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第111魔:お会いいたしましょう!

「オーホッホッホッホ! では最終章の幕を開けるといたしましょう。そろそろ読者の皆様も、この冗長なバトル展開に飽いている頃でしょうからね」


 伝説の断罪形態ライトパニッシュメントチアシードセフィラムに変身したエストは、地球全体を震わせる程の威圧感を放ちながら提言した。


「フン、心配しなくとも、私がさっさとあんたを宇宙の彼方までブッ飛ばして、この茶番を終わらせてあげるわよ」


 沙魔美はそんなエストにも一切怯まず、いつもの軽口を叩いた。

 我が彼女ながら、こいつの胆力には毎度閉口させられる。


「ホホホ、あなたごときの慎ましい壊錠では、ワタクシの壊錠には10万年経っても及びませんわよ」

「カッ、んなわけあるかい。この状態の魔女は、前にこのウチのことをフルボッコにしくさったねんぞ。ジブンなんかワンパンで、ガッサーいかれてまうわ」

「フフフ、流石ピッセ。あの時念入りに調教しておいただけあって、私への恐怖が身体に染み込んでるみたいね」

「カマセや! ……あ、間違うた。こんな時だけ普通に名前呼ぶなや! 引っ掛かったやんけ!」


 仲良いなお前ら。


「……漫才の練習でしたら余所でやっていただけますかしら? ワタクシ、お笑いみたいな下品なものは好きじゃありませんの」

「アラ? お笑いこそがこの上なく高尚な文化だということも理解できないなんて、そちらこそ低俗な人生を送ってるのね」

「ホホホ、その手の挑発には乗りませんわよ。ですが、お酒に酔った勢いで審査員に暴言を吐いたりするのだけは、止めておいたほうがいいと思いますわよ」


 お前結構お笑い詳しいじゃねーか!

 実は好きなんだろ!?


「ハッ、ほんなら本場関西のツッコミを見せちゃるわい!」


 だからお前は関西人じゃねーだろピッセ。


「伝説の最終拳技スーパーファイナルアトミックインスタバエフォロワーヒャクマンニントッパナッコウ!!!」


 チュドーウッ


 うおっ!?

 ピッセのやつ、いきなり奥の手を出しやがった。

 でも不意をついたこともあって、伝説の最終拳技スーパーファイナルアトミックインスタバエフォロワーヒャクマンニントッパナッコウは、エストの顔面に直撃した。

 これは早くも、勝負あったか!?


「ぐあっ!? な、何やと!?」

「「「!!」」」


 俺は自分の眼を疑った。

 何故なら、攻撃した側のピッセの拳から鮮血が迸ったからだ。

 しかもエストの顔にはかすり傷すら付いていない。

 どういうことだ!?

 いったい今の一瞬で、何が起きたっていうんだ!?


「オーホッホッホッホ! 何ですの今の春のそよ風よりも生ヌルいパンチは? あまりのヌルさに、ガードする気さえ起きませんでしたわよ」

「くっ……マジか」


 なっ!?

 エストは、というのか!?

 単純な身体能力の差で、ピッセの拳のほうが負傷したってこと!?

 ダンプカーに卵をぶつけたら、卵のほうが割れてしまうように……。

 エストの伝説の断罪形態ライトパニッシュメントチアシードセフィラムの強さは、それ程までだというのか……?


「ホホホ、ではごきげんよう」

「っ!!」


 ガンッ


「げあっ!?」

「ピッセ!!」

「ピッセェ!!」


 エストが右手の戦鎚でピッセを軽く叩くと、ピッセは角質山の頂上付近まで吹っ飛ばされていった。

 んなっ!?


「伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザー!」


 っ!?


 ズドウッ


 うおっ! まぶしっ!


 だが沙魔美はそんなピッセには見向きもせず、エストに向かって躊躇なく伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザーをブッ放した。

 ある意味これもあれくらいでは死なないだろうという、ピッセに対する沙魔美なりの信頼なのかもしれない。

 伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザーは、今まさにエストを包み込もうとしていた。

 今度こそ決まったか!?


「ホホホ、

「「「!!」」」


 ピシャズゴオォン


 なっ!?

