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第121魔:エラ呼吸

「フゥ、喉渇いちゃったわね。堕理雄は何か飲む?」

「ん? いや、俺はいいよ」

「そ」


 俺の横に寝ていた沙魔美がベッドから起き上がった。

 ついさっきまでベッドでイチャイチャしていたので、二人共全裸だ。


「麦茶ってまだ残ってたかしどぅおわっしゃあああッ」

「沙魔美!?」


 沙魔美が床に落ちていた糸こんにゃくで足を滑らせて、思いっきり後頭部を床に打ちつけた。

 何故こんなところに糸こんにゃくが!?

 いや、それより今は沙魔美が心配だ!

 魔法で身体を強化してない時の沙魔美は、おばあちゃん並みの身体能力しかないんだ。

 打ち所が悪かった場合、命に関わるかもしれない……!


「沙魔美ッ! 大丈夫か沙魔美ッ!!」


 俺は頭を揺らさないように気を付けながら、肩を叩いて沙魔美に呼び掛けた。


「ん……んんっ」

「沙魔美」


 よかった。

 意識はあるみたいだ。


「え? ……ここは?」

「え?」

「キ、キャアアアッ!! 誰ですかあなた!? なんで裸なんですか!? ……アレ!? 私も裸!?」

「さ、沙魔美……」


 もしかしてお前……。


「それ以上近寄らないでください! 警察を呼びますよ!!」

「……えぇ」


 ここに来て、まさかの記憶喪失ネタかよ……。




「――と、いうわけなんだよ。俺と君は恋人同士なんだ。わかってくれた?」

「え、ええ……まあ」


 あの後喚き散らす沙魔美を宥め賺し、お互い服を着て小一時間ばかり掛け、何とか事情を説明した。

 依然として沙魔美は俺から距離を取っているが、一応俺の話は信じてくれたようだ。


「……確かに恋人でもなければ、お互い全裸で同じ部屋になどいないでしょうし……。堕理雄さん? でしたっけ? ……私と堕理雄さんは、そういう仲だったんでしょうね」

「……うん」

「――でも申し訳ないんですが、私にはその記憶が一切ないんです。だから今すぐに、あなたのことを恋人だとは思えません。……すいません」


 沙魔美は殊勝に、俺に頭を下げた。


「いやいや、謝らなくてもいいよ。俺も逆の立場だったらすぐには受け入れられないだろうし、多分すぐ記憶も戻るだろうから、気にしないでよ」

「そうですか……。そうだといいですね」


 沙魔美は物憂げな表情で俯いた。

 あ、今の言い方はちょっと軽率だったかな?

 本当にすぐ記憶が戻る保証はどこにもないんだ。

 無責任な言動は、かえって沙魔美を不安にさせるだけだろう。


「あ、あと……一ついいでしょうか?」

「ん? 何だい」


 何だか今の沙魔美は随分おしとやかで、いつもとのギャップにまだ頭が付いていけてないな。


「私はいつも、こんなはしたない服を着てるんでしょうか?」

「あ……。うん、そうだね……」


 今沙魔美が身に着けているのは、エプソン状の背中が剝き出しのネグリジェ(びんぼっ〇ゃまみたいと言えば、昭和生まれには通じるだろうか)と、極めて布面積が少ない紫のレースの下着のみ。

 正直言って、セクシーDVDのジャケットにしか見えない……。

 俺が独りでゴロゴロしていたところ、突然沙魔美がこの格好でワープしてきて、そのままベッドに連れていかれてイチャイチャに突入したというのが顛末なので、手近なところに服はこれしかなかったのだ。


「いつもじゃないけどね。まあでも、どちらかと言えば露出が多い服が好きみたいだけど」

「そうなんですか……」


 沙魔美は目を伏せながら、身体をもじもじさせている。

 よく見れば耳まで真っ赤だ。

 ……あれ?

 俺の彼女って、こんなに可愛いかったっけ?

