲間がいることこそが、真の強さなんでやす! 何故なら本当に頼れる仲間というものは、一朝一夕で作れるものではないからでやす!」

「なっ!」


 ……クズオ。


「日々の積み重ねの中でしか、真の仲間意識は芽生えやせん。そうやって永い年月を掛けて、人との信頼関係をコツコツ築いていくことこそが、アッシの思う『強さ』でやす! それを怠ってきた兄貴こそ、自分の『弱さ』から目を背けていただけじゃないでやすか!」

「くっ!」


 クズオのクセに良いこと言うじゃねーか!

 ただ、普段浮気しまくって、女性からの信頼関係をことごとくブッ潰してるやつが言う台詞じゃねーだろとは、少し思うが。

 まあ、今日だけは特別に、ツッコまずにいておいてやろう。


「うるさいでやすうるさいでやす!! それでもアッシに勝てなければ、所詮は負け犬の遠吠えでやす! アッシが独りでお前らを蹂躙して、お前らの言う『強さ』を全否定してやるでやすッ!!」


 ヘタオから放たれる威圧感が、より一層暗く重いものに変わった。

 ボッチをなじられたヒキニートがキレた!

 ある意味一番厄介なやつだ!


「否定されるのは兄貴の方でやす! ――百合マッチョさん、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンズ、アッシに力を貸してくれやすか?」

「ハッ、今日だけだぞ」

「「「「「「どうも、私達六人が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンズです」」」」」」

「ありがとうごぜいやす。では百合マッチョさん、アッシと伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンズが時間を稼ぎやすから、百合マッチョさんはその間に、力を溜めていてくだせい」

「っ! ……お前達だけで耐えられるのかチャラ男?」

「何とかしやす。おそらく百合マッチョさんが最大スピードまで到達すれば、兄貴の鉄壁の肉体も破れるはずでやす。今は、それに賭けるしかありやせん」

「……ハハッ、いいだろう。――お前らを信じる」

「恩に着りやす! それじゃいきやすよ、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンズ!」

「「「了解です!」」」

「ハアッ!」


 クズオはまたしても紅い炎を、ヘタオに向かって吐いた。


「懲りないやつでやすね」


 ヘタオも同様に青い炎を吹き返す。

 そして互いの炎がぶつかり合ったが、今度は先程とは違って、炎は相殺されてどちらも消失した。

 何だ! やればできるじゃないかクズオ!


「ホウ、手加減したとはいえ、少しはマシな炎を吐くようになったじゃないでやすか」

「当然でやす! アッシは長年、兄貴の背中だけを追って今日まで生きてきたんでやす! 兄貴の吐く炎の性質は、身体の芯まで刻み込まれてやすよ! さっきは久しぶりだったんで上手く性質を合わせられやせんでしたが、もうアジャストできやした。兄貴の炎は、もうアッシには効きやせんよ!」


 何と!

 クズオはヘタオの炎に、自らの炎の性質を合わせて相殺したっていうのか!?

 ひょっとしてヘタオにとってクズオは、この世で唯一の天敵なんじゃ……!?

 ……何だか、沙魔美に言ったらまたぞろ興奮しそうな展開だな(薄い本が厚くなるってやつか?)。

 絶対に沙魔美にはこのことは黙っておこう。


「今の内でやす! 百合マッチョさん!」

「よっしゃあ!」


 ラオはヘタオやクズオ達の周りを、大きく円を描くように旋回し出した。

 そしてそのスピードは、文字通り加速度的に上昇していく。


「フン、そうはいきやせんよ。そういうことなら、先にお嬢さんのほうを潰すまででやす」

「っ!」


 ヘタオは反転して、ラオに殴り掛かった。


「クッ!」

「「「させませんよ!」」」

「何!?」


 またもや六つ子の髪の毛が、ヘタオを拘束した。

 ナイスゥ!


「おおおのれえええ!! 虫けらどもが、調子に乗るんじゃないでやすうううッ!!」


 ヘタオは炎を使わずに、筋力のみで髪の毛の拘束を引きちぎった。

 ファッ!?