 エストの背中の巨大な天使の輪が突如輝きながら回転し出したかと思うと、エストの戦鎚から伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザーと同じくらいの太さの雷が放たれた。

 そして沙魔美のレーザーとエストの雷は、真正面からぶつかり合った。


「くっ……そ……ああああああっ!!」

「ホホホ…………惨めですわ」


 ピシャズゴオォン


「キャアアアアアアッ」

「沙魔美ー!!!」

「沙魔美氏ー!!!」


 伝説の天雷アッシークンメッシークンサンコウサンダーストームは、瞬く間に伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザーを掻き消し、そのまま沙魔美を飲み込んだ。

 あ……ああ……。

 そんな……そんなバカな。

 数々の難敵を打ち破ってきた常勝無敗の必殺技、伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザーが……こんなに呆気なく……。

 やはり最強の魔女の名は伊達ではなかった。

 沙魔美のスマホのチートアプリが、みんなで束になって掛かってもエストには勝てないと言っていたのは本当だった。

 エストとそれ以外の生物とでは、生き物としてのステージがまるで違う……。

 まさしく、神だ――。


「――こ、な、く、そ、がああああ!!」


 ズズン


 っ!?

 が、その時、空からピッセが隕石のように降ってきて、沙魔美のすぐ隣に着地した。

 よもや角質山の頂上からひとっ跳びで、ここまで来たってのか!?

 やはりピッセの身体能力も、十分チート級だな。

 だがピッセも、先程のエストの一撃で既に全身ボロボロだ。

 眼は死んでいないが肩で息をしているし、立っているのもやっとだろう。


「……生きとるか? 魔女」


 ピッセは右手で沙魔美の肩を抱いて、沙魔美を揺すった。


「……うるさいわね。今、次の原稿のネームを考えてたんだから、邪魔しないでよ……」


 そう返した沙魔美だったが、足もふらついているし、かなり無理をしているのがわかる。

 何せ極大の雷撃をモロに受けたのだ。

 伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスになっていなければ、今頃は消し炭になっていたことだろう。


「ハッ、冗談が言えるならまだイケそうやな。……せやけど、こりゃ流石にヤバいな。あの女、お笑いコンクールの審査員には、絶対したないタイプや」


 心配しなくてもオファーはいかねーよ(まあ、仮に審査するとしたら、一番右の席に座りそうだが)。


「どないする、魔女」

「……一つだけ勝てるかもしれない方法があるわ」

「ホウ」


 ほ、本当か!?


「でもそのためには、あなたに命を賭けてもらう必要があるんだけど、どうするカマセ?」

「「っ!?」」


 何だと!?


「ピッセや。……ふむ、話を聞かせてみい」


 ピッセ!?


「……私の伝説の奥義ワンコゼメサソイウケスパダリレーザーに、あなたの生命エネルギーを上乗せして放出するの。あなた程の生命エネルギーなら、理論上は威力は何倍にも膨れ上がるはずよ」

「……なるほどな」


 そんなことが可能なのか!?

 でも、そんなことをしたらピッセは……。


「ピッセ……」


 菓乃子が瞳を潤ませながら、ピッセを見つめた。


「ハッ、そないな顔すんなや菓乃子。心配いらん。ウチは絶対に死なん。――お前を残してはな」

「……うん。信じてるからね」


 菓乃子は笑顔でそう呟いたが、後ろに回した手が小刻みに震えているのが俺からは見えた。

 無理もない。

 俺も沙魔美に同じことを言われたら、今の菓乃子のようになっていたはずだ。


「ヨッシャ! ウチのちからはいくらでもくれたる! その代わり、絶対勝てや、魔女!」

「フフフ、任せなさい。この戦いが終わったら、みんなでバーベキューでもしましょう!」


 何故不必要に死亡フラグを立てる!?


「ホホホ、別れの挨拶はお済みになりましたかしら? それでは今度こそフィナーレですわ! 伝説の天雷アッシークンメッシークンサンコウサンダーストーム!」


 ピシャズゴオォン


 エストの天使の輪が再度輝きながら回転し、戦鎚から神の裁きが放たれた。

 沙魔美……ピッセ……頼む!


「私の背中に手を置きなさいカマセ!」

「ピッセや! こうか!?」


 ピッセが沙魔美の言われた通りにすると、ピッセから溢れ出ているオーラが沙魔美の背中に移っていくのがわかった。


「消し飛びなさいオタサーの姫! 伝説の合体奥義スーパーファイナルワンコゼメサソイウケスパダリヒャクマンニントッパレーザー!!!」


 ズドゴオォウッ


 くううぅっ。

 沙魔美の手のひらから放たれたレーザーは、光る鮫の様な形をしていた。

 いけ……いっけぇええええええ!!!