 ……これがギャップ萌えというやつか。

 いつもは羞恥心という言葉をうっかりゴミ箱フォルダに入れてしまったような性格をしている沙魔美だが、今はその羞恥心がバッチリ復元されていて、逆に何とも言えないエロスを醸し出している。

 ううむ、やはり恥じらいは女をより引き立たせる、小粋なスパイスなのだな(謎の評論家気取り)。


「恥ずかしいなら、他の君の服を出そうか? こう言っちゃなんだけど、俺の家のクローゼットは、ほとんど君の服に占領されてるんだ」

「あ、じゃあ……お言葉に甘えて」


 沙魔美はバツが悪そうに、そそくさとクローゼットの中を物色し始めた。

 だが、これという服が見当たらないのか、「えぇ……」とか、「うわぁ……」とか唸りながら、次々と服を引っ張り出している。

 しばらくそうしていた沙魔美だったが、最終的に「まあ……これでいいか」と、何かで妥協したらしく、


「あの、今から着替えますので、こっちを見ないでくださいね」

「あ、うん、了解」


 と、俺に忠告してきた。

 こんなこともいつもの沙魔美なら絶対に言わない。

 むしろワザと俺の目の前で着替えて、反応を見て楽しむタイプだ。

 いくら記憶をなくしているとはいえ、こうまで性格が変わるもんかね。


「もういいですよ、こっちを見ても」

「ああ……って、あれ?」


 沙魔美の格好を見た途端、俺は心臓がキュッとなるのを感じた。

 何故なら沙魔美は、俺が普段部屋着として使っている、スウェットの上下を着ていたからだ。


「すいません。露出が少ない服が、これくらいしか見当たらなかったものですから」

「あ……うん。別に構わないよ。気にしないで」


 本当はメッチャ気になる。

 これも彼Tの一種なのだろうか?

 当然男物のサイズなので全体的にぶかぶかで、萌え袖気味になっているものの、胸の部分だけはパッツパツだ。

 胸にプリントされている『SMALL』という文字が、完全に広告詐欺になっている(今すぐ『SUGOIDEKAI』に直すべきかもしれない)。

 それにしても今の沙魔美を見ていると、さっきから胸のドキドキが止まらないぞ。

 もう、ずっと記憶が戻らなくてもいいんじゃないかな?

 ――いや、何をバカなことを考えているんだ俺はッ!

 こんなしおらしくて可愛らしい沙魔美は、ホントの沙魔美じゃない!

 これはある種の、きれいなジャイ〇ンみたいなものなんだ。

 俺が好きになったのはきたないジャイ〇ンのほうなんだから、心を強く持つんだ、俺!


「どうかしましたか、堕理雄さん?」

「え、ああ、何でもないよ!」

「?」


 沙魔美は小首をかしげ、猫みたいなキョトンとした顔をしている。

 くううううぅ!!

 やっぱこっちの沙魔美もカワイイなあああ!!

 ところで俺が万が一こっちの記憶をなくしたほうの沙魔美を好きになっちゃった場合、それって浮気になるのかな?

 こっちの沙魔美を元の沙魔美と同一人格と定義するか、別人格と定義するかで意見が分かれそうだが……。

 まあ、どちらにせよ俺が元の沙魔美以外の人を好きになることは、生涯ないのだろうけど。

 ……そうだ。

 これは少し卑怯な手かもしれないが、今の沙魔美にを聞いてみるのもアリかもしれない。

 今の沙魔美も、沙魔美であることには変わりないんだしな。


「ねえ、沙魔美」

「え? あ、はい、何でしょう」

「一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「聞きたいこと? ……はい、私に答えられることでしたら」


 沙魔美は不安と好奇心が入り混じった、複雑な表情をしている。


「ありがとう。……実は俺は将来、警察関係の仕事に就きたいと思ってるんだ」

「え」


 流石にIGAのことをそのまま伝えるわけにはいかないので、フワッとした言い方になってしまうが。


「運良く警察のお偉いさんとコネがあってね。その人からウチに入局しないかって誘ってもらったんだよ」

「そ、そうなんですか。それは凄いですね」


 沙魔美は素直に感心している様子だ。


「……でもね、その仕事は命の危険が伴う危険なものだから、君からは反対されてるんだ」

「え、私から!?」

「うん。……やっぱり彼氏が危険な仕事に就くのは、彼女の立場からしたら嫌だよね?」

「……」


 沙魔美は顎に手を当て、暫し無言でくうを見つめていた。

 ――が、神妙な面持ちで、おもむろに口を開いた。


「……そうですね。正直に言わせていただくと、手放しで賛成はできないと思います」

「……そっか。そりゃそうだよね」


 案の定、元の沙魔美と同意見か。


「――ですが」

「え?」

「堕理雄さんが心からそのお仕事に就きたいと思っているのでしたら――私だったら応援したいです」

「……っ!」


 ……沙魔美。


「確かに私の立場からしたら不安です……。毎日あなたが無事に帰って来れるのかを、心を砕きながら待つことになるんですから。――ですが、警察のお仕事は世の中を平和に保つためにはなくてはならないものですし、その割には、自ら進んで就こうとする人は少ないと思うんです。――誰でも自分だけは安全な場所で生活したいと思っていますからね」

