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第110魔:壊錠

「ハア、ハア、ハア……」

「ゼエ、ゼエ、ゼエ……」

「オーホッホッホッホ! もう終わりですのお二人共? まだワタクシの結界は、1ナノメートルも削れてはおりませんわよ」

「……チッ」

「この……バケモンが」


 沙魔美とピッセの腕は、既にどちらもボロボロだった。

 全身から漂う疲労感も、フルマラソンを走り切った後の様だ。

 だが対するエストはというと、豪奢な白いドレスに、未だシワ一つさえ付いてはいなかった。

 ……圧倒的だ。

 同じ魔女な上、こちらは二人がかりで攻撃しているというのに、エストの言う通り、結界は微塵も破れる気配はない。

 俺と菓乃子も応援のしすぎで、完全に喉が枯れてしまっている。


 が、その時。


「っ! 沙魔美、ピッセ! 封神石を守りに行ったみんなが、エストの配下を全員撃退してくれたぞ!」

「「「っ!!」」」


 四方に派遣した俺の分身から、吉報が届いた。

 ……ありがとうみんな。

 本当にどの戦場も、激戦に次ぐ激戦だった(玉塚さん達以外は)。

 これで当面は、伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンの復活を阻止できるはずだ。


「……何ですって?」


 俺の口からあまりにも予想外の言葉が出たことで、エストは初めて余裕ぶった表情を崩し、眉根を寄せた。


「フフフ、どうやら無能な上司の下には、無能な部下しか集まらないようね。これで我が社が福利厚生の行き届いた、ホワイト企業だということが証明されてしまったわ」


 沙魔美はエストを見下しながら、高らかに嗤った。

 いや、お前の会社がホワイトだって証明にはなってないだろ。

 前にクズオから、月給は四万くらいしか貰ってないって聞いたぞ。

 控えめに言ってドブラックじゃねーか。


「……まったく、何て使えない下僕達でしょう。このワタクシの顔に泥を塗るなんて。まあ、伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンさえワタクシの下僕にできれば、それ以外の男などは塵芥ちりあくたも同然。切り捨てる手間が省けたというものですわ」


 なっ!?

 こいつ……。

 少なくともヘタオは、命を懸けて忠義を尽くしていたというのに。


「あんまりじゃないかッ!」

「は?」


 筋違いなこととは自覚しつつも、俺は思わず叫んでしまった。

 だが、一度溢れ出した思いは止まらない。


「俺はこの眼で見ていたからよくわかる! お前の部下達は、敵ながら全力で任務を果たそうとしてたんだぞ! それなのにそんな言い方……お前には、人の心ってもんがないのかよッ!!」

「……堕理雄」

「……先輩」

「……堕理雄君」


 クソッ。

 なんで俺は敵にこんなエラそうに説教してんだ。

 自分で自分がよくわからねえ。


「……ホホホ」

「っ! 何がおかしいんだよ!」

「いえいえ、今のは感心のあまり漏れた笑みですのよナイスルッキングガイさん。――東の魔女さん」

「フフフ、何かしら西の魔女、兼オタサーの姫さん」

「あなたのステディは、ワタクシの想像通り、とても魅力的なお方ですのね」


 え?

 なんで?

 なんで今の流れで、そういう感想が出てくるの?


「当たり前じゃない。堕理雄はこの私が、この世でただ一人愛した男なんだから。銀河中を探し回ったとしても、堕理雄以上の男なんてどこにも存在しないわ」

「ホホホ、そうかもしれませんわね」


 いや二人共俺に対する評価高すぎじゃない?

 そこまで持ち上げられると、流石に恥ずかしいから勘弁してほしいんだけど……。


「これは、何としてもナイスルッキングガイさんを、ワタクシのモノにしたくなってしまいましたわ」


 エストは俺に向かって、妖しく微笑んだ。

 ヒエッ。

 俺は全身に悪寒が走るのを感じた。

 いい加減俺の、厄介な女にばかり好かれるこの体質を何とかしてくれ!

 何でもしますから!(ん?)


「……何度言えばわかるのかしら。堕理雄は誰にも渡さないって、10万年前から言ってるでしょうが、この〇〇〇〇女がああ!!」


 お前何歳だよ!?