 神の裁きと光る鮫は、採掘場の中央で激突した。

 そのあまりの衝撃に倒れそうになった菓乃子を、俺は咄嗟に支えた。


「大丈夫か、菓乃子!」

「う、うん……でも、二人が」

「っ!」


 見れば、光る鮫は徐々にか細くなっていき、神の裁きに押され始めていた。

 なっ!?


「カ……カマセ……もっと、踏ん張りなさい……」

「ピッ……セや……ジブンこそ、根性入れんかい……」


 駄目だ!

 やっぱり二人共、もう限界だったんだ!


「ホホホ、オーホッホッホッホ! オーーーホッホッホッホッホッホ!!! 惨めですわね惨めですわね!! 所詮これが現実ですわ! まあでも庶民の割にはあなた方はよく頑張りましたわ。ご褒美に10年に1度くらいは、『あなた方みたいな蟻に噛まれたこともございましたわねえ』なんて、思い出話に花を咲かせてさしあげますわよ!!」

「……くっ」

「……うぅ」


 クソッ!!

 何もできない自分が、こんなにも不甲斐ないと思ったことはない!

 思えば今回の一連の戦いでも、俺はずっと傍から見ているだけで、何の役にも立っていなかった。

 戦況の伝達役なんて俺じゃなくてもできたし、どの戦場も、俺がいてもいなくても、勝敗は変わらなかっただろう。

 そして今、またしても俺は自分の彼女に戦わせておいて、自分自身は指をくわえて見ているだけ。

 こんなんでよく、普段クズオのことをバカにできたもんだ。

 あいつは今回、本当に良い働きをした。

 それに比べて俺は…………世界一のクズ野郎だ。


「堕……理雄」

「! ……沙魔美」


 こんな時でも俺の名を呼んでくれるのか。

 お前はそんなにもこんな俺を、愛してくれてるというのか……。

 こんな……お前に何も返してやれていない俺を……。


 ……何か……何かないのか。

 こんな俺にでも、今できることは……。

 何か……沙魔美を奮い立たせる何かを……。


「……っ! そうだ! 菓乃子、俺に一つだけ考えがあるんだ! 聞いてくれ!」

「えっ? な、何? 堕理雄君」

「それはな――」


 俺は今思いついた作戦とも言えない作戦を、菓乃子にそっと耳打ちした。


「ええっ!!? それ、本気、堕理雄君!!?」

「ああ、俺はマジだ。もう俺には、それしか打開策は思いつかない」

「で、でも……」


 菓乃子が戸惑うのももっともだ。

 俺が言ったことは、あまりにも荒唐無稽なことなのだから。


「……ふぐ」

「……うぐ……ああ」

「「っ!!」」


 だがそうしている内にも、神の裁きは沙魔美とピッセの目と鼻の先まで差し迫っていた。


「菓乃子ッ!! 頼む、もうこれしかないんだ!!」

「堕理雄君……」


 その時、菓乃子の瞳に覚悟の炎が宿るのを、俺は確かに見た。


「――わかった。やろう、堕理雄君!」

「よし! いくぞ!!」

「うん!」


 俺と菓乃子は、走って沙魔美とピッセの背中側に回った。


「え? 堕理雄?」

「菓乃子!?」


 そして呆気にとられている二人を無視して、俺は沙魔美の、菓乃子はピッセのにした。


「なっ!? 堕理雄、何を!!? ――ああ!」

「菓乃子!? ジブン、正気か!!? ――んん!」

「うおおおおおおお!!」

「うあああああああ!!」


 俺と菓乃子は、はち切れんばかりの勢いで激しくとある部位を揉んだ。


「頑張れ!! 頑張れ沙魔美イィィ!!!」

「敗けないでピッセエェェ!!!」

「だ、堕理雄……。う……うああああああああああああ!!!!」

「菓乃子おおおおおおおおおおおおお!!!!」

「何ですって!?」


 すると、光る鮫は急速に息を吹き返し、今度は逆にエストを飲み込もうとする程に、その激しさを増した。


「こ……こんなもの、認めませんわよ……。このワタクシが……こんなクソ田舎の庶民に敗けるなど……あるはずがないんですもの……。こんなもの……こんなもの……絶対に……認めません……認めませんわあああああああああああ!!!!」