「……」

「でもそんな中、偉い方から誘われたとはいえ、堕理雄さんはご自分でその道を選択されたんです。それはとても立派なことだと私は思います。……私は、彼女としてとても誇らしいです」


 沙魔美は聖母のように、ニッコリと微笑んだ。


「……ありがとう」


 もちろん今の言葉を言質にするつもりはないけれど、今言ったような気持ちが元の沙魔美の中にもまったくないわけではないのだろう。

 そうでなければいくら記憶をなくしているとはいえ、沙魔美の口からこんな言葉が出てくるはずはない。

 そのことは、俺の心に鬱積していた重たいものを、少しだけ軽くしてくれた。


「フフフ、どういたしまして。……でも、凄いですね堕理雄さんは」

「え? 何が?」

「だってその歳で、もう将来のことをちゃんと見据えてるんですもの。……私が堕理雄さんのことを好きになった理由が、少しわかった気がします」


 沙魔美は眼を細めながら、頬を赤く染めた。

 ……沙魔美が俺を好きになった理由はハンカチを俺が拾ったという、ただそれだけのことなのだが、敢えてここで言う必要もないだろう。

 それに将来のことと言うなら、沙魔美なんてとっくにプロのB漫画家として働いているのだから、そっちのほうが何倍も凄い。

 ……まあ、それもここでは敢えて言うまい。

 普段の自分がB漫画を描いているという事実は、人によってはショックが大きいかもしれないからな(今の沙魔美は腐っているようには見えないし)。

 慎重に事を進めないと。


 と、その時だった。


 ピンポーン


 とチャイムが鳴った。

 時計を見ると夜の9時を過ぎたところだ。

 こんな時間に誰だろう?


