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第130魔:餅搗き

『悪役令嬢のカクシゴト  ~お嬢様はお餅がお好き~』



「エスト様、失礼いたしやす。――なっ!?」

「キ、キャアッ!?」


 エストは蒸したもち米を臼に投入しているところを、執事であるデスフレイムに見られてしまった。


「エスト様……」

「ち、違うんですのよこれはッ! ワタクシは決して、お餅を作ろうとしていたわけでは――」


 エストは耳まで真っ赤にしながら、苦しい言い訳を並べた。


「――フフ、そういうことなら、もっと早くアッシに言ってくださればよかったでやすのに」

「え?」


 そう言うなりデスフレイムは、どこからともなく杵を取り出し、エストに迫った。


「なっ!? あ、あなた正気なんですの!? そんなものをあられもなく出して!」


 とは言うものの、エストはデスフレイムの太く逞しい杵から、目が離せなくなっている。


「そんなにお餅が作りたいのでやしたら、アッシがこの杵で、エスト様のもち米をいてさしあげやす」

「そ、そんなッ!?」


 デスフレイムはてらてらした杵を、エストの顔に近付けた。


「イヤ! そんなもの近付けないで!」


 だがエストの頭の中は、既にデスフレイムの杵でいっぱいだった。


「どういたしやすか? アッシは無理にとは言いやせん。エスト様が嫌だと仰っるのでしたら、ここまでにいたしやす」

「っ!」


 デスフレイムは杵を引き下げようとした。


「ま、待ってくださいませ!」

「……」


 デスフレイムは無言で、エストの二の句を待っている。


「…………搗いて」

「ん?」

「あなたのその逞しい杵で、ワタクシのもち米を搗いてくださいませ!!」

「――! ……エスト様」


 遂にエストはデスフレイムに本音をぶつけることができた。

 実はずっと前から、デスフレイムにもち米を搗いてもらいたいと毎晩夢想していたのだ。


「わかりやした。アッシがこの杵で、美味しいお餅を搗いて差し上げやしょう」

「……デスフレイム」


 今宵、二人の想いは一つになったのであった。




「最初は優しく搗きやすよ」

「……はい」


 エストは緊張で口から心臓が飛び出そうだった。

 だがデスフレイムはエストのそんな緊張をほぐすように、グニグニと杵をもち米に押し当ててきた。


「――んん!」


 エストはピリッとした痛みを感じ、顔をしかめた。


「大丈夫でやすかエスト様? やっぱり今日はやめやしょうか?」

「っ! ……デスフレイム」


 心配そうに顔を覗き込んでくるデスフレイムが、無性に愛おしい。


「――ワタクシのことなら心配無用ですわ。一思いに、搗いてくださいませ」

「! ……では」


 デスフレイムは杵を天高く掲げ、思い切り振り下ろして、ズチュンともち米を潰した。


「――!!」


 エストの全身に鈍い痛みがはしった。

 だが、決して不快な痛みではない。

 むしろやっとデスフレイムにもち米を潰してもらえたのだという喜びで、心は満たされていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「少し休憩いたしやすか?」


 デスフレイムがエストの頬を撫でながら、そう零す。


「っ! いいえ、このまま最後まで、お餅を搗いてくださいまし!」

「……承知いたしやした」


 その途端、デスフレイムの優しい眼が、雄の魔獣のそれに変わったような気がした。


「――っ!」


 パンパンパンと、デスフレイムが小気味良く杵を搗く音が、室内に響き渡る。


「嗚呼ッ! デスフレイム。デスフレイムウゥ」

「エスト様。――エスト様ッ」


 互いの名を愛おしく呼び合いながら、もち米はどんどんと餅に姿を変えてゆく。

 それはまるで二人の想いが、目に見える形に作り上げられてゆくようだった。


「デスフレイムゥ……。デスフレ……んああッ」

「くっ……エスト様」


 パンパンパンパン。

 杵の速度は尚も勢いを増す。

 既に二人共汗だくになっており、餅が出来上がるその瞬間が近いことを肌で感じていた。


「――出来やすよ。もうすぐ餅が出来やすよエスト様ッ」

「はい、出来ます。ワタクシ達のお餅が出来ますわあっ」


 ズプン、と最後に、デスフレイムは杵を一番深いところまで搗き刺した。


「ふひゃああああああああんッ」

「エスト様――」


 ――餅が、出来た。


「はふ……ひゃあ……ふひゅん……」

「エスト様」


 エストの全身は飛び散った餅でベトベトだった。


「――ホホホ、美味しい」

「――!」


 エストはその餅を指で絡め取とり、ちゅぱちゅぱといやらしく舐めた。


「エ、エスト様ッ」

「ふえ?」


 その様子を見たデスフレイムは、我慢できずにもう一度杵を握り締めた。


「なっ!? あ、あなた、何を!?」

「申し訳ございやせん。アッシはもう、止まれやせん」

「っ! ……ホホホ、しょうがない執事ですわね」


 と言いつつ、エストは新しいもち米を、臼に投入した。


「――エスト様!」

「デスフレイム!」


 この日二人が搗いた餅は、合わせて10キロにも及んだ。


 ――その餅はスタッフが美味しくいただきました。



 ~fin~







「……エスト様、少しだけお時間よろしいでやしょうか?」

「オーホッホッホッホ! よろしくてよ、伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴン。どうかいたしましたの?」

「この、『小説家になりまっしょい』という小説投稿サイトに、こんな小説がアップされていたのでやすが、エスト様は何かご存知でやしょうか」

「えっ!? ささささささあ、これっぽっちも存じ上げませんわねワタクシはッ!」

「そうでやすか……。日間ランキングにも載ってやしたので、そこそこ評判のようでやすが」

「まあ! 本当ですの! 苦労した甲斐がありましたわ!」

「エスト様……」

「い、いや、今のは独り言ですわよ!」

「とはいえ同日にアップされた、『マリアナ海溝がみてる  ~七並べの甘美な誘惑~』という小説には、若干ポイントで敗けておりやすが」

「何ですって!? それは聞き捨てなりませんわね! こうなったら取材も兼ねて、今から餅搗きをいたしますわよ!」

「エスト様!?」


 本気でやすか!?

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