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第133魔:言ったはずだよ僕は

「……なんであんたがここにいんのよ」


 沙魔美は露骨に不機嫌そうな顔でエストを睨みつけた。


「ホホホ、そんな邪険にしなくてもよろしいじゃありませんの東の魔女さん。せっかくこのワタクシ自ら、あなたを参りましたというのに」

「何ですって!?」


 っ!

 ま、まさか。


の借りを返しに参りやした」


 ヘタオがうやうやしく頭を下げた。

 なるほど。

 エスト達のことを見逃してやった時の借りを、律義に返しに来てくれたってわけか。


「……フン、どういう風の吹き回しなの? 伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴンはまだしも、あんたはそんな殊勝なタマじゃないでしょ、オタサーの姫」

「ホホホ」


 エストは左側の口角だけを吊り上げた。


「もちろんワタクシにもメリットがあるからこそ、あなたをお助けするのですわ」


 メリット?

 いったいどんな……。


「……ワタクシに勝ったあなたが北の魔女に敗けてしまいましたら、さもワタクシまで北の魔女より弱いみたいに思われるじゃありませんの」


 っ!


「フフフ、なるほどね。そういうこと」


 沙魔美は得心が行ったらしく、くつくつと笑った。

 これまたバトル漫画でよくある展開だな。

 まあ、何はともあれエスト達が味方になってくれるというのであれば、こんなに心強いことはない。


「……あの北の魔女は、『畜城』を会得しているのでしょう?」

「「っ!」」


 どうやらエスト達は、随分前から俺達の遣り取りを陰で見ていたらしい(その図を想像すると大分シュールだが)。


「あんたは畜城とやらが、どんなものなのか知っているの?」

「ええ。噂に聞いた程度ですけれどね。――何でも壊錠よりも更に上の、魔女のだとか」

「……ふーん」


 究極形態!?

 じゃあやっぱり、スーパーサ〇ヤ人3的なものなのか?

 それじゃあ、ノーズェには誰も勝てないじゃないか……。


「てことは、あんたも畜城の会得方法は知らないってことね?」

「いいえ」

「「っ!?」」

は掴んでおりますわ」

「ほ、本当か!?」


 俺は思わず声を上げた。

 それなら沙魔美も畜城を会得できれば、ノーズェと互角に戦えるかもしれない。


「ですが、そのためには、は地獄の修行に耐えねばなりませんわ」

「えっ!?」


 一ヶ月も!?

 そんなの……二時間後に始まるオーワングランプリには間に合わないじゃないか。


「……フ、フフフ」

「沙魔美……?」


 にわかに沙魔美が不気味な笑みを浮かべた。

 どうした!?

 絶望でおかしくなっちまったか!?

 ……いや、こいつはそんな繊細なやつじゃない。


「なるほどね。バブ君が二時間後って言ってたのは、こういうことだったのね」

「そういうことですわ」

「え?」


 何何?

 二人だけで話進めないでよ。


「そうとなったら、一秒でも時間が惜しいわ。行くわよ!」

「沙魔美!?」


 行くってどこに!?

 沙魔美が指をフイッと振ると、俺達四人は肘川大学のとあるトイレの前にワープした。

 何故肘大に!?

 ……あれ?

 でもこのトイレ、どこかで……。


「思い出した堕理雄? ここは私が前に魔法で、異空間の監禁部屋に繋げたトイレよ」

「あの時のトイレか!?(※24話参照)」


 クッッッソ久しぶりだったんで、すっかり忘れてたよ!

 てかこれ、いつまで残ってんだ!?

 なんで問題にならないの……?

 ……待てよ。

 確かこの監禁部屋は――。


「気付いたみたいね。――そう、この中ではで経過するのよ」

「っ!」


 そういうことか。

 つまりこの中での一ヶ月は、外での二時間に相当するってことか。

 これならオーワングランプリの開始までに、ギリギリ沙魔美も畜城が会得できるかもしれない。

 もしかしてこれを見越して、オーゼットは開始を二時間後にしたのだろうか?

