そして再び秀満を見据えると、
「何者だ?」
と、もう一度問いただした。
「我は織田信長麾下の三宅弥平次」
「信長の手勢か。曹操の命で我らを追うか?」
関羽の殺気が一段と強まる。
「否、我らは信長殿の夫人を護衛中に、戦に巻き込まれまいと、待機偵察していたところを、そちらの周倉に発見され襲撃されたのだ」
秀満は関羽に気圧されないように気合いを入れて返答した。
「ほう、信長夫人もこの辺りにいるのか」
「いかにも。濃様は我らに関羽殿との戦いを禁じられ、道を譲るよう他所へと陣を移している」
「信長夫人は利政の娘であったな。よかろう、ここは利政の顔に免じて見逃してやろう。早々に立ち去れい。だが次はないぞ」
義理堅い関羽らしい言葉であった。
だがこの時の秀満は、関羽の言葉を鵜呑みにせず、警戒心を解かないでいた。
関羽はその姿を見ると、ふん、と鼻で笑い、出発の合図をだした。
これにより秀満の緊張感は解け、一気に全身の力が抜け落ち、へなへなと座り込んだ。
すると、
「弥平次とやら、周倉を打ち負かしたことは褒めてやろう。それに免じて、送り届けてやる。場所を教えよ」
先程とは打って変わった笑顔で秀満に叫びかける。
関羽は馬を駆り、秀満の下まで寄ると、馬を降り、秀満を軽く担ぎ上げて、自分の馬の背に乗せた。
秀満はすでに抵抗する力もなく、濃のいる陣の方向を指さした。関羽らはその方角へと軽快に馬を走らせていった。
だが間の悪いことに、その光景を見ていた秀満の部下が本陣へと報告に向かう。
何を話していたかその内容までは全く聞こえず、この男には秀満が連れ去られたようにしか見えない。
すわ一大事と急ぎ小山の斜面を下り、川を渡り、とにかく急いだ。
細かな本陣の場所を知っているため、関羽らよりも先に、この男が到着した。
慌てて到着したため、陣内も騒然とし、濃と可成も駆けつけてくる。
陣の兵らはすぐに水を持ち寄り、帰ってきた物見に手渡す。
男はその水を一気に飲み干し、
「三宅様が関羽軍に連れ去られました」
と、報告をする。
それにより陣内はさらにざわめき立ち、すぐに奪回しようと、皆が意気込む。
怒りに沸く兵らを留める術はなく、可成が小隊を率いて、関羽隊の進路となる道にて待ち構えた。
それからさほど時間を置かず、関羽一行が眼前に迫ってくる。
関羽もそれに気づき、御車を停め、秀満を下ろし部下に預けると、単騎で可成の部隊へと近づいてきた。
「見覚えのある者よ。我を討ちに参ったか?」
巨大な偃月刀の先端を可成に向け、鷹が獲物を狙うような鋭い目で睨み、問いかける。
「否。我らは織田信長が麾下。そちらの三宅弥平次は我らが同朋。お返し願う」
関羽の迫力に一切物怖じせず、むしろ気迫を押し返すように可成が答えた。
それを見た関羽は可成に興味を抱き、にやりと口元を歪め、
「返さぬ、と答えたら?」
と、突っ返す。
「ならば、問答無用じゃ」
可成は口よりも先に手が動いていた。関羽との距離を縮め、槍をしごく。
関羽もそれに応じ、偃月刀で槍を払う。
可成は怯むことなく手数を多く出した。下邳でも戦っているため、力では劣ることは百も承知である。