目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第131魔:決めようじゃないか

「ハッ、ハッ、ハッ」


 すっかり冬の色が濃くなったよく晴れた河川敷を、俺は白い息を吐きながら走っていた。

 俺がIGAに入局してから、早いもので1ヶ月余りが経った。

 日課の筋トレもなんとか続いており、今日もこうしてパトロールがてら市内をランニングしているところだ。


「おうにいちゃん、今日も精が出るな」

「こんにちは」


 柴犬の散歩をしている名前も知らないおじさんに、すれ違いざまに挨拶された。

 不思議なものでランニングをしている人間に対しては、世間の人は優しく話し掛けてくれることが多い気がする。

 『ランニングしている人に悪い人はいない』と、誰もが無意識に思っているからかもしれない。

 ひねくれ者の俺に言わせれば、必ずしもそうとは言い切れないとも思うが(例えば暗殺者なども、筋トレは欠かさないだろう)、世の中とは意外と漠然としたイメージで回っている面もあるのは事実だ。

 だからこそ忍者である俺には画一的なイメージに囚われずに、物事の本質を見抜く眼が要求される。

 まあ、口でいうのは簡単だが、そんなものが一朝一夕で身に付いたら誰も苦労はしないので、今はとりあえず身体を鍛えることに重点を置いているといったところだ。


 キーーーーン


 ん?

 その時、空気をつんざくような轟音と共に、空から何かが降ってくるのが見えた。

 何だありゃ!?

 隕石!?

 そのままその隕石っぽいものは、前にヘタオとクズオ達が戦った辺りに落下したので、俺は慌ててそこまで駆け寄った。

 場合によっては、IGAにも連絡したほうがいいかもしれない。


「な、何だこれ……」


 近くまで来てみると、それは隕石というよりは乗り物のようだった。

 直径3メートル程の球体で、そのデザインはどこか亀を彷彿とさせる。

 実際上部には、亀の甲羅みたいなギミックが付いている。

 もしや……この流れは……。


 プシュー


「っ!?」


 謎の球体から蒸気のようなものが噴き出てきて、亀の甲羅が蓋みたいにウィーンと開いた。

 するとその中から――。


「ふ……ふふ……はじめまして。……第一地球人の方」

「あ、どうも……」


 ゴスロリの格好をした美女が、ぬらっと出てきたのだった。

 親方! 空からゴスロリの美女が!




 第一地球人という言い方からしても(第一村人みたいなもの?)、この人が異星人なのは間違いないだろう。

 俺も異星人に関してはちょっとしたオーソリティーになりつつある(何の自慢にもならないが)ので、ここは慌てず騒がず、何より優先しなくてはならないのは、この人に敵意があるのかを見極めることだ。

 ピッセみたいにわかり合えれば地球人と共存できる異星人もいるというのは身に染みているので、この人に敵意がないのであれば、できれば無駄な争いは避けたいのが本音だ。

 俺はつぶさに目の前のゴスロリ美女を観察した。

 髪の色は闇みたいに暗い漆黒で、長い前髪で左眼だけを隠している。

 そして胸は沙魔美並みに大きい。

 左腕で、大きな亀のぬいぐるみを抱えてもいる。

 余程亀が好きなのか?(因みに地球外にも亀っているのかな?)

 ただ、全身から溢れ出ているオーラは、沙魔美とはまた違った何とも言えない禍々しさを孕んでおり、この人に敵意があるかは別にしても、率直に言って関わり合いたいタイプでないことは明白だった。


「あ……あの……」

「っ! はい、何でしょうか」


 話し方がたどたどしいので、話していてとてもハラハラする。


「私は『北の魔女』の……、ノーズェ・アーラキーと申します……。世間の人からは、最凶の魔女なんて呼ばれてます……。ふ……ふふ……」

「っ!!」


 ノーズェと名乗った女性は、何が可笑しいのか口元に手を当ててクツクツと笑った。

 ……やはりか。

 何となく沙魔美を彷彿とさせる部分もあったから、もしやと思っていたが、この人も『魔女』だったのか。

 エストが言っていた、この世に存在する、東西南北の魔女の一族の一つ、北の魔女。

 しかも最凶の魔女だって?