 ……うん、きっとそうに違いない。

 だからあの時オーゼットは、だなんて言ったのだろう。

 おそらくオーゼットにとって、オーワングランプリというのは自身で言っていた通り、本当に単なる余興に過ぎないのだ。

 だが余興だからこそ、出場者の実力は拮抗していたほうが面白い。

 そう考えて、沙魔美に修行する時間を与えたのだ。

 ……やれやれ、どこまでも行っても創造神様の手のひらの上にいると思うと、正直ぞっとしないな。

 お釈迦様と智慧比べをした孫悟空の気分だ。


「では、御開帳~」


 が、沙魔美はそんなことは何処吹く風で、豪快にトイレの扉を開けた。

 つくづく羨ましい性格をしてるなこいつは……。

 扉を開けるとそこには――体育館のような空間が広がっていた。

 ニャッポリート!?




 確かあの時は昭和のラブホみたいな場所だったはずだが……。


「流石にラブホで修行ってわけにはいかないでしょ? だから私の母校の体育館を真似た空間にしてみたの。ここなら修行にうってつけよ」

「そうか……」


 母校の体育館がうってつけかと言われたら、それはそれで疑問だが。


「ホホホ、なるほどなるほど。まあ、庶民の修行場としては及第点ですわね。――では早速修行に移りますわよ。伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴン!」

「へい」


 エストの号令でヘタオはエストを床にそっと下ろし(今までずっとお姫様抱っこしっぱなしだった)、ヘタオ自身は一歩前に出た。


「――修行の第一段階は、魔力強化ですわ」

「魔力強化?」

「ええ。畜城を会得するためには、大前提として膨大な魔力が必要不可欠なんですの。ですがあなたはまだまだ魔力が全然足りませんわ」

「喧嘩売ってんのあんた!」

「おい沙魔美、そんなすぐキレんなよ」


 傍から見たら今でも沙魔美の持つ魔力は十分すぎる程だとは思うが、確かに核苞を失う前のエストは沙魔美以上の魔力を持っているように見えたもんな。

 実際沙魔美がエストに勝てたのも、ピッセが力を貸してくれたからだし。


「ホホホ、ですが魔力というのは魔法を使えば使う程、上限が増えていくものなのですわよ」

「「え?」」


 そうだったの?


「筋肉を使えば使う程、身体が鍛えられていくのと同じですわ」


 ははあ。

 そう言われるとわかりやすいな。


「ですから今からあなたは、ひたすら魔法を使って伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴンと戦っていただきますわ」

「「っ!」」


 そんな……。

 ヘタオと?


「魔力強化には実戦が一番ですからね」

「……私は構わないけど、伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴンは大丈夫なの? 5000歳BBAにやられた傷が、まだ癒えてないんじゃない?」


 そうだ。

 ヘタオはあの時、脇腹を深く抉られる重傷を負っていた。

 常人なら生きているのも不思議な程の……。


「その点は心配ご無用でやす」


 ヘタオは両腕の極重腕時計を外して、上着を脱いで上半身裸になった。


「「……!」」


 ヘタオの脇腹には、痛々しい傷痕が残っていた。

 だが、一応傷は塞がってはいるようだ。

 流石伝説の上級魔獣だけあって、生命力も規格外らしい。


「アッシは日々エスト様をお守りするため、鍛錬を欠かしておりやせん。この程度の傷、物の数ではありやせんよ」

「ホホホ」


 何故かエストがドヤ顔だった。

 やれやれ、お安くないぜ。


「……フフ、そういうことなら、私のほうに異存はないわ。その代わり、一切手加減はしないから、死んでも文句は言うんじゃないわよ」


 沙魔美は嗜虐的な笑みを浮かべた。

 だからメインヒロインがしていい顔じゃねーぞそれ。


「アハッ、やっとるかね諸君」

「「「!!」」」


 なっ!?

 いつの間にかオーゼットが俺の隣に立っていた。

 なんでそんな昭和の社長みたいな台詞を吐きながら登場したの!?


