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第13話

 張遼の丁寧な挨拶に、濃も御車を降り、礼儀を正し応えた。


「しかし張遼殿。こちらの軍の大将は夏侯惇殿と聞いておりましたが?」


 濃は周囲を見渡すが、独眼の将は見当たらない。


 一人離脱した者がいたのは確認していたが、まさか夏侯惇本人とは思わなかった。


「いかにも。ですが夏侯惇殿は所用により、不在でして」


「まさか、関羽殿を追っていったのでは?」


「ご存知でしたか。私は曹操様に命じられて夏侯惇を止める任を請け負っているのですが……」


「ならば、張遼殿の任を全うしてくだされ。私共のことは気になさらず」


「ですが……」


 気にしなくても良いとは言われても、そうもいかない。


 しかし、夏侯惇を止めなければ、関羽か夏侯惇もしくはその両方の天下の名将を失うことになりかねない。


 困り果てている張遼を見て、濃が提案した。


「張遼殿に頼みたいことがございます。こちらの部隊の数名に案内をお願いしたいのです。それならば張遼の懸念している不義にはあたりますまい」


 張遼はその案をありがたく受け入れることにした。


 許都までの道中のことを夏侯惇隊の副将に委ね、濃に詫びると、漆黒の愛馬に跨り、夏侯惇を追いかけた。


 張遼を見送ると、夏侯惇隊に誘導され、許都への旅路を進む。


「夏侯惇殿はともかく、張遼殿まで足留めすることになったのはちと失敗でしたな」


 密やかに秀満が囁いた。


「ええ。しかし、こうして夏侯惇殿から兵力を奪えたのは怪我の功名でした。あとは関羽殿の武運に委ねましょう」


 濃はにこりと微笑み、関羽らの無事を祈った。





 関羽らはなるべく劉備夫人の乗った馬車を急がせ、荊州目指しひた走っていた。


 関羽は馬車から離れた後方に位置取り追っ手に備えている。


 先ほどの関平の慌てた素振りから、早い段階で追いつかれるかと想定していたのだが、一向に追っ手が現れる気配がない。


 襲われないことに越したことはないのだが、些か物足りなくも感じていた。そんなこんなで先行していた馬車が、ついに国境に差し掛かろうとしていた。


 だが、突如馬車の馬が嘶き、急停止した。


 関羽が馬を急がせ馬車へと向かうと、関平と夏侯惇が対峙している。


「夏侯惇か、何をしに参った?」


「何を、だと。俺の部下をあれだけ斬り捨てておいて、よくそんな事が言える」


 夏侯惇からほとばしる殺気が馬車や関平の馬を威圧していて、落ち着きがなく動き回っている。


「部下の仇討ちか」


「いかにも」


「よかろう。だが儂以外の者は通させてもらうぞ」


「雑魚や夫人に用はない」


「関平、周倉。聞いての通りだ。先に行けぃ」


 関平は馬車の馬をなんとかなだめ、御者とともに夏侯惇の脇を通り抜けた。


 手出しはしないと思ってはいるが、念のために強烈な殺気を関羽は夏侯惇にぶつけていた。


 馬車の後方、周倉が夏侯惇を通り抜けると、夏侯惇が髪を逆立てて、関羽に槍を振るった。


 関羽はその槍を偃月刀で受けたが、その衝撃は関羽を馬から弾き落とした。


「ふん。怒りで普段よりも攻撃に切れがあるな」


 関羽がすかさず立ち上がり呟いた。

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