(せめて利三がいればなんとかなるのだが……)
のらりくらりと連携して攻めてくる刺客に苛立ちを覚えながらも、危地を抜ける術を光秀は考えていた。
ふと脇を見ると、孫策との距離が徐々に離れており、寄せては返しまた一方が寄せてくるといった波のような刺客の戦法に、巧みに誘導されていることに気づいた。
「ちっ……」
苛立ちは募り、冷静な刀さばきに鈍りが見え始めた。
「呂蒙!取り乱すな!」
孫策の大喝。
「こちらは平気だと言っておろう」
「申し訳ござらぬ。しかし、殿もよそ見をしている場合ではないのでは?」
窮地のはずの二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「孫策は矢を受けておる、一斉にかかって討ち取れ」
余裕の表情の二人に刺客たちも苛立ち、遂には賊らに一斉攻撃を命じた。賊らは孫策の武勇に恐れを感じながらも、目の前の大勲功に目がくらみ、皆思い思いに武器を振りかぶった。
「殿っ!」
いかに猛将でも手負いでこれは避けられない。孫策自身もこれまでか、と諦めたその時である。
「多勢に無勢とは卑怯なり。お味方いたす」
突如鳴り響く颯爽とした声。それと同時に矢が放たれ、賊が倒れる。
光秀からは逆光で顔までは見えないながらも、引き締まった二の腕や太ももは力強さを感じさせる。
その男は、弓を担ぎ腰の刀を抜くと、包囲網の中に割って入り、いとも容易く孫策の所までたどり着いた。
「……!秀満か!?」
「まさか!?義父上?」
双方とも驚きを隠せずにいたが、光秀はすかさず、
「詳しい話は後だ、秀満、殿を、そちらの御仁をお守りいたせ」
と、しめたとばかりに指示した。
「承知。お任せを」
秀満は孫策の背後を守り、賊を睨みつける。
「おい、父上ってどういうことだ?」
背中合わせの秀満に問う。
「まずはこの危地を切り抜けるが先」
「抜けたら教えろよ」
「承知いたした」
いきなり現れた孫策らの味方に、賊はおののき、討ちかかれずにいた。
「一人増えたくらいで臆するな」
懸命に刺客が煽るも効果はない。
「動かぬならばこちらから参る」
秀満は素早く前方の賊に駆け寄ると鋭い剣閃で斬り伏せた。続け様に二人三人と切り倒していく。
「ええい、何をしておるか、相手はたったの二人ではないか!」
不甲斐ない賊らに腹を立てた刺客の罵声が飛ぶ。
「よそ見とはずいぶんと余裕があるな」
刺客が声の方を振り向くと同時に光秀の剣が振り下ろされ、そのまま断末魔の叫びをあげて地に伏せた。
「ひっ」
「に、逃げろ」
雇い主の一人が倒されたことで、賊の恐怖心に拍車がかかり、遂に壊走しはじめた。
「こら、貴様ら、逃げるな」
叫び声虚しく、賊らは這々の体で逃げ去り、刺客は一人ぽつんと取り残された。
「貴様は逃がさぬ」
光秀が秀満に目配せをする。秀満はすかさず刺客の背後に回り込み、逃げ道をふさいだ。
刺客は光秀と秀満を交互に見ると、逃げられないと悟り、自身の剣を自らの腹に突き立てた。
「我らの悲願は成った!仇は討ったぞ、許貢殿……惜しむらくは墓前に孫策の首を供えられぬことよ」
刺客は突き刺さした剣を強引に引き抜くと、今度は首にあてがい、頸動脈を断ち切った。