「……何の用かしらバブ君。まだオーワングランプリまでは大分時間があるわよね? 見ての通り、今から私の修行編が始まるんだから、邪魔しないでほしいんだけど」

「アハッ、もちろん邪魔するつもりなんてないよ。でも昨今の風潮として、修行編は面白くないからさっさと飛ばしてほしいって意見もネット上では多くてね」

「ハアッ!?」


 創造神様もネットの声とか気にするんだ!


「だから、先に会場に連れていかせてもらうよ」


 っ!?


「そんなッ!? ま、待ちなさ――」


 オーゼットがステッキでコツンと地面を突くと、俺とオーゼットは瞬時にドーム球場みたいな場所の観客席にワープした。

 そしてオーゼットの隣の席には、ノーズェもチョコンと座っていた。


「ふ……ふふ……、おかえりなさいませ、オーゼット様……」

「ただいまノーズェくん。堕理雄くんも悪かったね、彼女とイチャイチャしてたところだったのに」

「いや、別にイチャイチャはしてなかったけど……」


 むしろ結果的にはこのほうがよかったのかもしれない。

 どうしても俺が一緒だと、沙魔美は気が散って修行に集中できないだろうからな。

 ……ひょっとするとそれすらも見越して、オーゼットは俺を連れ出したのだろうか?


 それにしても、ここがオーワングランプリの会場なのか。

 とんでもない広さの会場だ。

 観客席もざっと見た限り、軽く4、5万席はありそうだ。

 何より異様なのは、中央に設置されている闘技場と思われるスペース。

 天下一武道会みたいに端っこは段差になっているので、あそこから出たら場外負けになるのかもしれないが、天下一武道会と異なるのは、闘技場が円形なことと、直径が軽く100メートル以上もあることだ。

 なんでこんな広いの?


「アハッ、どうだい堕理雄くん、なかなかの会場だろ? 僕とノーズェくんで頑張って、5分くらいで造ったんだよ」

「ふ……ふふ……、頑張りました……」

「っ!!」


 たった5分で……。

 まあ、今更そのくらいでは驚かないが。

 因みにこの空間はどこなんだろう?

 さっき俺達がいた異空間的なところなんだろうか?

 ――あっ、そういえば。


「ノーズェが地球に来る時に乗ってた、あの亀みたいな宇宙船、あの場所に置きっぱなしだけど、回収したほうがいいんじゃないか?」


 何より他の人に見つかったら、えらい騒ぎになりそうだし。


「ふ……ふふ……、その点は心配いりません。あの宇宙船は地球に優しい素材で出来ていますから……、今頃は風化して土に還っているはずです……」

「あ、そうなの」


 何その気遣い。


「アハッ、さてと、でも開場まではまだまだ時間があるねー。じゃ、暇潰しに映画でも観よっか」

「ふ……ふふ……、いいですね……」

「映画!?」


 こいつらホント吞気すぎない!?

 貴族の戯れに付き合わされてた平民ってこんな感じだったのかな……?

 オーゼットがステッキでコツンと地面を突くと、俺達の目の前に巨大なスクリーンが出現した。

 こりゃホームシアターってよりは、まんま映画館だな。


「では僕の好きな、『耳をすま〇ば』を流すよ」


 まさかのジ〇リ!?

 創造神様すら虜にするジ〇リのちからってすげー!


 ――それから俺達三人は、食い入るように耳をすま〇ばを観たのだった。




「あー面白かった。やっぱり『やなヤツ! やなヤツ! やなヤツ!』のシーンは、何度観てもニヤニヤしちゃうよね」

「ふ……ふふ……、仰る通りですオーゼット様……」

「……あんた程の男でも、地球人が作った映画で感動したりもするんだな」

「アハッ、これは異な事を言うね堕理雄くん。――君は勘違いしているようだけど、僕は別に全知全能の神様ってわけじゃないんだよ」

「えっ」


 そうなの?