「オーホッホッホッホ! 所詮この世は弱肉強食。強者は弱者から、好きなものを好きな時に好きなだけ搾取する権利があるんですわ! 大事なものを守りたいのでしたら、それ相応の力をワタクシに示してごらんなさい!」


 エストが指をクイッと曲げると、エストを包んでいた結界が、パリンと乾いた音を立てて砕け散った。


「まずはあなた方を嬲り殺しにしてから、ゆっくり封神石を破壊しに参りますわ!」


 エストを取り巻く雰囲気が、極めて好戦的なそれに変化した。


「それはこっちの台詞よおおおお!!」


 沙魔美が右手の爪を、エストに振り下ろした。


 ガシッ


「なっ!?」

「ホホホ、惨めなものですわね、弱いというのは」


 エストは右手の人差し指と中指だけで、沙魔美の爪を挟んで止めていた。

 ニャッポリート!?


「そおーれっ!」

「キャアアァ!?」


 そしてそのまま指の力だけで沙魔美を持ち上げたかと思うと、遥か遠くにブン投げた。

 えええええ!?!?


「魔女ッ!! チッ、伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウ!!」


 ドウッ


「ふわ~あ。何だか眠くなってきてしまいましたわね」

「何やと!?」


 エストはピッセの伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウを、左手の人差し指だけで受け止めていた。


 ビシッ


「ぬああっ!?」


 そして軽くデコピンしただけで、ピッセも沙魔美同様吹っ飛んだ。


「ピッセェ!!」


 菓乃子の悲鳴が、角質山に木霊した。


「オーホッホッホッホ! 惨め惨め惨め惨め、最高に惨めですわあなた方!! もしもワタクシがあなた方の立場でしたら、あまりの惨めさにヴィンテージワインで埋め尽くした浴槽で、入水自殺してしまうことでしょう!」


 いちいち言い方が鼻につくなこいつ!?


「ハアアアアアアッ!」

「アラ?」


 ズドドドドドドドドドド


 っ!?

 瞬時に起き上がった沙魔美がエストに駆け寄り、高速の拳の連打を浴びせた。

 だがエストは沙魔美の拳を全て、右手の人差し指だけで受けている。


「オラアアアアアッ!」

「アラアラ」


 ズドドドドドドドドドド


 今度はピッセが反対側から、目にも止まらぬ速さで拳を撃ち出した。

 が、これもエストの左手の人差し指だけで受け切られてしまっている。


「ホホホ、今日のアフタヌーンティーのお茶請けは何にいたしましょうかしら。この星のイギリスとかいう国で、スコーンというお菓子を購入してくるのもいいかもしれませんわね」


 っ!

 こいつ、戦闘中にお茶請けの心配なんかしてやがる。


「ハアアアアアアッ!」

「オラアアアアアッ!」

「…………惨めですわ」


 ビシッ

 バシッ


「アアアアッ!」

「ぐああっ!」


 エストが両の手を軽く払っただけで、沙魔美とピッセは俺と菓乃子がいる辺りまで吹き飛ばされてきた。


「沙魔美ッ!!」

「ピッセッ!!」


 俺と菓乃子は、二人を抱き起した。


「う……うう……堕理雄……」

「菓……乃子……」


 既に二人共、満身創痍だ。

 こんなにもか。

 こんなにも力の差があるものなのか。

 沙魔美とピッセは、言うまでもなく地球側の最高戦力の二人だ。

 その二人が力を合わせて全力で戦っても、エストには傷一つ付けるどころか、おそらく実力の十分の一も出させてはいない。

 こいつ、伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンを下僕にするまでもなく、現時点で既に宇宙最強なんじゃないか……?


「さてと、面倒ですが、ワタクシは各地の封神石を破壊しに参りますわ。そこであなた方のお仲間にお会いしたら、まとめて始末しておきますわね」

「なっ!?」


 それはマズい!