「ハアアアッ!」

「「「あああっ」」」


 そして先程以上に激しく翼を羽ばたかせると、夥しい鎌鼬が六つ子達を襲った。


「で、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンズー!!」

「「「……」」」


 クズオの叫びも虚しく、今度こそ六つ子達はピクリとも動かなくなってしまった。


「あ……ああ……」

「さて、これで残るは、お前とお嬢さんだけでやすね」

「う……ハアアアッ!!」


 クズオは三度目の正直とばかりに、紅い炎を撃ち出す。


「愚かな」

「っ!?」


 だが、今回ヘタオが返しで吹いた青い炎は瞬時に紅い炎を飲み込み、そのままクズオの身体を焼き尽くした。


「うああああッ!!」

「クズオ!!」

「な……なんで……。さっきは……相殺できやしたのに……」

「フン、簡単な理屈でやす。性質は同じでも、アッシとお前の炎では、エネルギー量が桁違いでやす。さっきは手加減したと言ったでやしょう? アッシが本気で炎を吹けば、お前のチンケな炎なぞ、紙クズ同然でやす」

「そ……んな……」


 クソッ!

 やっぱりヘタオには、誰も勝てないのか!?


「……アッシの今までの努力は……全部無駄だったんでやすか……」

「そんなこたあねーぞチャラ男ッ!!」

「「「っ!!」」」


 その時、ヘタオの後方から深紅のオーラに包まれたラオが、音速に等しいスピードで突っ込んでくるのが見えた。

 最大スピードまで到達したのか!?

 ギリギリ間に合ったか!


「無駄でやす!」


 だが、あと一歩というところでヘタオの青い炎が、ラオを迎撃する。

 危ない!


「チイッ!」


 そのままラオは、青い炎に突っ込んでいった。

 なんで!?

 ……そうか、あまりのスピードに、自分でも方向を変えることができないんだ。

 ――ラオッ!


 ボウッ


「「「っ!?」」」


 しかし、何故か青い炎はラオの右肩を掠めただけで、左の方向に逸れていった。


「なっ!?」

「へへ……アッシのチンケな炎でも、兄貴の炎の軌道を変えるくらいのことはできやすよ……」

「くっ! 伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴオオオン!!」


 どうやらクズオは最後の力を振り絞って、なけなしの炎をヘタオの炎にぶつけたらしい。

 クズオは全ての力を出し尽くしたらしく、人型に戻ってしまっている。


「後は、頼みやす……百合マッチョさん」

「任せとけやチャラ男ーーー!!!」

「う、うおおおおおお!!」

「伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・!!!!」


 チュドオオオォォゥ


「がっはあああああっ」


 伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・トップスピードをモロに喰らったヘタオは大きく放物線を描いて、川の中心部辺りに落下した。

 ……か、勝ったか。


「ハア、ハア、ハア、ハア……」


 流石に限界だったのか、ラオは全身から滝の様な汗を流しながら息を切らせている。


「……ラオ、お疲れ様」


 何の役にも立てていなくて恐縮だったが、せめて俺はラオに労いの言葉をかけた。


「……いや、まだだ」

「え?」

「フム、確かにアッシが間違っていやした。先程の発言は撤回しやしょう」

「っ!!」


 川に落ちてずぶ濡れになったヘタオが、口から血を流しながらゆっくりと立ち上がった。

 仕立ての良い燕尾服は、ボロボロに破れている。


「あ、兄貴……」

「お前の言う通り、仲間の力というものは偉大なのでやすね。1+1が、10にも100にもなる。……アッシは己の力を磨くことばかりに躍起になって、一番大切なことに気付いていなかったのかもしれやせん」

「……」

「……だが、この世には、どれだけ多くの者が力を合わせたとしても、決して越えられない壁というものも存在するのでやす」

「……!」

「それを今から、お見せしやしょう」

「あ……ああ」


 そう言い放つとヘタオの身体は見る見るうちに肥大化し、視界を覆う程の、巨大な青いドラゴンの姿へと変貌した。

 なっ!? デ、デカい!? デカすぎる!!