「は、はーい、今出ます」


 俺が恐る恐る玄関のドアを開けると、そこには――


「あ、遅くにごめんね堕理雄君」

「よっ。邪魔するで先輩」

「え?」


 菓乃子とピッセが立っていた。




「ええっ!? き、記憶喪失!?」

「オイオイ、マジかジブン」

「……はあ」


 驚きを隠せない様子の二人とは対照的に、沙魔美はこの状況がイマイチ理解できていないらしく、ポカンとした顔をしている。

 むしろ俺のほうに、「この二人のお綺麗な女性とは、どういったご関係なんですか?」とでも言いたげな目線を送ってきた。

 どうやら記憶をなくしても、嫉妬深さは消えていないらしい。

 流石に俺の元カノと、前に俺を拉致した相手だとは言えないので、


「この二人は菓乃子とピッセ。まあ……俺達の共通の友人だよ」


 と、曖昧な言い方で誤魔化した。


「……そうなんですか」


 沙魔美は腑に落ちていないようだったが、それ以上は言及してこなかった。

 ……セフセフ。


「そんな……。沙魔美氏、じゃあ私と今まで数え切れない程交わした、熱い腐リートークのことも忘れてしまったの!?」

「え? 沙魔美『氏』? フリートーク?」

「か、菓乃子!」


 菓乃子は沙魔美の肩を掴んで、目を血走らせている。

 ヤバい。

 唯一の腐レンドを失いかけて、気が動転しているらしい(最近菓乃子のキャラ崩壊が止まらないけど、作者は菓乃子に恨みでもあるのだろうか?)。


「何や、情けないのぉ魔女。ウチとボコった思い出も、全部忘れてまったんか?」

「ボコった……? ――ええっ!? 私とあなたが、殴り合ったこともあるんですか!? ……それに今、魔女、って?」

「んん? もしかして先輩、魔女が魔女やってことも言うてないんか?」

「ああ……それを言うと、話がややこしくなりそうだったからな」


 とりあえずは俺と沙魔美が恋人だってことを信じてもらうのに必死だったし。


「魔女って、おとぎ話とかに出てくる、あの魔女ですか?」

「……うん。にわかには信じられないだろうけど、君は魔法が使えるんだよ」

「へえ、魔法ですか。……なるほど」


 と頷いたものの、沙魔美はそのことを、輪郭を帯びた事実としては受け入れていないように見える。

 さもありなん。

 「あなたは魔女なんですよ」と言われて、すぐに「あ、そうなんですね」と言えるほうがどうかしている。


「そうだ堕理雄君! 沙魔美氏が自分で自分に魔法を掛ければ、記憶も戻せるんじゃない!?」


 菓乃子が沙魔美の肩を掴んだまま、顔だけをこちらにグリンと向けた。

 今日の菓乃子ちょっとだけ怖いんだけど……。

 いや、でも菓乃子の言うことももっともだ。

 流石菓乃子、相変わらず冴えてる(むしろ俺が自分で気付けよって話だが)。


「確かにそうだな。……よし、沙魔美、指をこんな感じに振りながら、記憶が戻るように念じてみてくれ」


 俺はいつも沙魔美がやっているみたいに、指をフイッと振ってみせた。


「はあ……こうですか?」


 沙魔美は目をつぶりながら、指をフイッと振った。


「……どうだい?」

「……ダメみたいですね。何も思い出せません」


 沙魔美は頭を抑えながら項垂れた。


「そっか」


 まあ、これも半ば予想通りだ。

 今の沙魔美は、魔法の使い方そのものを忘れてしまっているのだろうからな。

 江戸時代の人に説明書なしでパソコンを渡しても使いこなせないのと同様、今の沙魔美では、魔法パソコンのスイッチがどこにあるのかさえわからないだろう。

 もちろん魔法を一度も使ったことがない俺達にも、アドバイスはできない。

 こりゃ、自然と記憶が戻るのを待つしかないか。


「マズい……マズいわ」

「ん?」


 菓乃子が頭を抱えながら、「マズいマズい」と呪詛の様な言葉を繰り返している。

 マズいのは菓乃子の料理では?(失言)


「菓乃子、何がマズいんだ?」

「……明日が、バラローズの原稿の締め切りなの」

「ファッ!?」


 そういえば昨日太一と会った時も、締め切りが近いから家で原稿を描いていたと言っていたが、まさか明日がその締め切りだったとは……。

 そんな中俺のところに来て突然イチャイチャを始めたのだから、沙魔美も良い根性をしてやがる。


「明日は一日堕理雄君には逢えないだろうから、今夜は目一杯堕理雄君から養分を摂取しておくんだと沙魔美氏は言っていたの」

「……そうだったのか」


 俺は沙魔美にとって、花にとっての栄養剤みたいなものなのか……?


「だから今日は私も、今夜からの修羅場に備えて一日ピッセと遊んでたんだけど……約束の9時になっても沙魔美氏から連絡がなくて……」

「パンケーキ美味かったのー」


 沙魔美の漫画とは関わりのないピッセは、思いがけない菓乃子とのデート棚ぼたに、一人ホクホク顔だ。

 だが吞気なピッセとは対照的に、当事者ど真ん中である菓乃子は、ゾンビィの様な顔になってしまっている。


「あああ……、沙魔美氏のスマホに連絡しても返信がないから、もしやと思って堕理雄君の家に来てみたら……、まさかこんなことになっているなんてえええええ」


 カリスマチーフアシは、絶望に打ちひしがれている。

 おそらく沙魔美はスマホを家に置いてきたのだろう。

 少なくとも俺のところに来た時点では、沙魔美は着の身着のままだったはずだ(その着ていた服でさえ、極めて心もとないものだったが)。


「まだ6ページもペン入れが終わってないのにいいいいい」

「6ページ!?!?」


 バカなのかこいつは!?

 なんでいつもいつもいつも、ギリギリまで追い詰められないと腰を上げないんだよ!?

 それでもプロか!?

