「さてと、私の可愛い娘を傷付けた落とし前は、キッチリつけさせてもらうわよ、青いドラゴンさん」
「……フン、やってごらんなせい」
伝説の人型巨大兵器デデービデビデビデデデビル(暫定的に俺は『デデデビル』と呼ぶことにした)のコックピットで操縦桿を握ったキャリコは、静けさの中にも煮えたぎるマグマの様な怒りを潜ませた瞳を、モニター越しにヘタオへ向けた。
やはり飄々とした態度の裏では、内心完全にブチギレてるらしい。
そりゃ娘のために星間戦争のドッキリまで仕掛けるような、親バカなキャリコのことだ。
ラオ達をキズモノ(おっと、この言い方は語弊があるな)にしたヘタオのことは、地獄の底まで追い掛けてでも制裁を下すことだろう。
「……あ、兄貴」
「っ! クズオ、お前は寝てろって!」
ベッドから起き上がろうとしたクズオを、俺は制した。
「……いえ、アッシは大丈夫でやす。どうかアッシにも見届けさせてくだせい、兄貴との戦いの行く末を」
「クズオ……」
クズオは普段のチャラさからは想像もつかない程、真っ直ぐな眼を俺に向けてきた。
「……わかった。だが、くれぐれも無理はするなよ。お前も重体なのは確かなんだからな」
「ありがとうごぜいやす、堕理雄さん」
今現在デデデビルのコックピット内には、俺とクズオとラオと六つ子も収容されている。
だが、いくらデデデビルが20メートルを超える巨体とはいえ、このコックピットはロボットアニメに出てくる作戦司令室並みの広さがある。
これは完全に計算が合わない(だからこそ、これだけの怪我人を寝かせるベッドを置くスペースがあるのだが)。
「なあキャリコ、
「ンフフフ、いいところに気付いたわね普津沢堕理雄君。原理は星間戦争の時に、試合会場として使った水晶玉と同じよ。ここは伝説の人型巨大兵器デデービデビデビデデデビル内に造った異空間なの。だから外でどんな激しい戦闘が起きても、ここには影響はないから安心して」
「あ、そうなんだ」
相変わらず何でもアリだな。
「とはいえ、伝説の人型巨大兵器デデービデビデビデデデビルが破壊された場合は、私達もこの異空間ごと消滅しちゃうけどね」
「にゃんだって!?」
それはクソヤベーじゃねーか!?
「ンフフフ、要は勝てばよかろうなのよ。どちらにせよ、これはヤるかヤられるかの戦いなんだから、あなたも覚悟を決めなさい普津沢堕理雄君」
「……わかったよ」
分身の俺はみんなと違って直接命が懸かってるわけじゃないから、とやかく言える立場じゃないしな。
あと俺にできるのは、キャリコ達が勝ってくれるのを信じることくらいだ。
「ああそれと、喉が乾いたら端のほうにドリンクバーがあるから好きに飲んで。その隣には漫画本も多数取り揃えてあるから、暇なら読んでてね」
「漫画喫茶かよ!?」
「ソフトクリームも食べ放題よ」
「完全に漫画喫茶だ!」
たまにあるよねそういう店!
……何だかイマイチ緊張感に欠けるなあ。
まあ、キャリコが緊張してるとこなんて、想像が付かないけど。
「母様! 来たわ!」
っ!?
キャリコの前方の操縦席に座っているジェニィが、突如警告を発した。
咄嗟に前方のモニターを確認すると、ヘタオがモニターを覆い尽くす程の青い炎を、こちらに放っているところだった。
危ない!
「ンフフフ、総員、第一種戦闘配置!」
「「「イエス、マアム!」」」
ジェニィとその両隣の操縦席に座るキャーサとジタリアが、息を合わせて返事をした。
おおっ!
唐突にロボットアニメみたいになってきたな。
この小説はどこに向かおうとしているのだろう……。
ズバンッ
「何でやすと!?」
デデデビルが両手の爪で炎を斬り裂くと、あれだけ膨大だった炎は跡形もなく消滅した。
ニャッポリート!?
「……」
「ンフフフ、驚いて声も出ないかしら青いドラゴンさん? 何、簡単な理屈よ。この爪はね、一度でも喰らったことのあるエネルギー状の攻撃なら、その成分を解析して、分子レベルまで分解することができるのよ」
「っ! ……ホウ」
かがくのちからってすげー!