 ズドゴオォーーーウッ


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 光る鮫がエストに喰らい付いた。

 エストの伝説の断罪形態ライトパニッシュメントチアシードセフィラムは解除され、纏っていた豪奢な白いドレスもズタズタに破れ散った。


 ――エストは天を仰ぐように、その場に崩れ去った。


 ……か……勝った。


「ハア、ハア、ハア……」

「ゼエ、ゼエ、ゼエ……」


 沙魔美とピッセも、伝説の戦闘形態ダークデストロイフォトジェニックディアボロスとキャプテンシャークモードが解除され、立て膝をついた。

 本当に二人共、ギリギリのところだったらしい。


「……お疲れ様沙魔美。お前は本当に、俺の自慢の彼女だよ」


 俺は後ろから沙魔美を抱きしめながら、耳元で囁いた。


「フフ……フ、堕理雄にそう言ってもらえるだけで、私はまた明日から頑張れるわ……」

「がはっ」

「「「っ!?」」」

「ピッセッ!?」


 だがホッとしたのもつかの間、ピッセが吐血しながら倒れた。


「ピッセ!! しっかりしてピッセ!!」


 そんなピッセを抱きかかえながら、菓乃子が絶叫した。


「ハ……ハハ。どうやらちいとばかし、張り切りすぎたようやな」

「そんな……!」


 くっ!

 やはりあれだけの威力を出すためには、相当の生命エネルギーが必要だったのか!?

 既にピッセの生命エネルギーは、風前の灯火なのかもしれない……。


「沙魔美氏! お願いだから、ピッセを魔法で助けて!!」

「…………ごめんなさい菓乃子氏。私の魔法は傷は治せても、生命エネルギーを回復させることはできないの」

「っ!」


 なっ……。

 万能と思われた沙魔美の魔法にも、そんな弱点があったなんて。

 沙魔美の魔法は限りなく万能に近くはあるものの、決して万能そのものではないということか。

 でも……それじゃピッセは――。


「……ハッ、まあ、今まで散々悪さばっかしとったウチにしちゃ、割とエエ最後かもしれんな」

「っ!! そんな……そんなこと言わないでピッセ!! あなたがいなくなったら…………私は……」


 菓乃子は大粒の涙を流しながら、嗚咽を漏らした。


「……今までサンキューな菓乃子。ジブンに逢うてからのこの一年は、ホンマ毎日が夢みたいやったで」

「あ……ああ……ピッセ……ピッセ」

「……ずっと言えなかったことがあったんやけど……実はウチ……ジブンのことが――」

「……ピッセ!!」


 ピッセはゆっくりと、瞼を閉じた。


「ピッセエエエエエエ!!!」


 ――菓乃子の魂の叫びが、俺の胸に深く深く突き刺さった。


「そんなのオレは絶対認めませんよ姐さん!!」

「「「!!」」」


 咄嗟に振り返るとそこには――


「お兄さん! 無事ですか!?」

「パパー、私頑張ったよー。褒めて褒めてー」

「アタチもアタチもー」

「ハッハー! 流石マイレディ沙魔美! ボクが出るまでもなかったようだね!」

「師匠! 俺の活躍見てくれてました!?」

「私はずっと見てたよ、琴男君のこと」

「イテテ、若者に交じってはしゃぎすぎたせいで、腰をやっちまったみてえだな」

「なっ!? 大丈夫ですか首領ッ!?」

「アッハハー、お姉ちゃん、これはこうやって同情を引こうとするお父さんのいつもの手だから、無視していいよ」

「キャハハ! 大将、何ならあーしが、腰痛に効く小型爆弾でもこしらえてあげよーか?」

「マスター! 今回のMVPは、アッシでやすよ!」

「ンフフフ、それはどうかしら口が臭いドラゴンさん」

「私はMVPは母様だと思うわ」

「……私も」

「アイドル対決とかだったら、私がMVPだったけどねー」

「「「「「「お疲れ様ですマスター。ちなみに私達六人は伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンズです」」」」」」


 東西南北に散っていた封神石防衛チームの面々が勢揃いしていた。




「な……なんでみんながここに」

「私が連れてきたんだよパパ」

「多魔美」


 多魔美が溌剌はつらつとした顔で手を挙げた。

 そうか……。

 多魔美がワープ魔法で各地を回って、みんなを集めてくれたのか。

 ついでに伊田目さん達が負っていた傷も、魔法で治してくれたらしい。

 封神石の防衛が達成された時点で俺の分身は解除されていたから、みんなの状況は把握できていなかった。


「どけっ! メス猿!」

「っ!」


 ラオが乱暴に、菓乃子を押しのけた。

 ラオの手には、伝説の回復薬テンテンテレテンが入った注射器が握られている。


「フンッ!」


 ブスッという鈍い音を立てながら、ラオはピッセに注射器を躊躇なくブッ刺して緑の液体を注いだ。

 すると色を失っていたピッセの顔にみるみる生気が戻り、ピッセはぼんやりとしながらも、その眼を開いた。

 おおっ!