 クズオのドラゴン形態は精々全長5メートル程だが、こいつは優に20メートルを超えている。

 同じ兄弟でも、これ程までに差があるものなのか!?


「チッ! そんな図体だけの虚仮威しに乗るかよ! 喰らえやッ!!」

「百合マッチョさん!?」


 ラオが単身、ヘタオに突撃していった。


「伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・トップスピード!!!」

「……良い攻撃でやす」

「っ!?」


 バギャッ


「があああっ」

「百合マッチョさん!!」

「ラオ!!」

「ですが、これが現実でやす」


 何とヘタオは前脚を軽く振るっただけで、ラオの伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・トップスピードを、ラオの身体ごと弾き返した。

 先程とは真逆に、今度はラオが放物線を描いて、クズオの手前辺りに落下した。


「百合マッチョさあああん!!」

「チャ……ラ男」


 クズオは必死にラオに手を伸ばそうとするが、クズオも全身の火傷が深刻で、それ以上身体が動かないらしい。

 ラオも遂に体力が尽きたのか、ラオを覆っていた深紅のオーラは霧散してしまった。

 ……嗚呼、そんな……。

 これがヘタオの本気なのか。

 こんなの、最早神話レベルの強さじゃないか。


「せめてもの礼儀に、二人共一思いに殺してやりやす」

「兄……貴」

「……ク……ソ」


 ヘタオがその巨体を揺らしながら、ゆっくりと二人に近付いてくる。

 ……やめろ。

 やめろ!

 やめてくれえええ!!!


「ンフフフ、よく頑張ったわね、みんな」

「「「っ!!」」」


 この声は!?

 聞き覚えのある声に慌てて振り返ると、そこにはいつもの不敵な笑みを浮かべたキャリコが、ジェニィとキャーサとジタリアを従えて立っていた。




「キャ……リコ」

「お疲れ様ラオ。後は私達に任せて、ゆっくり休みなさい」


 ラオの側まで歩み寄ったキャリコは、しゃがんでラオの頬に手を当てながら、母親の様な顔でそう囁いた。


「……ああ、頼……む」


 母親に抱かれた幼子のように安らかな顔をしながら、ラオは瞳を閉じた。


「……何故あなた方がここに? あなた方はアッシが、この手で葬り去ったはず」


 そうだ。

 確かにラオは、キャリコ達がヘタオにやられたと言っていた。

 それなのに今のキャリコ達は傷一つ負っておらず、ピンピンしている。


「ンフフフ、これから死に逝くあなたに、そんな説明が必要かしら?」

「……そうでやすな。我々の間に、言葉は不要でやすな」


 ヘタオの爬虫類の様な眼が、紅く煌めいた。


「で、でもキャリコ! いくらお前でも、こいつには多分勝てないぞ!」


 トップスピードのラオでさえ、手も足も出なかったくらいなんだから!


「ンフフフ、心配はご無用よ普津沢堕理雄君。私が前に地球の魔女さんと戦った時に言ったでしょう? 私にはまだまだ、隠し玉があるのよ」

「隠し玉!?」


 確かにそんなことを言っていた気もするが……。


「今日はその内の一つをお見せするわ。――これが私が永い年月をかけて製造した、至高の傑作よ!」

「っ!?」


 キャリコが手元のタッチパネルを操作すると、キーンという空気を斬り裂く轟音と共に、空から巨大な人型ロボットが俺達の目の前に降ってきた。

 ニャニャニャッポリート!?!?

 そのロボットはヘタオと同じくらいの巨体で、全身が黒と赤でカラーリングされていた。

 そして背中にはコウモリの様な羽が三対備え付けられており、両腕の先には猛禽類の様な鋭い爪が生えている。

 そのフォルムは、まるで神話に登場する魔神のようだった。


「ンフフフ、これこそが、『伝説の人型巨大兵器デデービデビデビデデデビル』よ」

「伝説の人型巨大兵器デデービデビデビデデデビル!?」


 マジでそのネーミングセンスだけは、どうにかなんないの!?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?