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第20話

「義父上はこの時代に覇を唱えん、と思わぬのですか?再び与えられた命、御自身の為に使おうと思わぬのですか?」


 秀満が発奮させようと煽るが、光秀は涼しい顔で聞き流している。


「義父上!」


「くどいぞ、秀満」


 更に煽ろうとする秀満を、光秀は一喝してとどめた。


 これには秀満も不満ながら口をつぐむしかなく、渋々と光秀に付き従って呉へと戻っていった。




 季節は移り変わり冬を迎える。


 呉では孫策亡き後のごたごたがまだ続いていた。


 皆の吐く息は白く、雪は降らないまでも、吹き付ける風が身に凍みる。


 そんな中を秀満は一人鬱々と歩いていた。


 あれ以来光秀は、忙しいのもあるのだろうが、秀満を遠ざけているような気がしていた。


 秀満も光秀の推薦で孫権の家臣団の一員となってはいたが、特に仕事を与えられるでもなく、閑職のようで、余計に気が滅入る。


「秀満殿、秀満殿」


 後ろから呼ばれる声にも気がつかず、肩をたたかれ、振り向いた先には利三が、心配そうな表情で立っていた。


「おぉ、利三殿か」


「相変わらず浮かぬ顔をしておるな」


 ようやく気づいた秀満を気遣い、いたわるように話しかけた。


「……」


「殿のことか?」


「いかにも。利三殿は現在の状況に満足しておるのか?」


「某は殿を信じ付いていくのみ」


「そうか……」


 二人が静かに話していると、すぐそばを急使が馬を飛ばして駆け抜けていった。


「何事かな?」


 秀満は利三と顔を見合わすと、すぐに後を追った。



 城の軍議場にはすでに主だった武将たちが集まり、孫権の登壇を待っていた。


 その間、武将たちは口々にいろんな噂話を喋りだしては、否定し、あるいは肯定し、と言葉を酌み交わしている。


 秀満と利三は耳を傾けるだけで参加はせず、光秀の姿を探しだし、近づいていく。


「殿」


「二人とも来ていたか」


「はっ、して先の早馬は?」


「まだわからぬが、官渡を偵察していた者共らしい。決着がついたのであろう、というのが大方の意見だな」


「官渡……曹操が勝った合戦ですな」


 秀満の言葉に光秀は「しっ」と人差し指を唇にあてると、


「他言無用だ」


と、くぐもった声で秀満を制した。


 確かに未来を知っていることは隠し通さねばならないことである。


 しかし、呂蒙となった光秀は明らかに人が変わった。


 秀満は自分が為すこと全てが光秀の癇に障っているような感触に、内なる不満を更に募らせていった。



 しばらく待つと、孫権が周瑜と張昭を引き連れ登壇した。


「曹操と袁紹による華北の決戦が終わった」


 孫権に代わり、周瑜が説明をしだすと、会場は大きなざわめきに包まれた。


「官渡の戦は曹操の勝利だ。勝因は兵站基地への奇襲で、この奇襲部隊を率いた武将はと呼ばれている男」


「なっ……!」


周瑜からという単語が漏れると、光秀の顔は青ざめ、引きつった。


「呂蒙?この者について何か存じているのか?」


 この不可解な光秀の驚きと態度を追求した。


「いえ、袁紹の敗北に驚いた次第」

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