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第129魔:七並べ

『マリアナ海溝がみてる  ~七並べの甘美な誘惑~』



「あっ、ピッセ会長よ!」

「まあ、今日も優雅でお美しいわ」

「会長ー! ピッセ会長ー!」

「オウ。おはようさん、おはようさん」


 私立マリアナ女学院の生徒会長であるピッセは、今日も生徒達からの黄色い声援に応えていた。

 そんなピッセに一人の生徒が駆け寄ってきた。


あねえさま!」

「オッ、ラオ、どないしたんやそない急いで」


 ピッセを姐えさまと呼び慕う、新入生のラオである。


「えへへ、姐えさまに早く逢いたかったから、走ってきちゃいました」

「まったく、しゃーないやっちゃなあ。タイが曲がってるで」

「あっ」


 ピッセがラオの曲がったタイを直してくれた。

 実はピッセに直してもらうために、わざと曲げておいたのは内緒だ。


「……ありがとうございます。あの、姐えさま、オレ――」

「ん?」

「ピッセ! こんなところにいたのね。生徒会のミーティング始まるわよ」

「あ、ああ、菓乃子、今行くで。――スマン、ラオ、また後でな」

「あ、はい……」

「もう、毎回探しにくる私の身にもなってよ」

「相変わらず口うるさいやっちゃのう。そんなんじゃ嫁の貰い手なくなるで」

「誰のせいだと思ってるのよッ!」

「……姐えさま」


 仲睦まじく並んで去っていくピッセと副会長である菓乃子の背中を、ラオは唇を噛みながら見送っていた。




「キャリコォー」

「ンフフフ、どうしたのラオ。また会長と何かあったの?」

「ゲッ、なんでわかったんだよ」


 ラオは今日も保健室に赴き、養護教諭であり、また自身の親代わりでもあるキャリコに泣きついた。


「そりゃあなたがここに来るのは、決まって会長のことで悩んでる時だもの。誰でもわかるわよ」

「うぅ……」


 事実その通りなので、ラオは何も言えない。


「私でよければ話くらいは聞くわよ。何があったの?」

「……それが」


 ラオは先程のことを、たどたどしくもキャリコに伝えた。


「――なるほどね。それで副会長には敵わないって思っちゃったわけね」

「……ホント悔しいけど、あの二人は一番深いところで、お互いを信頼し合ってる。……オレなんかが割って入る隙間なんかねーんだ」


 ラオは拳を強く握り締めながら項垂れた。


「……らしくないわね。くよくよせず、自分の気持ちに正直なところが、あなたの長所でしょ、ラオ」

「で、でも……」


 ラオは眼に涙を浮かべながら、絞り出すような声で言った。


「オレのことなんか……誰も見てくれないんだ」

「そんなことないわよ」

「え?」


 思わずラオはキャリコと眼が合った。

 キャリコはラオの全てを包み込むような、慈愛に満ちた眼をしていた。


「あなたのことをいつも見ている人だってきっといるわ。もっと自分に自信を持ちなさい」

「キャリコ……」


 ラオの心の奥が、ポワッと少しだけ暖かくなった気がした。


「――そうね、じゃあ今から、私と二人で七並べをしましょうか」

「……え? キャ、キャリコ、今、何て!?」


 七並べをしましょうって言ったのか、今!?


「ちょうどトランプもあるし、今の時間ならここには誰も来ないわ」


 キャリコは抽斗からトランプを取り出して、ラオに近付いてきた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよキャリコ! 女同士で、そんな……七並べなんて」

「大丈夫よラオ」

「え」

「私が七並べこれで、会長を忘れさせてあげるわ」

「っ! ……キャリコ」


 キャリコはベッドに座って艶めかしい指でトランプをシャッフルし、それを二人分に分けた。

 ラオはトランプの誘惑に必死に抗いながら、壁に掛かっているマリアナ海溝の地図を横目で見た。


「でも……、マリアナ海溝がみてるぜ」

「ンフフフ、んじゃない?」

「――!」


 そう言われてはもう、ラオに断る理由は残っていなかった。




「では私の番からね。ルールはこのメモ帳に書いておいたから、目を通しておいてね」

「……ああ」


 始まってしまった。

 キャリコとの七並べが今、本当に始まってしまった。

 姐えさま……。

 ラオは頭に浮かぶピッセの幻想を、必死に振り解いた。


「ンフフフ、まずはこれかしら」

「っ!」


 キャリコが手札から出したカードは、ハートの8だった。

 ハ、ハートの8!?


「んくううぅっ」


 ラオは全身を迸るキャリコのハートの8を、歯を食いしばって耐えた。

 こ、これがハートの8!?

 まさか最初から、ハートが8個も来るとは……。


「……酷いぜキャリコ。いきなりハートの8なんて」

「ンフフフ、七並べなんだから、最初は6か8を出すに決まってるでしょう?」

「……そうだけどさ」


 何だか癪だ。

 こうなったら、こっちも意表を突くカードを出してやる。


「じゃあオレは、これだッ!」

「っ!」


 ラオが出したカードは、ハートの9だった。


「んんッ」


 キャリコはビクンビクンと身体を痙攣させた。

 まさか自身の置いたハートの8に、9を被せてくるとは思っていなかったのだろう。


「フ、フゥ……。やるじゃないラオ。今のはなかなかよかったわよ」

「ハハッ、そうやって余裕コいてられんのも、今のうちだぜ!」

「ンフフフ、面白くなってきたわね」


 その後もラオとキャリコは、一進一退の攻防を繰り広げた。

 そして中盤に差し掛かった頃、それは起きた。


「パスよ」

「なっ!?」


 キャリコがパスをしたのだ。

 こ、こいつ……、まだ沢山出せるカードがあるのに。

 それに対してラオに配られたカードは運悪く、エースやキングなどの端のカードが多かったため、現状ラオが出せるカードはハートの6だけだった。

 せめてキャリコがハートのクイーンを出してくれれば、ハートのキングを出せるのに……。

 どうする? ここは一旦ハートの6を出すか?

