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第14話

 そのままゆっくりと夏侯惇に近づいていくと、偃月刀を振りかぶり、馬上の夏侯惇目掛けて思い切り薙いだ。


 偃月刀は、風をもなぎ倒すかのようなうなりをあげ、夏侯惇に迫る。


 夏侯惇はその風圧に耐え、なんとか防御の姿勢をとったが、その次の偃月刀本体の攻撃は、受け止めた槍から指を伝い、さらに両手両腕と、その全てを粉砕するような強烈な衝撃であった。


 夏侯惇は、これはいかん、と槍を手放したが、その勢いは止まらず、今度は夏侯惇が馬上から吹き飛ばされた。


 うまく受け身を取り、転がり起きると、腰の剣を抜く。


「虚勢を張るな。おぬしの腕は痺れて剣を持つのがやっとであろう」


 事実夏侯惇は剣を握っている感触さえあやふやなほどに痺れていて、とても戦えそうにはない。


「ふん。あれしきの攻撃では指一本も痺れんわ」


 だが、当然そんな弱みは見せない。


 幸い足にダメージはない。関羽の攻撃を避けるならばなんとかなる。それで少し時を稼げれば痺れは取れ、反撃に転じることができよう。


 しかし、関羽は自身の攻撃の手応えを感じ確信していた。


 偃月刀を力任せに大振りせず、技で攻める。


 夏侯惇はその体格にあわぬ素早い動作で巧みにかわす。


 だが、関羽と打ち合うどころか、偃月刀を受け止めもしないことから、関羽はその確信をもっと深めた。


 今度は夏侯惇の持つ剣に照準を合わせて偃月刀を振るう。


「ちっ」


 夏侯惇が舌打ちをしながら、その攻撃も紙一重でなんとかかわす。


 こんなことに気づかないほど甘い相手ではないと自戒する。


 やはり思うように武器を扱えないのか、とうとう関羽の偃月刀が夏侯惇の剣先を捉え始めた。


わずかにぶつかるだけでも落としてしまいそうなほどに、腕に痺れが残っている。


 続け様に関羽の速い攻撃が襲ってくる。


 夏侯惇は抗いきれずに、数度打ち合うが、遂に剣を手放してしまった。


「勝負ありだな」


 関羽の冷徹な瞳が夏侯惇を見下ろす。そして睨みつけたまま、偃月刀を天高くかざした。


 その刃が夏侯惇に振り下ろされるかという刹那、新たな殺気が関羽を貫いた。


「関羽殿!」


 ようやく追いついた張遼が怒声で呼び止める。


「ぬっ、張遼か」


「いかにも。曹操様の命にて馳せ参じた。両名とも武器を下げ、退かれよ」


 そのままの勢いで曹操からの伝言を捲くし立てる。


「曹操様は関羽殿に関所の通行証を渡し忘れたために、強引に関を突破せざるを得なかったことに心を痛めておられる。全ては私の不徳ゆえ、守将らを斬り、関を抜けたこと不問に処す。玄徳殿の下へ急ぐがよい、と仰せだ」


「うむ。そういったことならば武器を納めよう。曹操殿に申し訳なかった、とお伝え願う」


 関羽はこの言葉に冷静さを取り戻し、偃月刀を下げた。


 しかし、夏侯惇は逆に激昂する。


「不問だと!馬鹿な。こやつのしでかしたことは重罪ではないか。どこまで甘いのだ孟徳は!孟徳が出来ないのならば代わりに俺が関羽を裁く」


 夏侯惇は剣を拾い上げ、立ち上がると、剣先を関羽に向けた。

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