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第7話

 必死で周倉を振り払おうとしてみるが、周倉もがっしりとしがみついて離れない。


 斜面の先は地面がなく崖となっており、二人はそれに気づかずに転がり続けた。


 一瞬宙に浮いたかのような錯覚に陥ったが、次の刹那、全身に痛みと冷たさを感じた。


 崖の下は川で、二人はその中腹に投げ出されたのである。


 深いところであったのか、冷たさの後は鼻の奥に痛みを感じた。まさか川に落ちるとは思っておらず、互いに水を吸い込んだ。


 突然のことで驚いたせいか周倉の力が緩む。秀満は痛みに耐え、周倉の腕を振りほどくと、得意の泳法で距離をとり、水面へと浮上した。


 顔を出し、咳こみ、水を吐き出し、大きな呼吸をする。一歩遅れて周倉も浮上してきて、同様に咳こんでいた。


 秀満はそれを目視すると、素早く潜り、周倉へと近づいていった。


 そして周倉の真下に到達すると、足を掴み、水中に引きずり込む。


 山岳戦では利は周倉にあるが、水中戦には秀満も絶対の自信を持っている。


 周倉は蹴るかのように足を上下させ抵抗するが、秀満はがっしりと両足首を掴んで離さない。


 時々周倉が暴れもがき、なんとか水面に顔を出すが、息を大きく吸い込んで吐き出した後の力の抜けた瞬間に秀満が再び水中へと引きずり込む。


 秀満は息の続く限りこれを続けた。息を吐いた途端にまた沈められるものだから、次第に周倉の抵抗力が弱まってくる。


 それを感じとると、一度素早く浮上し息継ぎをし、また潜り、周倉の足を引っ張る。


 この繰り返しにより、周倉は大量の水を飲み込み、遂には溺れて意識を無くした。


 力を失い、自ずから沈んでくることから、溺れたことを確認した秀満は、ゆっくり浮上し、安堵の呼吸をすると、今度は周倉を水中から引っ張り上げて、岸まで連れ泳いだ。


 なんとか陸に上がると、さすがに疲労困憊で力が抜け、四つん這いになり頭を垂れ、肩で息をしていた。


 しばらくその状態が続き、落ち着きを取り戻そうとしていると、突如、圧倒的な威圧感と殺気を感じ、秀満は飛び退いた。


 咄嗟に腰に手をやり、刀を取ろうとするが、先程の戦いで落としたままである。


 飛び退きながら威圧感の正体を探ろうと見やると、そこには小山から姿を確認した、関羽が馬上で武器を携え、こちらを窺っていた。


 関羽の隣にはまだ幼さが見え隠れする若い武将、後方には関羽らが護衛する御車。


 ようやく落ち着いたと思ったら、より大きな災難に遭遇し、満身創痍に疲労困憊。おまけに武器もない。


 この状況に秀満は自らの命を諦めるほどであった。


「うぬは何者か?」


 関羽の野太い声が響きわたる。


関平かんぺい、周倉を収容せよ」


 続け様に若い武将に指示をする。


 関平は秀満を警戒しつつ、周倉へと近づき、息があるのを確認すると、


「死んではおりませぬ」


と、関羽に報告をする。


「うむ、引き揚げよ。水を吐き出させればすぐに回復しよう」


 無事を安心したのか、関羽の顔が一瞬ほころんだ。



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