光秀は平静を装い、周瑜の言葉に黙って従った。
軍議が終わり、その帰りの道中、一言も発しない光秀に、
「殿!」
と、利三が声を掛ける。
「やむを得まい。儂は孫家に尽くすと孫策殿、呂蒙殿に誓ったのだ。その孫家の宰相である周瑜殿が決断したことだ」
光秀の返答は正論のようで、口が上手くない利三には反論できない。
「ですが、秀満は殿の婿ですぞ」
情に訴えかけるも、光秀は声を出さず首を左右に振るだけであった。
すると利三は顔を真っ赤に染め、踵を返すと、秀満の宅の方向へと憤懣やるかたなしといった態度で歩いていった。
光秀はそれを止めることもせず、ただただ淡々と歩いた。
胸中の思いをひた隠しながら冷静に、何事もなかったかのように黙々と家路へと足を運んだ。
「秀満」
八つ当たりするように入口で大きな音を立て、利三が秀満の家へ入る。
「利三、どうした?」
秀満は旅の準備の手を止め、不満げな顔を利三に柔らかく声をかけた。
「どうした、ではない。信長公の下へ向かったら命はないぞ」
いつもは寡黙な利三の饒舌ぶりに秀満は驚き、ふいに笑みがこぼれた。
「かもしれんな。だがそうでないかもしれぬし、信長公ではない別人かもしれんな」
などと、のらりくらりと受け答え、ひと息おくと表情を引き締め、
「なあ利三……義父上は変わったな」
と、呟いた。
「うむ、呂蒙殿と孫策殿のことが大きいのだろう。我らに心中を語ることもなくなったな」
二人は互いに沈みこむ。
部下や領民を第一に考えていた以前の光秀の面影は薄く、呂蒙になりきりすぎているように感じられた。
「利三、義父上のこと頼むぞ。私は信長公にお会いして参る。例え殺されたとて、すでに一度死んだ身だ、なんの悔いもない」
秀満は利三の手を取り、後事を託した。
「うむ、任せろ。道中気をつけてな」
利三は旅立つ秀満の後ろ姿を見送った。今生の別れではないだろうが、秀満はもう光秀の下へ戻らない、そんな気がしていた。