 もう字面がヤベーじゃん。

 ある意味今まで出逢ってきた人の中で、一番お近付きになりたくない人だ(それにしても、魔女は巨乳でなくてはならないという縛りでもあるのだろうか?)。


「あ……あの……」

「……はい」


 いちいち「あの」って言ってからじゃないと喋れないの?


「こんなことをお願いするのは……不躾なのはわかっているのですが……」

「……」


 嫌な予感がする。


「…………私と、お友達になっていただけないでしょうか」

「……お友達、ですか」


 できればご遠慮させていただきたいところですが……。




「私……何故か昔から全然お友達ができなくて……」

「……そうなんですか」


 ノーズェは聞いてもいないのに自分語りを始めてしまった。

 そういうところが理由の一つなんだと思いますよ?


「唯一そんな私とお友達になってくださったのが……だったんです……」

「っ!?」


 あの方!?

 誰だよそれは。

 まさかこんな見るからに地雷臭がする女と進んで友達になる人がいるとは……。

 いったい何者なんだ?


「それで……あの方に、地球ここに来れば……きっと他にも友達ができるよって言われて……」

「……」


 それで地球に来たっていうんですか?

 あの方とやらの言いなりになって?

 ……やっぱりこの人ヤベー臭いがプンプンする。

 友達が少ない分、一人でも友達ができると、思いっきり依存するタイプだ。

 俺の彼女が正にそうだからよくわかる。

 どうやら魔女というのは、大なり小なりヤベー感じになってしまう傾向があるようだな。

 それも魔女のさがなのだろうか……。


「それで来てみたら……いきなりあなたみたいな素敵な方と出逢えたんですもの……。あの方の言うことは本当だったんだわ……」

「いや、その……」


 ノーズェはウットリとした眼で俺を見つめてきた。

 うわあ。

 ヤバいヤバいヤバいヤバい。

 俺のヤベーやつセンサーが完全に振り切ってる。


「ですからどうか……私とお友達になってください……」

「……えっと」


 何て返そう。


「あなたが私とお友達になってくだされば…………」

「っ!!」


 で、出たーーーーー!!!!!!

 まッッッッッッッッッたヤンデレだーーーーー!!!!!!

 いい加減もう勘弁してくれよッ!!

 寿司屋に行って、「大将、適当に握って」って頼んだら、「あいよっ!」って元気よく最初に出されたのが茶碗蒸し。

 その次に出されたのが茶碗蒸し。

 その次に出されたのも茶碗蒸し、みたいな気分だよ!!

 握ってねーじゃねーか!?

 こっちは寿司食いにきてんだよ!!

 シャリを出せよシャリを!!!(茶碗蒸しが嫌いなわけではありません)


「……あのですね、ノーズェさん」

「……はい」


 ノーズェは希望に満ち溢れた眼で、俺を見つめている。

 クソッ! そんな眼で見ないでくれ!

 しかし、マジでどう答えたものだろうか。

 いつもと違って恋人になってくれと言われているわけではないので、友達くらいならいいかなとも思う反面、この手のタイプは先程も言ったように、ひとたび友達になったが最後、滅茶苦茶グイグイしてきそうだし、何より沙魔美との相性が壊滅的に良くない気がする(同族嫌悪的な意味で)。

 以上のことから、俺がノーズェと友達になるのは難しいと言わざるを得ない。

 だがノーズェは俺が友達にならなければ、地球は無事では済まさないとも言っている。

 完全に脅迫だ。

 俺は今ヤクザに拉致されているよりも、数億倍逼迫した状況にいる。

 またしても地球の命運を背負ってしまっている。

 俺ってそんなに前世で悪いことしたのかな?

 SNSのサブアカウントで、有名人の悪口とか言いまくってたのかな?


 キーーーーン


 ん?

 その時、またしても空気をつんざくような轟音と共に、空から何かが俺達目掛けて降ってきた。

 あ、あれは!?


「堕・理・雄ーーーーー!!!!!!」

「沙魔美!?」


 それはラ〇ダーキックの体勢をした沙魔美だった。

 何故ラ〇ダーキックなのかは謎だが、女の勘いつもので俺の危機を察知して、駆けつけてくれたのかもしれない。

 助かった!