 ……いや、ダメだ。

 きっと姐えさまなら、ここでそんな弱気な手は取らない。

 姐えさま……、勝手なお願いだってことはわかってます。

 でも今だけは、オレに力を貸してください!


「――オレも、パスだ!」

「何ですって!?」


 キャリコが目を見開いた。

 まさかここでラオまでパスしたのは計算外だったのだろう。


「はっ……うぅ……」


 だが、パスをした負荷は相当なものだった。

 ラオの心臓はドクドクと早鐘を打ち、身体が燃えるように熱くなっている。


「本当にいいのねラオ? パスは三回までしかできないわよ」

「……ああ、構わねえ。それはお前も同じだろ?」

「ンフフフ、そうね。では、我慢比べといきましょうか。――私も、もう一度パスよ!」

「何!?」


 キャリコは豊満な胸を押さえながら、高らかに宣言した。

 キャリコにかかっているパスの負荷も相当なものだろうに、キャリコに躊躇う様子はない。

 クソッ、負けてられるか!


「オレも、パスッ!!」


 ビリビリビリ、と身体が痺れる。

 頭が朦朧としてきて、理性がトびそうになる。

 だがダメだ!

 まだ……まだトぶのは早い!


「ンフフフ、これが最後の三回目ね。……パス!」

「っ!」


 キャリコはハァハァと息を切らせており、限界が近いことが伺える。

 こうなればもう、後には引けない!


「オレも…………パスだあああああッ!!!」

「ラオ!?」


 ラオは大きく身体をのけぞらせながらパスをした。

 その瞬間ラオは軽くトびそうになってしまったが、直前でこらえた。


「あぁ……はぁ……。さあ……キャリコの番だぜ」


 これで互いにパスは使い切った。

 後はカードを出せなくなったほうが敗けだ。


「ンフフフ、そうね。では……私はこれを出すわ」

「っ!」


 キャリコが出したカード、それは――ハートのクイーンだった!

 勝ったッ!!

 これでオレも、ハートのキングが出せる!


「じゃあオレは――これだ!」


 ラオはバシッと、ハートのキングを叩き付けた。


「ンフフフ、そうよね。あなたならそのカードを出すと思っていたわ」

「――え?」


 どういうことだ?

 キャリコは何を言ってるんだ?


「では私は、これを出そうかしら」

「なっ!?」


 ラオはキャリコが取ったあまりの行動に、心臓が止まるかと思った。

 さもありなん。

 キャリコは、を出したのだ。


「待てよキャリコ!? ハートはまだオレが6を止めてる! だからエースは出せねーよ!」

「ンフフフ、ルールをよく読んでなかったの? キングまで出したら、次はエースからになるのよ」

「ハアッ!?」


 そんなバカな!?

 だが慌ててルールが書かれたメモ帳を手に取って見ると、確かにそこにはそう書かれていた。

 ローカルルール!?

 まさか……そんな裏ワザを使ってくるなんて……。


「因みにこうなったらハートは、エースの側からしかカードは出せないからね」

「――っ!!」


 あ、ああ……終わった。

 そうなったらオレにはもう……出せるカードがない。

 パスも使い切ってしまった今、後はトぶのを待つだけ……。


「さあ、次はラオの番よ。出せるカードがなければ、トんじゃうわね。どうなの、ラオ?」

「う……ああ」


 嗜虐的な眼で、キャリコはラオを見つめてくる。

 まるで心を丸裸にされてるみたいだ。


「あぁ……ああぁ……」

「どうなの? 出せるの、ラオ?」

「んん……」


 もう……ダメ。


「さあッ! トんじゃいなさい、ラオ!」

「ああああああああああッッ!!!」


 ――ラオは、トんだ。


「は……はふぅ……ふうぅ……」

「ンフフフ、ラオのトんじゃった時の顔、可愛かったわよ」

「……バカ」


 キャリコはラオのことを抱きしめて、その豊満な胸にラオの顔をうずめさせた。


「んぶっ、く、苦しいよ、キャリコ」

「失礼するで。ウチに用っていったい――んあっ!?」

「え……あ、姐えさま!?」


 突如ピッセが保健室に入ってきた。

 ラオにとっては青天の霹靂である。


「な、ななななな何してるんやジブンら!?!? こ、こないなとこで!!」

「姐えさま! 違うんですこれは!!」

「ヒ、ヒャ~」

「姐えさま!!」


 ピッセは赤面しながら走り去ってしまった。


「ンフフフ、これはこれは、マズいところを見られちゃったわね」

「ん何吞気なこと言ってんだよキャリコ! ――姐えさま! 待ってください姐えさまー!!」


 ラオはピッセを追いかけて保健室を出て行った。


「ンフフフ」


 実はこうなることを見越してキャリコがピッセを呼んでいたのだが、そのことをラオはまだ知らない。


 ――そんな女達の複雑な人間模様を、マリアナ海溝は静かに見守っていた。



 ~fin~







「……キャリコ、ちょっといいか」

「ンフフフ、なあにラオ」

「この、『小説家になりまっしょい』っていう小説投稿サイトに、こんな小説がアップされてたんだけど、これ書いたのお前か?」

「アラアラ、もう見つかっちゃった?」

「『見つかっちゃった?』じゃねーよ!? 今すぐ消せよこれ!!」

「まあまあそう言わずに。とりあえず今から七並べでもやりましょうよ」

「やらねーよッ!?」


 やるわけねーだろッ!!!

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