 沙魔美とピッセでさえ手も足も出ないのに、他のみんなじゃ絶対に適うはずがない。

 何とかしてエストを止めないと……。


「待……ちなさ……い」

「沙魔美!?」


 沙魔美がフラフラになりながらも、ゆっくりと立ち上がった。


「まだ……勝負は……終わってへんで」

「ピッセ……」


 ピッセもそれに続く。


「ホホホ、醜いですわね醜いですわね、弱者の足掻きというものは。せめて引き際くらいは美しくあろうという発想には至りませんの? 弱者にできることといえば、そのくらいでしょう?」

「生憎こちとら諦めの悪さだけを武器に、同人界の荒波を渡り歩いてきたってのよ。たとえ締め切り1時間前に白紙のページが5ページ残っていたとしても、決して諦めたりはしないのが私という女よ」


 いやそれは流石に諦めろよ。


「ハッ、右に同じや。ウチは温室の中で大事に育てられた花よりも、ゴミ捨て場で風雨に晒されながら必死こいて生えとる雑草のほうが、美しいと感じるタチやからな」


 ……ピッセ。

 やっぱピッセはカッケェな。

 でもそういうことを言ってると、また菓乃子が惚れ直しちゃうぞ?

 チラッと横目で菓乃子を覗き見ると、案の定『芋けんぴ髪に付いてたよ』の時の女の子みたいな顔をしていた。

 う……わ――――。


「……フン、庶民の価値観はワタクシには一生理解できそうにありませんわね。そんなに醜く死にたいのでしたら、お望みを叶えてさしあげますわ」


 エストの全身から、ドス黒い殺意が溢れ出てきた。

 そのあまりの圧に、辺りの草木が、水が、空気が、大地が、太陽までが、恐怖でおののいているかのようだ。

 俺も冷や汗が止まらない。

 くっ……ついに本気になりやがったか。


「……とはいうものの、どないするつもりなんや魔女? 悔しいが、この高飛車女の力はホンマモンや。ジブン何か、新しい必殺魔法とかないんか?」

「あったらとっくに使ってるわよ。あなたこそ、無駄に長い名前の新技とかないの、カマセ?」

「ピッセや! ひとの大事な技名を、無駄に長いとか言うなや! ……まあ、名前は長ないが、一応、あるにはある」


 あるの!?


「……へえ、本当にラデ〇ッツ戦で魔貫光〇砲を習得してきた、ピッ〇ロさん的な展開になったわね。どんな技なの?」

「……『磔刑たっけい』いう技でな。気を込めた掌底を心臓に撃ち込むことで、その相手を強制的に仮死状態にすることができるんや」

「ホホウ」


 何だそれスゲーな!

 でもそんな技、どこで習得したんだ?

 またも横目で菓乃子を覗き見ると、今度の菓乃子は恐怖とも憂いとも取れるような、複雑な表情を浮かべていた。

 何かその磔刑とかいう技に、嫌な思い出でもあるのだろうか?


「それならあのオタサーの姫も、一発KOできるってわけね?」

「多分な。でもこの技は、心臓に撃ち込まな効果がない。あの高飛車女が、素直に技を喰らってくれるとは、到底思えんがな」

「フフフ、それなら私に任せなさい。ドラゴ〇ボール世代の私が、ラデ〇ッツ戦のゴ〇ウさばりに、あの女を羽交い絞めにするから、その隙にあなたは、磔刑とやらを撃ち込みなさい」


 いやお前20歳だろ。

 連載当時はまだ生まれてすらいないぞ。


「……いけるんか、魔女?」

「フフフ、我に秘策ありよ」


 本当かよ。

 なんで沙魔美が言うと、全部嘘っぽく聞こえるんだろう?


「ホホホ、作戦タイムは終わりましたかしら? ではそろそろこのお茶会もお開きにさせていただきますわね。ワタクシ、3時から美容室を予約してるんですの」


 3時から美容室を予約してるのかよ。

 その縦ロールを、それ以上どうするつもりなの?


「フフフ、その美容室は、私がキャンセルしておいてあげるから安心なさい!」


 沙魔美が指をフイッと振ると、目の前にざっと百人近くの、沙魔美の分身が現れた。

 ファッ!?

 ナ〇トの多重影分身か!?

 ……そうか。

 よく考えれば、俺の分身が作れるなら、自分の分身も作れるはずだよな(ナ〇トみたいに、分身一人一人の力は本体程ではないのかもしれないが)。

 これだけ大人数で攻めれば、誰か一人くらいは、隙を突いてエストに接触できるかもしれない!