 ズドオオオォォン


 うおっ!?

 ノーズェ目掛けて盛大な砂埃を撒き上げながら落下した沙魔美だったが、砂埃が晴れると、ノーズェはギリギリで沙魔美のライダーキックを躱していた。


「チィッ!」

「ふ……ふふ……あなたが東の魔女さんですね。……はじめまして」

「大丈夫、堕理雄!! この女に何か変なことされなかった!?」

「あ、うん」


 ノーズェのことはガン無視で、俺に駆け寄ってきた沙魔美であった。

 相変わらず俺のヒロイン力が高杉くんだな……。


「…………」


 沙魔美に無視された形のノーズェは、露骨に不機嫌そうな顔になった。

 ホラ! この手のタイプは無視されるのを一番嫌うんだよ!


「まあいいわ。とりあえずこいつブッ殺しておくから!」

「沙魔美!?」


 沙魔美は沙魔美でヒロインにあるまじき暴言を吐きながら、右手の爪を伸ばしてノーズェに斬り掛かっていった。

 ちょっと待て!

 相手は最凶の魔女だぞ!?

 迂闊に動くなよ!


「ふ……ふふ……」


 だがノーズェはそんな沙魔美に対しても、不敵な笑みを浮かべていた。

 くっ!


「アハッ、そこまでだよ二人共」

「「「っ!!」」」


 いつの間にか沙魔美とノーズェの間には、金髪碧眼で王子様みたいな格好をした中学生くらいの美少年が立っていた。

 そしてその美少年が右手に持っていたステッキのようなものでコツンと地面を突くと、瞬時に沙魔美の爪は元の長さに戻ったのだった。


「「っ!?」」

「オーゼット様……」


 オーゼット様!?

 ノーズェは神でも崇めるような顔で、美少年のことをそう呼んだ。

 もしや、この美少年がノーズェが言っていたとやらなのか……?

 沙魔美の魔法を容易く解除したことからも、只者でないことは窺えるが……。


「ダメだよノーズェくん、沙魔美くん。二人は魔女同士なんだから、仲良くしなきゃ」

「はい……申し訳ありません……オーゼット様」

「……チッ、何者よあなた」


 沙魔美は一歩下がりながら、オーゼットと呼ばれた美少年に問いかけた。

 沙魔美の名前を当然のように知っていたことといい、かつてなく強大な人物だということを本能で察したのかもしれない。


「アハッ、そんな怖い顔しないでよ沙魔美くん。僕は敵じゃないよ。むしろ僕は、君達みんなの親みたいなものさ」

「何ですって……?」


 何を言い出すんだこの美少年は!?

 バブみが流行っている昨今だけど、美少年に対してもバブみって適応されるのかな?(錯乱)


「それに僕は君達魔女と違ってただの平凡な人間だよ。君達より少しだけ、魔法の使い方に精通しているだけさ」

「……っ!」


 ……魔法の使い方。


「因みにオーゼットっていうのは僕の故郷の名前でね。僕の個体名じゃないんだ。僕に個体名はないからね、名前代わりに使ってるんだよ」

「……」


 サラッととんでもないこと言ってるぞこの子。


「だから人々は僕のことをこう呼ぶよ、『オーゼットの魔法使い』、ってね」

「「!!」」


 オーゼットの魔法使い……。


「……そのバブみ魔法使い君が、地球になんの用なの?」


 一瞬で名前をバブみ魔法使い君に変えやがった。


「アハッ、よくぞ聞いてくれたね。なーに、単なる余興のためだよ。暇潰しにちょっとしたトーナメント戦でも開こうかと思ってね」

「「トーナメント戦!?」」


 出た!

 バトル漫画の王道展開!


「その名も『オーワングランプリ』。誰が最強なのか、ここらで一つ、決めようじゃないか。アハハハッ」


 オーゼットは無邪気な幼子のように、ケラケラと笑った。

 何だよその年末にやってる漫才コンクールみたいな大会名は!?


 こうしてまたもや唐突に、『オーワングランプリ編』の幕が上がったのであった。


 次回、「オーワングランプリ開幕!?」。デュエルスタンバイ!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?