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第10話

「全く、先ほどまで歩くこともままならぬほどであったというのに。本当に血の気の多い」


 関羽は二人を苦笑しつつ眺めた。


「止めなくても良いのですかな?」


 その横で、関羽と同じように苦笑いしながら可成が問う。


 二人はそうとは露知らず、組み合い、時に殴り合いと続けていた。


 そのうち体格差に劣る秀満が力負けして、地面に叩きつけられた。そこに周倉が馬乗りになろうとしている。


 だが秀満は不意に覆い被さってくる周倉の急所を蹴り上げ、悶絶している間に逃れた。


「どれ」


 関羽は着ている衣服の上半身を脱ぎ捨て、肩を回す仕草をすると、群集を掻き分け二人の間に入っていった。


「関羽様!」

「……!」


 互いに驚き動きが止まる。



 関羽は秀満に歩み寄ると、子供を持ち上げるかのように軽々と秀満を持ち上げ、放り投げた。


 続け様に周倉へと歩を進めると、臣下の礼を取っている周倉の脇を掴み、立ち上がらせると、掴んだ脇を支点にし、一気に投げ飛ばした。


 先に投げられた秀満はなんとか受け身を取り、


「何をするか!」


と、地べたに大の字になりながら怒鳴った。


 関羽はそれを聞き流し、周倉を叱りつけた。


「周倉、何をしておるか。先の戦い、しばらく眺めておったが、おぬしの完敗であるぞ。それを悔しいと思うのであれば、まず水練を鍛え、それから再び水中戦を挑むが儂の求める武の道ぞ」


 関羽の天をも割らんばかりの怒声が、しんとした陣に響く。


 これには可成も秀満も、それどころかそこにいる全ての人間が呆然となった。


 叱られた周倉は、体を起こすと関羽に土下座し、


「私ごときを導く言葉、感謝に絶えません。水練を徹底的に鍛えあげ、次こそは三宅殿に勝利いたします」


 溢れんばかりの涙を瞳に溜めながら関羽に誓った。


 関羽は満足そうに頷くと、今度は秀満を助け起こし、埃を払うと、


「私の部下が軽率なことをした。すまなかった」


と、秀満に対し頭を下げた。


「頭を上げてくだされ。こちらこそ、血気に逸り、失礼を致した」


 関羽ほどの名将が、全く無名の男に頭を下げたことに秀満は恐縮し、自身の非礼を詫びた。


 すると、すかさず周倉が歩み寄ってきて、右手を秀満に差し出した。


 秀満はためらいなく、その手を握った。


「申し訳なかった」


 周倉は握手したまま頭を下げた。


「だが、次は負けぬぞ。水中戦で貴殿を破ってみせる」


「望むところ」


 秀満は周倉の思いに答え、握手している手に力を込めて握りしめた。


 ようやく、ひと段落したのを見届け、関平は関羽の隣に立ち、


「父上、そろそろ追っ手が来てもおかしくないですぞ」


と、催促をした。


 物見からはなんの報告もないが、この地はまだ曹操の領地である。


 いつ現れてもおかしくない上に、もし今追っ手が来たら濃たちも巻き込んでしまう。


 関羽は追っ手よりもそちらを心配し、


「うむ。そろそろ荊州へ向かうとしよう。用意にかかれ」


 関羽の合図に部下たちが行動を始める。その様子を見て、秀満が関羽に話しかけた


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