「「「いくわよ!」」」


 エストを取り囲んだ沙魔美の分身達が、一斉にエストに襲い掛かった。


「……ホホホ、惨めですわね」

「「「っ!?」」」


 ピシャオーン


「「「うあああああっ!?」」」


 なっ!?

 エストが指をクイッと曲げたかと思うと、雲一つなかった晴天が一瞬でドス黒い雨雲に覆われ、そこから光の槍の様な無数の雷が沙魔美の分身達目掛けて落ちてきた。

 今の一撃だけで、分身の数は半分程にまで減ってしまった。

 こいつ……、いくら最強の魔女とはいえ、雷まで自在に操れるというのか……?

 こんなの魔女というより、最早『神』じゃないか。


「オーホッホッホッホ! これはこれはワタクシとしたことがはしたない。庶民があまりに調子にお乗りあそばされているものですから、実力の違いをお見せしてあげたくなってしまいましたわ」

「「「くっ……まだまだ分身は残ってるわ! 次はもっと多方向から――」」」

「いいえ、これでお開きですわ」

「「「えっ」」」


 ピシャオーン

 ピシャオーン

 ピシャオーン

 ピシャオーン

 ピシャオーン

 ピシャオーン


「「「あああああああああああああああ」」」

「沙魔美ッ!?」


 エストが再度指をクイッと曲げると、先程とは比にならない程の大量の雷が、豪雨のように辺り一面に降り注いだ。

 あれだけいた分身は本体だけを残して、跡形もなく消滅してしまった。


「……そ、そんな」


 流石の沙魔美も、絶望に打ちひしがられた顔をしている。


「くっ……うおおおおおおっ!!」

「沙魔美!!」


 だが沙魔美は怒声を上げて自らを鼓舞し、右手の爪を伸ばしてエストに突貫していった。


「ホホホ、ごきげんよう」


 ピシャオーン


「あああっ」

「沙魔美ー!!!」

「魔女ッ!!」

「沙魔美氏ッ!!」

「あ……ああ」


 全身が炭化したみたいに黒焦げになった沙魔美は、その場にくずおれた。


「沙魔美ぃーーー!!!!」

「……なんちゃって」

「え」


 ガシッ


「な、何ですって!?」


 ファッ!?

 いつの間にか沙魔美はエストの背後に回って、エストを羽交い絞めにしていた。


「クッ! 何故あなたがそこに!? あなたは今確かに、ワタクシの魔法で倒したはずですわ!」

「フフフ、そんなこともわからないの? 自称最強の魔女(笑)さん。あなたが今ドヤ顔で倒したと思ったのも、私の分身よ」

「そ、そんな!?」


 マッジかよ!?

 確かに黒焦げになったはずの沙魔美の身体は他の分身同様、綺麗に消え去っている。


「私が分身を出した本当の目的は、本体の私に認識歪曲の魔法を掛けて、あなたの背後にコッソリ近付くためのミスディレクションにすることだったのよ。所謂、同人誌を隠すならまんだ〇けの中ってやつね」


 木の葉を隠すなら森の中みたいに言うな。

 そんなことわざは無え。


「なっ……このワタクシが……このワタクシがああああっ!!」

「今よ! カマセ!」

「ピッセや! でかしたで魔女! ――磔刑!」


 ズンッ


「かっ……は」


 決まった!!

 ピッセの鋭い掌底が、モロにエストの心臓に入った。

 勝ったなガハハ!


「……ホ……ホホ」

「「「っ!!」」」


 ピシャオーン

 ピシャオーン


「キャアアアッ!?」

「がはあああっ!?」


 なっ!!?

 無慈悲な光の槍が、沙魔美とピッセを貫いた。

 二人は全身から黒煙を上げながら、その場に倒れた。


「沙魔美ッ!!」

「ピッセッ!!」


 何故!!?

 確かにピッセの磔刑は、エストの左胸に直撃したのに!


