秀満は困った、という表情を浮かべた。
「私の知っていることで良いのならば」
「無論だ。とはいえ、ここで立ち話もあるまい。蘭、皆を儂の室に集めよ」
信長は蘭丸に信長麾下の全ての将を召集するよう命じると、濃を伴い、宮殿へと姿を消した。
「ふぅ」
信長を見送ると秀満は深いため息をつき、額の汗を拭った。
よほどの緊張だったのだろう、無意識に左手で胃の辺りをさすっていた。
「ふん、なんとか生き長らえたな」
そんな状態の秀満を蘭丸が見下す。秀満はそれを相手にするのも面倒で、視線すら返さない。
「ほら、早く皆を呼んで参れ」
不穏な空気を晴らすように可成が蘭丸を促す。蘭丸も父には逆らえず、舌打ちをしながらその場を立ち去った。
「すまんな」
「いえ、恨まれて当然ですから」
「自身を殺した相手が目の前にいるとなれば致し方ないことなのかのう。儂はおぬしに恨みはない、だが話だけはしっかり聞かせてもらうぞ。さあ手を貸そう。信長様の下へ参ろう」
それほど時を置かず、信長の部屋に皆が集まった。
(信忠様に竹中殿、村井殿、弥助、それにあの老人は?しかし陣容が薄い)
秀満が辺りを見回し、麾下の武将たちを確認する。
その限りでは個々の能力は申し分なく、一軍団として成り立てど、国としてみると明らかに人材が不足している。
「どうだ、知った顔ばかりであろう?」
「はっ。まさか竹中殿までいるとは思いもしませんでした。してあちらの翁は?」
「濃の実父、儂の舅だ」
「ま、まさか道三公?」
秀満は目を見開き驚いた。
その顔を向けられた道三は、
「いかにも」
と、くしゃくしゃの笑顔で答えた。
「さて秀満よ。儂の死後から教えよ」
信長は初めて南蛮渡来の地球儀や時計などを見た時のような興奮を隠せずにいた。
端からみても無邪気な子供のようである。
そんな信長を焦らすかのようにゆっくり落ち着いた口調で秀満が語り始めた。
「本能寺、二条城襲撃後、光秀様は京を、私は近江を抑えるために安土城に向かいました」
ーー天正十年、六月二日正午ーー
激しい炎とともに燃え上がった本能寺は、信長はおろか配下の将兵一人も残らぬほど焼け焦げ、未だ鎮火していなかった。
光秀はその瓦礫の中にあるはずの信長の遺体を求め、部下を督励して探させていた。
だが油を投じたかのような勢いで燃えていたため、見つかる遺体は全て黒こげな状態で、首実検しようにも、誰が誰だか全く判別できないほどである。
光秀は焦った。
信長の遺体という、謀叛成功の、信長の死の、確たる証拠がなければ信長に不満や恐怖を感じていた者たちを説得することは難しくなり、京にて孤立してしまう。
光秀は次第に苛立ちが募り、近くの兵らを罵倒した。
「殿、信長公の遺体捜索は私が請負いましょう。殿は京を抑え、周辺のお味方が期待できる武将たちを引き入れなければ……」
「わかっておるわ」
利三の提言を遮り、しかも八つ当たりするように怒鳴りつける。
「……すまぬ」
光秀はすぐに我に返り、すかさず詫びた