「発たれますか?」
「うむ。追っ手のことや、旅慣れぬ奥方様の心配もあるゆえ」
「そうですか。道中お気をつけてくだされ」
「気遣い感謝いたす。貴君らも達者でな」
「次に会うとしたら敵やもしれませぬな」
「ふっ、次は容赦できぬぞ」
「それはこちらも同じこと。では戦場にて再会いたしましょう」
秀満は関羽との別れを惜しんでいた。関羽の義侠心に触れ、強く惹かれていたのだ。
関羽の部下にならない限りは友好的に話す機会はもう訪れないであろう。
濃の護衛と信長への謁見を控えている秀満にその選択はできない。
それに、本来の任務は曹操・信長連合軍の内偵であり、義父光秀からの命を蔑ろにもできない。
兵士の叫び声が感慨にふけっている秀満を現実に戻した。
「北方より砂塵確認」
「来たか!関羽殿お急ぎを。濃様、追っ手の軍勢を足留めし時間稼ぎすべく、我らも陣払いを」
秀満が濃に進言した。
「そうですね、すぐ陣払いの用意を。それから曹操の軍勢には敵意を見せぬよう」
秀満の意図を察して、濃が的確な指示を出す。
「大将は誰かわかりますか?」
続けて物見に問いかける。
「旗に夏の字、と」
「おそらく夏侯惇であろう。あの片目は、儂を親の仇のように嫌っておるからな」
物見の報告を聞いた関羽が苦笑を浮かべながら呟く。
「濃様、夏侯惇ならば面識がありますな。儂が先に赴き、ちと行軍を止めて参りましょう」
「良いでしょう。可成殿、頼みましたぞ」
この時代で、最初に戦った時以来である。
信長の銃撃により負傷したため、友好的ではないだろうが、同盟軍の、それも総大将の夫人率いる軍を無碍には扱うことはあるまい。
可成が進発すると同時に、関平から準備が整ったと関羽に報告があった。
関羽は関平と周倉に御車を護衛を命じ先行させると、自身は赤茶色の馬に跨り、
「では、さらば」
と、馬上で一礼し、御車を追いかけていった。
濃と秀満はそれを見送ると、すぐに可成の後を追った。それほど心配はしていないが、可成も剛毅な性格である。
向こうに侮蔑されて、くどく挑発されてはおとなしくしているとは考えにくい。そんな事態も想定できるため、濃に無理を言い急がせた。
「こちらの大将は夏侯惇殿とお見受けいたす。我は織田信長軍、森可成」
突如無防備に近づいてきた、数十人の部隊に、夏侯惇軍は行軍を停め、迎撃態勢に移っていた。
可成はさらに無防備に眼前まで近づき、大音声で叫ぶと、右目に眼帯をつけた重装備の男が陣前へと出てきた。
「信長軍だと。何用か。我らは軍事行動の最中、くだらぬ用ならば切り捨てるぞ」
相当嫌われているのか、のっけから夏侯惇の機嫌は悪く、低音で凄みのある声で威嚇気味に言葉を返した。
「ご挨拶ですなぁ。作戦を中断をさせ申し訳ない。こちらも我らが殿の奥方様の護衛任務中でしてな」
可成は口角を上げたが、目はつり上がり、無理に笑い顔を作っているのがはっきりとみてとれた。