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第21話

 周瑜は疑いの眼差しをあからさまに動揺している光秀から外さない。


という男、私が知っております」


 光秀の後ろから高らかに響く声に誰もが注視した。


「秀満!」


 光秀は振り向き様に秀満を怒鳴りつけた。


 だが介さず、秀満が言を続ける。


「その者は、倭国において己を魔王と称し、天下万民の肝胆を寒からしめた男です。私と利三も彼の配下でありました」


「ほう、魔王と」


 興味深げに周瑜がつぶやく。


「はっ。ですが配下の謀叛により、命を絶ったはずなのですが、生き長らえて大陸へとたどり着いたのでしょう」


「なるほどな、してどのような人物か?」


「冷酷無比で合理的。ですが政治、戦略共に秀でており、英雄と呼ばれる類」


「冷酷無比であるが合理的か。まるで噂に聞く曹操と同様ではないか。そのような人物が曹操に……危険だな」


 光秀はうつむき声を発せず、利三もどのように対すれば良いのかわからず、ただ突っ立ったままであった。


「ならば私が信長の軍に潜伏してみましょうか?」


「馬鹿な!秀満、なにを考えておる?犬死にするつもりか!」


 秀満の提言に光秀が顔を真っ青にして反対した。


 だがそれを周瑜が遮った。


「呂蒙、控えよ。して、接触してどうする?孫家に寝返るよう内応工作でもするか?」



「いえ。信長は自分が常に頂点にいたい男。人に仕えるようなことはまずあり得ません」


「だが報告を聞く限りでは曹操の配下のようだが?」


「その辺も踏まえて、情報を集め、信長と曹操を切り離すのが目的です」


 周瑜と秀満の問答が続く。


 他の武将たちは息を飲み、問答の行方を見守っていた。


「ふむ、信長という男の部下であった貴殿ならば容易に潜り込めよう。離反の策試してみる価値はあるな。改めて問う、頼めるか?」


「お任せを。すぐにでも旅立ちます」


 秀満は自信ありげな顔つきで周瑜を見据えると、後ろを振り向き、すぐそこに立っている光秀に頭を下げて軍議場を後にした。


「呂蒙よ、ひとつ気になったことがあるのだが?」


 秀満が立ち去った後、周瑜が光秀に問いただした。


「は。なんでしょうか?」


「秀満が信長の軍に潜入すると犬死にするとはどういうことかな?」


(全く、油断も隙もない)


 光秀は内心で苦笑しつつ、怪しまれないようにすっきりとした話し方で返答した。


「秀満の親族が謀叛の首謀者であったと聞いていたので」


「なんと。それでは確かに秀満の身が危ういな」


「止めて参ります」


「いや、待て」


 秀満を止めようと身を翻した光秀を周瑜が押し留めた。その眼は光秀ではなく宙を見つめている。


 そして静かに続きを話しだした。


「あれだけ自信を持って言い切ったからには何かしら策があるのであろう、やらせてみよ」


「し、しかし!」


「失敗したとて我らに何ら支障はない。むしろ次の間者を潜り込ませやすくなるやもしれぬ」


 光秀は周瑜の冷徹な部分を垣間見た。


 なるほど、大国の宰相ともなれば冷静に状況を判断し、指示を下し、時には部下を見捨てる決断も必要だろう。

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