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第5話

 これには可成も顔を青くした。


 単騎で数千規模の軍に突っ込み、大将首を穫るなどと見たことも聞いたこともない。


 それも物見の報告からは、いとも容易くやってのけたような感じさえ受ける。


「これほどとは。儂になんとかできる相手ではないわ」


と、可成は唸った。


「三宅隊に伝えよ。交戦は絶対するな。すぐに陣払いし、こちらに合流せよ」


 可成の顔色から危険を感じ取った濃はすぐに秀満に指示をだした。



「三宅様、本隊より交戦禁止と合流の指示が来ております」


「うむ、すぐ陣払いに取りかかろう」


 秀満はなんの疑いもなく指示に従い、部下に陣払いを命じた。


 秀満はその間、前方の砂塵を眺めていた。砂埃が徐々に遠ざかっていく。


 こまめな情報交換をしているため、何が起こっているのかは理解している。


「関羽か」


 秀満も武人である。関羽ほどの勇名高い武将と槍を交えてみたいという願望は強く持っている。


 だが今はその時ではない。


「いずれ機会もあろう」


 秀満が呟くと、後ろから陣払いの準備が完了したと報告があった。


「では、合流しよう」


 さすがに精鋭揃いである、行動が迅速で無駄がない。順調に陣払いを終え、本隊への合流も何事もなく完了した。


「濃様」


「おぉ、三宅殿」


「無事合流致しました。して、物見から何か新たな情報は?」


「関羽らは南へ向かい進発したそうです。やがてこの辺りを通り過ぎましょう?また大将を討たれた曹操軍は意気消沈し退散したと」


「濃様、私自身が物見に出るのを許可して頂けませんか?」


「貴殿が自ら?」


「はっ。より的確な情報と、なにより関羽という人物を見てみたいのです」


「そうですか……良いでしょう。ただし絶対手出ししてはなりませんよ」


「はい。誓って手出しはいたしませぬ」


 秀満は濃に約束すると、数名の兵を引き連れ、偵察へと向かった。


 濃は一抹の不安がよぎったが、それを表面にださずに笑顔で見送った。


 秀満らは人目に触れぬよう、川幅の狭くすぐに隠れることができそうな場所を探し一気に渡河した。


 信長の兵たちも水練は欠かさず行っていたため、皆泳ぎは達者であった。


 それでも秀満のそれは群を抜いている。他が半分ほどまで達した時には、すでに対岸に到達していた。


 秀満はすぐに対岸の先の小山に身を隠し、周囲を見回し索敵する。


 人はおろか動物の姿もなく、ただ鳥たちが鳴き続けるのみである。


 次第に後続が追いついてきて、秀満と共に木陰に隠れた。


 秀満は皆が揃ったのを確認すると、小山の頂上を目指し歩を進めた。相変わらず人気はなく、無事頂上に着いた。


 枝を掻き分け覗き込むと、眼下の街道に高貴な人物を乗せる御車と、その後ろを守るように顎髭の長い厳つい武人が騎馬で追っていた。


「あれが関羽か」


 遠目から見ても威圧感が凄まじく、対峙したらまともに戦えそうもない。


 関羽と並ぶ豪傑の張飛もこれと同等か以上であろう。可成はよく戦ったものであると半ば感心しつつ、関羽を眺めていた。

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