「僕は人類が進化する上で、少しだけ背中を押してあげたに過ぎないんだよ。あしながおじさんみたいなものとでもいうのかな? だから人類が進化したこと自体は、あくまで君達の祖先が頑張った成果さ。ひょっとしたら僕が手を貸さなくても、だったのかもしれないしね」

「……」

「だからこそ人類が日々生み出す技術や娯楽には毎度舌を巻いているし、心から感動もしているよ。きっと子どもの成長を見守る親というのは、こんな気持ちなんだろうね」

「ふ……ふふ……、そうですねオーゼット様……」


 ……正直俺は、オーゼットの言葉に素直に同意はできないけどな。


「オッ、どうやらちょうど時間のようだね」

「え?」


 オーゼットがステッキでコツンと地面を突くと、巨大なスクリーンは煙の様に消え去り、代わりに四方八方から観客席に人がぞろぞろと入ってきた。

 だが、みんな頭に角が生えていたり、眼が複数付いていたりと、明らかに地球人ではない人種ばかりだ。


「この人達は……」

「アハッ、僕が銀河中を回って招待した、こういった娯楽が好きなさ」

「っ!」

「ま、もっともこの連中の大半は、今回出場するが目当てで来てるんだろうけどね」


 ある選手……?

 ニュアンス的には、それはノーズェや沙魔美のことではなさそうだが、それ以上に注目の選手がいるとでもいうのか?


「ふ……ふふ……、ではオーゼット様……、私は控え室に行ってきます……」

「うん、また後でね」


 控え室?

 ノーズェが口笛をピュイと吹くと、ノーズェは俺達の前から文字通り姿を消した。


「ノーズェくんには一旦裏に消えてもらって、僕が選手入場コールをしてから、観客のみなさんの前に出て来てもらう段取りになってるんだよ」

「あ、そうなの……」


 とことんエンタメ感覚なんだな。

 こっちは人生が懸かってるってのに……。

 とはいえ、俺もこういう場で前程は緊迫感を覚えなくなってきたのも事実だ。

 慣れとは斯くも恐ろしいものだな。


「お兄さん!」

「っ!?」


 こ、この声は……。


「真衣ちゃん!?」


 振り返ると、そこには何と真衣ちゃんが立っていた。

 何故真衣ちゃんがここに!?


「堕理雄君!」

「菓乃子!?」


 菓乃子まで!

 ――それだけではない。

 未来延ちゃん、多魔美、玉塚歌劇団の三人という、いつものメンバーもその後ろに続いていた。


「なんでみんながここに……」

「アハッ、それはもちろん、僕が招待したからに決まってるじゃないか」

「っ!?」


 オーゼットが……。


「せっかくの沙魔美くん達の晴れ舞台だ。是非みんなにも見てもらいたかったからね」

「……」


 それはそれは、お気遣いに痛み入るね。


「お兄さん! この大会で悪しき魔女が敗けたら、お兄さんが他所の星に引っ越しちゃうって本当ですか!?」

「え!? あ、うん……」


 真衣ちゃんが俺に駆け寄って来た。

 引っ越しって……。

 まあ、似たようなもんだけど。


「そんなの絶ッッッ対に許せません!! 断腸の思いですが、今日だけは悪しき魔女を応援しますよ私はッ!」

「そ、そうかい。それは沙魔美も心強いと思うよ」


 断腸の思いなんだ……。


「アハッ、美しき兄妹愛だねえ。感動したよ僕は」


 オーゼットは嫌味などではなく、本心からそう言っているように見える。

 実際本心なのだろう。

 オーゼットにとって俺達全宇宙の人類は、ケージの中で元気よく動き回っているラットみたいなものなのかもしれない。


「さてと、とはいえそろそろ時間だね。ではこれより、栄えあるオーワングランプリを開催するよ」


 オーゼットがすっくと立ち上がった。


「なっ!? 待ってくれオーゼット! まだ沙魔美が――」

「いいや、待たないよ」

「っ!」

「言ったはずだよ僕は、遅刻した場合は不戦敗にすると」

「そ、そんな……」


 本当に間に合わないのか沙魔美……?


 次回、「今度こそ、今度こそオーワングランプリ開幕!?!?」。デュエルスタンバイ!

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