「ホホホ、オーホッホッホッホ!! 残念でしたわね残念でしたわね!! 今のは、ほんの少おおおおおしだけ危なかったですわ。でも、生憎ワタクシの星の人間は、みんな心臓はに付いているんですの」

「「「っ!?」」」


 そんな……。

 何てことだ。

 見た目が地球人に酷似しているから失念してたが、エストはあくまで異星人なんだった。

 であれば、身体の構造が俺達と違っていても不思議じゃない。

 なんでそんなことに、考えが至らなかったんだ。


 ……って、わかるかよそんなもんッ!!


 あれだけ窮地に立たされてた人間が、そんな可能性にまで思考が及ぶはずがないだろう!

 これはもう、不運としか言いようがない。

 運命の女神は、完全に俺達を見放してしまったのか……。


「ホホホ、まあ庶民との戯れの割には楽しめましたわよ。さて、封神石を破壊しに参る前に、ちょっとした余興を催すことにいたしましょう」

「は?」


 エストが指をクイッと曲げると、俺の服装が一瞬で白のタキシードに変わった。

 ヌッ!?


「だ、堕理雄君!?」

「オーホッホッホッホ! イイじゃありませんの似合うじゃありませんの! ワタクシの見立てに間違いはありませんでしたわね」

「……何のつもりだよこれは」

「ホホホ、決まっているじゃありませんの。『新郎』の衣裳ですわよ、それは」

「はあ!?」


 新郎!?

 俺が!?


「奇しくもワタクシの本日の衣裳もウェディングドレスの様ですし。せっかくですから、今ここで披露宴を開くことにいたしましょう。まあ、ご来賓の方は、そちらのお嬢さんだけみたいですが」

「……」


 エストは道端を這う蟻を見る様な眼を、菓乃子に向けた。

 それに対して菓乃子は、逆カプを推している人を見る様な眼で、エストを無言で睨んでいる。

 あわわわわわわ。

 怖い怖い怖い怖い。

 なんで急に、こんな昼ドラみたいな雰囲気になったの!?


「ホホホ、では早速ですが、誓いのキスから――」


 っ!?

 だがエストはそんな菓乃子をガン無視して、俺のほうににじり寄ってきた。

 ちょっと待ってくれよ!?

 そもそも今日会ったばかりなのに、なんでもう結婚なんて話になってんだよ!?(そういえばピッセと初めて会った時も、こんな感じだったな……)

 絶対にこんなやつと結婚なんかしたくない!


 …………沙魔美。


「……フザけんじゃないわよ」

「っ! 沙魔美ッ!!」


 よかった!

 まだ意識はあったか!


「……堕理雄は誰にも渡さない」

「……あ」


 ……始まった。

 いつものやつだ。


「堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない」

「……」


 沙魔美は幽霊の様にユラァと立ち上がり、全身から禍々しいオーラを放ち出した。

 やはりこれは、何度見ても慣れないな……。


「堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない堕理雄は誰にも渡さない……そして……原作の設定を蔑ろにした二次創作は絶対に許さない例えばこの間私が読んだある同人誌の中で受けちゃんが攻め様に対して敬語で話し掛けるシーンがあったんだけど原作ではその受けちゃんは攻め様に敬語を使ったことは一度もないの確かにその受けちゃんは物腰が柔らかくて誰に対しても敬語で話すキャラだから勘違いされがちだけど攻め様とは腐れ縁で攻め様の前でだけは素のぶっきら棒な自分をさらけ出せるっていうのが最高の萌えポイントなのにそこを適当に描かれたら台無しだし超萎えるしこの人は原作を愛してないんだなって凄く悲しい気持ちになるし絶対に絶対に絶対に許せないのおおおおおおお!!!!」


 長えよッッ!!!!


 ドウッ


 うわっ!

 沙魔美からいつもの立っていられない程の衝撃波が飛んできた。

 そしてそこから先の沙魔美の変化も、いつも通りだった。


 背中が膨れ上がり、そこからコウモリの様な羽が生えてきた。

 頭にも歪な二本の角が生えた。

 犬歯が伸びて、獣の牙の様になった。

 そして、瞳の色が血の様な深紅に変わった。


 紛うことなき、悪魔の様な姿だった。

 これぞ沙魔美の切り札ジョーカー、伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロス。


「……ホホホ、なるほど。あなたも魔女の端くれだけあって、一応『壊錠かいじょう』はできるみたいですわね」


 っ!?

