それほど壮絶で果敢な関羽の行動に可成は武者奮いした。
名うての猛者であると自負していたが、その関羽には全く歯が立たず、腕の骨を折られるという屈辱を晴らしたいという思いからである。
「いけませんよ。可成殿。あなたもこの兵たちも信長様にしっかりと送り届けねばなりませんのですから」
見るからに発奮している可成を濃がたしなめる。
「はぁ……」
可成が風船が萎むように急速にしょげる。
「秀満殿にも関羽と遭遇しても戦ってはならぬとお伝えくだされ」
心境がまともに態度にでる可成の姿がおかしく、濃は笑いながら指示を出した。
それからしばらく何事もなく行軍が続いた。
「あの川を越えれば、許都はまもなくですなぁ」
関羽と会うこともなく、さりとて賊が現れるでもない。そんな滞りなく進む軍旅に飽きを感じていた可成が大きなあくびを繰り返す。
濃はその仕草を見て、幾度となく微笑み、心が和む気分であった。だがその穏やかな空気は一人の早馬によって一変した。
「川向こうに砂塵。三宅殿の推量から、軍隊であると。物見を放ち進軍を止め待機するか、構わず進むかご指示を、と」
瞬間的に緊張感がほとばしる。
「物見を放て。進軍はゆるやかにせよ」
濃は迷うことなく早馬に指示を与えた。早馬は息切れを整えることなく、秀満の下へと急いだ。
「関羽追討の部隊でしょうか」
濃が囁くように可成に話しかける。
「それならばこちらに害が及ぶことはなく心配はないですが……」
可成の返答は歯切れが悪い。
「もしや関羽殿かもしれぬと?」
「はぁ。期をみるに、そろそろ関羽一行と出くわしてもおかしくはないかと」
可成は軍人らしく、骨折する前からもしてからも、絶えず物見を放ち、許都や洛陽といった大都市近辺の地理地形を熟知していた。
その知識と、関羽らの行動を推測すると、川向こうの砂塵は関羽一行である可能性は高く、しかも追討軍から逃れているか戦っている状況まであり得ると思っていた。
その可成の予想に見合うような報告が物見からもたらされた。
関羽が劉備夫人を警護しながら南下し、その一行を夏侯惇の部下が追走している、とのことであった。
「濃様、どうなさいますか?」
可成が指示を促す。挟撃するのか見逃すのか、それとなく決断を迫る。
濃の出した答えはそのどちらでもない待機であった。
追撃の部隊が曹操の命令や意に沿うものならば、見逃すことで信長の立場を悪くする。逆もまた然りである。
ならば、行軍を停め、事細かに様子を探るのが最善と濃は考えた。
「三宅殿に軍を停めよと連絡を。可成殿、物見の数を増やしてくだされ」
「承知」
可成はすぐに部下に物見を増やす指示を出し、同時に濃を護衛する陣形を整えた。
次々と物見が出ていっては戻ってくる。
「関羽隊の進行速度が遅くなりました」
「関羽殿、追走軍に単騎で突撃」
「追走部隊の大将戦死」
数を増やしただけあって、正確で細かな情報が濃らに届く。
「単騎で突撃し、大将首を穫ったと?」