 ……まあ、プロ中のプロの漫画家でも、締め切りを守らない人もいるみたいだし、漫画家という仕事はそういうものなのかもしれないが……。


「……あのう、さっきから締め切りがどうとかって、何を仰ってるんですか?」


 致し方ないことではあるが、事情を知らない今の沙魔美は、キョトンとした顔で俺達の顔を交互に見回している。


「よく聞いて沙魔美氏!! あなたはバラローズっていうB漫画雑誌で連載を持ってる、B漫画家のナットウゴハン先生なのッ!!」

「え? え? え?」


 またしても菓乃子が沙魔美の肩を掴んで、前後に揺さぶった。

 菓乃子も相当進退窮まってるな……。


「え? B漫画家?? ナットウゴハン???」


 一般人からしたら暗号の様な単語を次々浴びせられて、沙魔美は頭の上にハテナマークを114514個くらい浮かべている。


「あなたの漫画を全国の腐ァンが楽しみに待ってるのよ!! だからあなたは何が何でも、明日までに原稿を描き上げなきゃいけないの!! わかるッ!?」


 最早チーフアシというよりはマネージャーのようになっている菓乃子は、鬼気迫る勢いで捲し立てた。

 改めてナットウゴハン先生がプロとしてやっていけているのは、菓乃子の功績が大きいんだということが垣間見えるエピソードだな……(遠い目)。


「でも……私は漫画なんて描けませんし……」


 沙魔美は涙目で、唇を震わせている。

 これは流石に沙魔美が可哀想だ。


「……菓乃子、今の沙魔美にそんなことを言ってもしょうがないし、もう少し優しくしてあげても――」

「堕理雄君は黙っててッ!!」

「っ!!」


 お、鬼マネージャー怖ぇー。


「描けなくても描くのよ!! いい沙魔美氏!? 漫画家はね、たとえ足が潰れようが、左手が千切れようが、右手さえ残っていれば漫画を描くべきなのよ!! その覚悟がない人間は、漫画家を名乗るべきではないのよッ!!」

「っ!」


 鬼マネージャーのプロ意識が高すぎる……。


「で、でも……」

「でももへったくれもないのよ!! どうしても描けないっていうなら、逆カプの同人誌を読ませるわよッ!!」

「そっ!? それだけは勘弁して!!」

「「「え」」」

「…………あ」


 ま、まさかこいつ……。


「……オイ沙魔美、お前まさか……記憶戻ってたのか?」

「な、なななななな何のことかしら堕理雄さんちゃん君!? わ、私はまだ全然、これっぽっちも記憶は戻ってないわよ!!」

「そうか、戻ってたのか」


 沙魔美は世界最速の魚である、バショウカジキかってくらい高速で眼を泳がせている。

 しかし、戻ったとしたらいつ戻ったのだろう?

 ……まあ、普通に考えたら、さっき魔法を使おうとしたところだろうな。

 沙魔美は魔法は発動しなかったと言っていたが、実はシッカリと発動してたってわけだ。

 先程俺は魔法をパソコンに例えたが、正確には魔法は自転車の様なものなのかもしれない。

 どれだけ年月が経っても自転車の乗り方は忘れないのと同様、魔法の使い方は沙魔美の識閾下に――もっと言えば魂に刻まれているのかも。

 だから表面的な記憶が消えようが、魔法が使えなくなることはない。

 大方記憶が戻ったはいいものの、自分にとってかなり都合の悪い状況になっていたものだから、しらばっくれていたってところか。

 ……やれやれ、なんで沙魔美はいつも、こう詰めが甘いんだろう?(こ〇亀のりょ〇さんでもリスペクトしているのだろうか?)


「沙・魔・美・氏~」

「ヒィッ」


 鬼マネージャーが鬼の形相で、鬼気迫るオーラを出しながら鬼の様に沙魔美を睨んでいる。

 まあ、自業自得なので、俺は知ーらないっと(無情)。


「で、でも、菓乃子氏だってまたカマセと浮気してたじゃない!? 私、凄く傷付いたのよッ!」

「ピッセや!」


 沙魔美、必死の抵抗である。


「そんなこと今はどうでもいいでしょッ!! いいから早く、原稿描きに行くわよッ!!!」

「は……はい」


 沙魔美よっわ。

 むしろこうして見ると、お母さんと娘みたいだな(遠い眼パート2)。


「カッカッカ、惨めやのー魔女」


 ピッセがここぞとばかりに、沙魔美を指差して嗤っている。


「何よカマセッ!! エラ呼吸の分際で、あんま調子に乗んじゃないわどぅおわっしゃあああッ」

「沙魔美!?」

「沙魔美氏!?」

「魔女!?」


 沙魔美が再度さっきの糸こんにゃくで足を滑らせて、思いっきり後頭部を床に打ちつけた。

 嗚呼!!

 なんやかんやバタバタしてて、片付けるの忘れてた!!

 ……こ、これはまさか。


「え? ……ここは? それに、あなた方はいったい……」

「「「……」」」


 ……また最初からかよ。


 どうでもいいけど、昔のアクションゲームって、クリアしても感動に浸る暇もなく、すぐに2周目が始まるゲームが多かったよね?(遠い眼パート3)

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