 伝説の回復薬テンテンテレテンには、生命エネルギーを回復させる効果もあったのか!?

 流石ポケ〇ンセンターだぜ!


「……んん? アレ? どないなっとんのや、これ?」

「っ!! ピッセ!!」

「姐さん!!」

「え?」


 菓乃子とラオは破顔しながら、ピッセに抱きついた。


「お、おお? 何やようわからんが、両手に花っちゅうのは悪い気はせんな」


 ピッセは鼻の下をだらしなく伸ばしながら、正直な感想を漏らした。

 ……フウ、これで今度こそ、一見落着か。


「『これで今度こそ、一見落着か』、などと思っているようでしたら、大間違いですわよ……」

「「「っ!!」」」


 ま、まさか!?

 ――そのまさかだった。

 エストは虚ろな眼を宙に向けながらも、のっそりと立ち上がったのだった。

 こいつ!?

 あれだけの攻撃を喰らっておきながら、まだ……!?


「フフフ、引き際くらいは美しくあろうとするのが、弱者にできる唯一のことだったんじゃなかったかしら? 最強の魔女さん?」


 流石沙魔美。

 煽り性能は宇宙一だ。


「ホホホ、もちろんそうですが、生憎ワタクシは弱者ではございませんからね」


 ……。

 この状況下でも、尚不敵な笑みを浮かべるエストに、俺は言いようのない不安を覚えた。

 まだ、何か奥の手が残っているとでもいうのか……?


「……本当はこの手だけは使いたくなかったのですが、背に腹はかえられませんものね」

「……?」

「フン!」

「っ!?」


 エストは自らの胸に、右手の手刀を突き刺した。

 なっ!?

 何してんだこいつ!?


「かはあっ」


 そしてエストは、胸の中から光り輝く球体を取り出した。

 何故か胸には、傷は付いていない。


「そ、それは!? 『核苞かくほう』……!」


 核苞?

 何だそれは?


「沙魔美、核苞っていうのは……?」

「……あれは私達魔女の、よ」

「っ!?」

「車でいうなら、エンジンに当たるものね」


 なっ!?

 てことはエストは今、車からエンジンを抜き取った状態ってことか!?

 それじゃあもう、魔法は使えないじゃないか!

 いったいエストは、何が目的なんだ……?


「……ホホホ、ワタクシが各地の封神石を破壊するようにナイスルッキングガイズに命じたのは、伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンに掛けられた封印が強力すぎて、そうでもしないと封印が解除できなかったからですわ」

「……」


 何故今更そんなことを……?


「ですが、その封印を打ち破る程の、を注ぐことができれば、無理矢理封印を解除することも可能なのですわ」

「「「っ!?」」」


 まさか!?


「ワタクシの核苞は、それを可能にする程の魔力を秘めておりますわ!! ワタクシの魔力と引き換えに、伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンを縛りつけている鎖を断ち切って御覧に入れましょう!!」

「ま、待ちなさいッ!!」

「オーホッホッホッホ!!」


 沙魔美の制止も聞かず、エストは自らの魔力の源を角質山に解き放った。

 エストの核苞は目にも留まらぬ速さで、角質山に吸い込まれていった。

 あ……ああ……。

 そんな……そんな……。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


「「「っ!?」」」


 その時、大地が唸りを上げながら震え出した。

 そして角質山の頂上から、巨大な右腕が生えてきた。

 続いて左腕、顔が出土し、遂にはその全身が、角質山の頂上に顕れた。


 伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンが、この世界に顕現した瞬間であった。


「ホホホ、ホホホホ、オーホッホッホッホ!!! 長らくワタクシのお茶会にお付き合いいただきましてまことにありがたく存じますわ庶民のみなさん! ですがそろそろお開きのお時間です。また、来世でお会いいたしましょう!」


 エストは両手でボロボロのドレスの裾を摘まみ、軽く持ち上げて、うやうやしくお辞儀をした。


 ……マジで地球の歴史は今日、終わったのかもしれない。

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