 壊錠!?

 何だそれは……?


「壊錠? 何よそれ?」


 え?

 沙魔美も知らないの?


「ホホホ、ま、こんな辺境の地にお住みのあなたでは、ご存じなくとも無理はありませんわ」

「……」


 何だろう。

 今まで沙魔美の伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスを目の当たりにしたピッセやキャリコは、大なり小なり動揺した素振りを見せたものだけど、エストには欠片もそれが見受けられない。

 いつもなら今頃処刑用BGMが流れている頃なのに、それも聞こえない。

 何だか凄く嫌な予感がする。

 伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスの沙魔美が敗けるとは思えないが、ここは念のため――。


「菓乃子! 頼みがあるんだ!」

「え? な、何、堕理雄君?」

「――ピッセを、キャプテンシャークモードにしてくれないか?」

「えっ!? 私が!?」

「ああ。星間戦争の時も、菓乃子の一言でピッセはキャプテンシャークモードになれただろ? だからあの時みたいに、ピッセが喜ぶことを菓乃子が言えば、またなれると思うんだ」

「で、でも……」

「地球の未来が懸かってるんだ!頼むッ!」


 俺は菓乃子に深く頭を下げた。


「堕理雄君……。わ、わかったよ。私、やってみる」

「菓乃子」


 菓乃子は耳まで真っ赤にしながら、それでも覚悟を決めたように、強く目をつぶって叫んだ。


「――ピッセ、この戦いに勝ったら……膝枕しながら、耳かきしてあげるうううう!!!」

「「「!!!」」」


 えーーーーー!?!?!?!?

 微笑ましいーーー!!!(何そのツッコミ)

 ところでピッセの耳って、あのヒレみたいなのでいいのかな?


 ドウッ


「イヨッシャー!!!」

「キャッ!」

「ピッセ!!」


 ピッセは全身からただならぬオーラを発しながら飛び起きた。

 額の文字もバッチリ『鮫』に変わっている。

 よし、これでこちら側のコンディションは、考えうる限り最高の状態になったぞ。

 いくらエストでも、この二人には勝てないだろう。


「ホホホ、確かに流石のワタクシでも、これは少々分が悪いようですわね」

「フフフ、今なら特別に、1000秒間焼き土下座すれば許してやらないこともないわよ」


 とてもメインヒロインの台詞とは思えない。

 帝愛グループの会長でさえ、10秒で許してくれたのに。


「その必要はありませんわ。何故なら、いいだけの話ですもの」

「「「っ!!」」」


 何だと!?


「――イケメンを従えたいイケメンを跪かせたいイケメンを屈服させたいイケメンを囲いたいイケメンを懐柔したいイケメンを侍らせたいイケメンを踏みたいイケメンを詰りたいイケメンを縛りたいイケメンを叩きたいイケメンに愛されたいイケメンにお姫様抱っこされたいイケメンに頭をナデナデされたいイケメンに手の甲にキスされたいイケメンに壁ドンされたいイケメンにマッサージされたいイケメンに後ろからハグされたいイケメンに耳元で甘い言葉を囁かれたいイケメンに夜景が綺麗なホテルのスイートルームで誕生日を祝われたいイケメンにプロポーズされたい……そして……この世の全てのイケメンをワタクシのモノにしたーーーい!!!!」


 欲張りッッ!!!!


 ドウッ


 うわっ!?

 エストから立っていられない程の衝撃波が飛んできた。

 ま、まさか……エストも……?


 エストの背中から、天使の様な翼が生えてきた。

 頭の上にも、天使の輪っかが現れた。

 だが、その輪っかは瞬く間に直径1メートル程に巨大化し、そのまま背中にスライドして、宗教画でよく目にする後光の様になった。

 右手には細長い戦鎚せんついが握られている。

 そして、瞳の中に十字架の様な模様が浮かび上がった。


 ――その姿は涙が出そうな程、神々しかった。


「オーホッホッホッホ! これこそがワタクシの壊錠、伝説の断罪形態ライトパニッシュメントチアシードセフィラムですわ!」

「「「!!!」」」


 これはマジで……ヤバいかもしれない。

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