さすがキャリコ! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ。
そこにシビれる! あこがれるゥ!(どうした?)
「あなたの炎はカリブ海の上空で、この身をもって体験させてもらったからね。既に解析は完了しているわ。もうその炎は、私達には効かないわよ」
「……フン」
「兄貴……」
クズオはヘタオとキャリコのことを、複雑な表情で見比べていた。
それはずっと背中を追い続けてきた兄の炎が打ち破られたことによる喪失感か、それともそれをいとも容易くやってのけたキャリコに対する畏怖の念によるものか、はたまたその両方なのかは、俺にはわからない。
「そういうことならアッシもこの爪で、直接そのロボットを破壊すればいいだけでやす。炎だけがアッシの力だと思っているなら、大間違いでやすよ」
っ!
そうだ。
あの前脚の爪で、ラオは一撃でやられたんだ。
ヘタオが肉弾戦でも尋常ならざる強さを誇るのは、さっきこの眼で確認している。
デデデビルの爪で消せるのはエネルギー状の攻撃だけだと言っていたから、肉弾戦で攻められたら分が悪いのでは?
「ンフフフ、では、純粋な殴り合いといきましょうか。かかっておいでなさい」
キャリコはブルー〇・リーばりに、デデデビルの爪で、クイクイと挑発するようなポーズを取った。
「フン! いつまでその余裕が続きやすかな!」
「っ!」
ヘタオはその巨体をものともしないスピードで、こちらに迫ってきた。
そして鋭い前脚の爪を振り下ろして、デデデビルを斬り裂こうとしてきた。
「クッ!」
ガキンッ
「ぬっ!」
デデデビルは間一髪、それを両手の爪でガードした。
「甘いでやすッ!」
「っ!!」
だが間髪入れずにヘタオが身体を横に回転させたかと思うと、ワニに酷似した長大で太い尻尾を鞭の様にしならせ、デデデビルの胴体を薙いだ。
「ああッ!」
うわっ!?
デデデビルはその衝撃で、巨体を宙に浮かせた。
「とどめでやす!」
更にヘタオは両の翼で空に飛び上がったかと思うと、前転して尻尾をデデデビルに振り下ろし、地面に叩きつけた。
「くううッ!!」
「キャリコ!!」
コックピット内は異空間になっているので外の衝撃はここまで伝わってはこないが、機体が大きな音を立てて軋んでいるのがわかる。
「大丈夫か、キャリコ!?」
「ンフフフ、まったく問題はないわよ普津沢堕理雄君。あなたはパソコンが置いてある個室内で、エロ動画でも観ててちょうだい」
「観ないよこの状況でエロ動画なんか!?」
なんでこの空間はそんな漫画喫茶に寄せてるの!?
「ンフフフ、口が臭いドラゴンさん。あの青いドラゴンさん、あなたのお兄さんだけあって、なかなかの強敵ね」
「っ! ……ナイスバディのおねえさん」
そうか、キャリコはクズオのことを『口が臭いドラゴンさん』って呼んでるんだっけ。
つくづくろくなあだ名のやつがいないな。
「でも勝つのは私だけどね。今度はこちらから攻めるわよ、みんな!」
「「「イエス、マアム!」」」
「なっ!?」
キャリコがジェニィ達に指示を出したかと思うと、デデデビルもその三対の翼で空へと駆け上がり、そのままヘタオに体当たりをかませた。
おおう!?
随分泥臭い戦いになってきたな!?
「チッ! カアアアアアアッ!!」
「ハアアアアアアッ!!」
ヘタオとデデデビルは、空中でドラゴ〇ボールばりに激しい打撃戦を繰り広げた。
双方共、よくこんな巨体でそれだけ素早く身体を動かせるな!?
「ハア、ハア、ハア……」
「フウ、フウ、フウ……」
どうやら格闘戦は互角のようだった。
互いに空中で距離を取り、次の相手の出方を伺うような姿勢を見せた。
くっ……これはどちらが勝つのか、俺にはまったく予想もつかない。
「……フン、これでは埒が明きやせんな。致し方ないでやす。ここは、奥の手を使わせてもらうとしやしょう」
「アラ、もうそんなものを見せていただけるの?」
「なっ!? あ、兄貴、まさか、アレをやるつもりでやすか!?」
っ!
アレだと!?
「クズオ! ヘタオは何をするつもりなんだ!?」
「え……。堕理雄さん、『ヘタオ』っていうのは、もしかして兄貴のことでやすか……?」
「あ」
やっべ。
ヘタオは俺の中だけのあだ名だったのに、思わず声に出しちゃった。
ブラコン気味の弟は、怪訝な顔を俺に向けている。
「い、いや……そんなことよりも、あいつは何をするつもりなのかを教えてくれよ!」
「あ、ええ……そうでやすね」
フウ。
何とか誤魔化せた(そうかな?)。
「おそらく兄貴は、我が家に代々伝わる、『伝説のファイヤーブレスインフィニティデスフレイム』を放つつもりでやす」
「伝説のファイヤーブレスインフィニティデスフレイム!?」
……って、何?
ヘタオの本名の、伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴンと、字面が似てるけど。
「伝説のファイヤーブレスインフィニティデスフレイムは、兄貴の膨大な魔力を糧として、その名の通り、相手を焼き尽くすまで際限なく死の炎を吐き続ける技でやす」
「際限なく!?」
それじゃあいくらデデデビルの爪で炎を掻き消しても、いつかは押し切られてしまうってこと!?
「……ンフフフ、面白いじゃない。その技、是非研究させてもらいたいわ」
「キャ、キャリコ!?」
またマッドサイエンティストの悪い癖が出てきた!
下手に喰らったら、死ぬかもしれないんだぞ!?
なんで相手に技を出させる前に倒すっていう、無難な道を選べないんだよ!
「真っ向から受けて立つわ。あなたの全力を私に見せない、青いドラゴンさん」
「……フン、その言葉、あの世で後悔しなせい」
ヘタオが大きく息を吸い込むと、辺りの空気が蜃気楼のようにぐらりと揺らめいた。
く、来るッ!!
「喰らうでやす、伝説のファイヤーブレスインフィニティデスフレイム!」
「兄貴ッ!」
ズドボウッ
っ!!
ヘタオの口から放たれた青い炎が、うねるように渦を巻きながらこちらに襲い掛かってきた。
まるで炎自体に意思があるかのようで、今までの炎とは桁違いの威圧感を放っている。
「キャリコッ!!」
「ンフフフ、みんな、いくわよ!」
「「「イエス、マアム!」」」
「伝説の回転
伝説の回転爪技グルグルズバババドンガラガッシャーン!?
何それ!?
デデデビルは両手の爪を前方に突き出すと、そのまま錐揉み回転しながらヘタオの炎に突っ込んでいった。
まるで某有名格闘ゲームのラスボスの必殺技である、サイコでクラッシャーなアタックのようだ。
「キャ、キャリコ!? 何してんだよお前!!」
自殺するつもりか!?
「ンフフフ、まあ見ててごらんなさいな」
……!
しかし、この状況でもキャリコはいつも通りの涼しい顔をしていた(今言うことではないが、キャリコって紅茶が似合いそうだよね)。
……本当に勝てる算段があるのか?
ズボウッ
うっ!
デデデビルの全身が、炎に包まれた。
「ンフフフ、みんな、そのまま全速前進よ!」
「「「イエス、マアム!」」」
ファッ!?
だが、デデデビルの爪は炎の渦を斬り裂きながら、少しずつヘタオににじり寄っている。
ギリギリ炎の勢いよりも、爪での分解速度のほうが勝っているらしい。
おおっ!
これは、イケるか!?
「クッ! ……ガアアアアアアアアア!!!」
「「「っ!?」」」
が、ヘタオが咆哮すると、炎の勢いは尚も増した。
そして今度は、ジリジリとこちらが押されてきた。
ぬうっ!?
あと少しなのに!
しかもあまりの炎の熱に、爪の先が徐々に溶けてきている。
嗚呼!!
こ、このままじゃあ――。
「キャリコ!!」
「……ンフフフ、勝ったわね」
ハッ!?
何だって!?
「ガハアッ!?」
えっ!?
その時、突如としてヘタオの炎が止んだ。
な、何が起こったんだ!?
ヘタオは炎を無限に吐けるんじゃなかったのか!?
「
「は?」
思いがけないキャリコからの賛辞に、クズオはポカン顔になっている。
「あなた達がお兄さんの魔力を大幅に削ってくれていたお陰で、遂にお兄さんの魔力は枯渇したのよ」
「そ、そんな……!?」
何と!?
やはりラオの伝説の裏必殺拳技エターナルグレネードパクツイナッコウ・トップスピードは、ヘタオに深刻なダメージを与えていたらしい。
……ある意味これも、クズオの言っていた『仲間の力』ってやつだな。
結局最後はヘタオ個人の力よりも、こちらの総合力のほうが、僅かにだが
「ウ……ウガアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ンフフフ、精々あの世で後悔なさい」
ズバッシャァッ
「ガ……ハ」
伝説の回転爪技グルグルズバババドンガラガッシャーンは、ヘタオの身体を深く抉った。
力尽きたヘタオは人型に戻り、ゆっくりと瞳を閉じながら川に落下していった。
「兄貴ーーー!!!!」
クズオの悲痛な叫びが、コックピット内に響いた。
「ンフフフ、さあみんな、祝杯を上げている暇はないわよ。怪我人の手当てを」
「「「イエス、マアム!」」」
キャリコの号令と同時に、ジェニィ達はどこからともなく、緑色の液体が入った巨大な注射器を取り出してきた。
アレは!?
キャリコが沙魔美に黒焦げにされた時に使用していた、エリクサー的なもの!?(※75話参照)
「えっ!? ちょ、ちょっと、おねえさん方! 流石のアッシでも、まだ注射器プレイは経験がなくてでやすね!? まだ心の準備が……ちょ、ちょま…………アッー!」
プレイじゃなくて治療だよ。
ジェニィ達は慣れた手つきで、クズオとラオと六つ子達に注射器を刺していき、みんなの怪我は瞬く間に完治したのだった。
「……う、んん……」
「ンフフフ、目が覚めたみたいね、ラオ」
「……キャリコ」
キャリコはラオのベッドの横に座り、リンゴを剥き始めた。
「オレは……」
「まだ寝てなさいラオ。大丈夫、もう終わったわ。あなたのお陰で勝てたわよ。ありがとう、ラオ」
「……オレは大したことはできてねーよ。それよりキャリコ、なんでお前達が生きてんだよ? あの時確かにお前達は、あいつの炎にやられたはずだろ?」
そうだ、それは俺も気になっていた。
キャリコ達がヘタオに襲われた時にはデデデビルには乗っていなかったのだろうし、そんな状態でどうやってキャリコは生き延びたんだ?
「ンフフフ、私達が落ちた場所が良かったのよ」
「場所?」
「ええ、私達が落ちた国はどこだったか覚えてる?」
「ああ、そりゃ、トリニダード・トバゴだろ?」
トリニダード・トバゴ!?
そこはかとないエロスを感じる国!(未来延並感)
なんでこの小説は、こんなにトリニダード・トバゴ推しなの!?
「そう、トリニダード・トバゴ。カリブ海に浮かぶ、小さな島国。あの国は石油と天然鉱脈の資源が豊富なの。だからその資源を基に、伝説の回復薬テンテンテレテンを量産して、事なきを得たってわけよ」
「……そうだったのか」
伝説の回復薬テンテンテレテン!?
あの緑色の液体って、そんな名前だったの!?
ポケ〇ンセンターの回復音?
「もちろん私達にそっくりなダミーの死体は置いてきて、青いドラゴンさんの目を欺いてはおいたけれどね」
「……相変わらず周到だな、キャリコは」
ラオは呆れ気味に、口角を上げた。
やれやれ、結局いつも俺達は、キャリコの手のひらの上で踊らされてるだけなんだな。
そりゃ海千山千どころか、海二千五百山二千五百(合計五千年)の、人生大ベテランのキャリコには、誰も騙し合いじゃ勝てないわな。
「……でもあの、青いドラゴンさん」
「ん? どうしたキャリコ?」
「……いいえ、何でもないわ」
「? 変なやつ」
吞気なラオとは対照的に意味深な表情を浮かべているキャリコだったが、その表情の意味するところを俺が推し量れるはずもなく、俺はただ何となく、沙魔美達が戦っているであろう角質山の方角をモニター越しに眺めた。
最強の魔女であるエストは、ヘタオ以上に強いってことなんだよな?
……マジで死ぬなよ、沙魔美。