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第21話

 秀満はそんな将兵を優しく見つめると、天守へ登っていった。


 天守では光秀、秀満の妻や子供ら、親族の娘らが集まっていた。


 さすがに戦国乱世の女性たちである。正装し、正座して現城主の秀満を待っていた。


 不利な状況でも慌てず取り乱さず、凛としていた。


 秀満の姿を確認すると、皆一斉に両手を付き頭を下げる。秀満が座すると、女性たちを取り仕切る光秀の妻、妻木煕子つまきひろこの家の者が頭を上げ、決意のこもった眼差しを秀満に向けた。


 そのつぼねらからの強い意志を感じ、一瞬言葉が詰まる。


「これ以上の抵抗は無駄ゆえ、城兵や皆の命と引き換えに自刃いたすこととした」


 女たちのすすり泣きが心をぎゅっと締めつける。


「心配いたすな。皆の命は久太郎くたろう殿が保証しておるし、その上には筑前殿がおる。筑前殿ならば信長公のように降伏した者を無惨に処刑することもあるまい」


「否。私共も殿とご一緒にさせていただきまする」


「しかし……」


「確かに筑前殿ならば私共を庇ってくれましょう。しかし世間はいかがでしょう。私共は謀叛人の妻だ子だ縁者だと蔑まされて生きてゆかねばなりませぬ」


 局の言う通りであろうことは秀満も感じていた。


 それに秀吉が例え庇ったとしても、信長の遺児信孝のぶたか信雄のぶかつ、重臣筆頭の柴田勝家や丹羽長秀などが許すとは考えにくい。


そしてこの者らの決意を翻すのも難しい。


「わかりました。これも我らの不徳の致す所。あの世にていかなる叱責もお受け致しましょう」


「いえ。秀満殿も光秀様も一所懸命であった結果。皆認めておりますよ」


 局の悲壮な顔が崩れ、慈悲深い笑みが秀満を包んだ。秀満は涙がこぼれそうなのを必死で耐えた。


「では家宝引き渡し後に。それまでにこの城を出たい者は荷をまとめておくがよい」


 秀満はそう言うと、自分の部屋へ向かい濡れた布で体を拭き身を清め、髷を結い直し、白装束を甲冑の下に着て、最後を迎える用意をした。


 再び天守に戻り、兵らが財宝を運ぶ様子を見守る。


 やがて光秀の子や親族、秀満の妻や子も城を出ていく。秀満は血縁の者がいずれ明智家の汚名を返上してくれることを期待し、それを見守り武運を祈った。


 日も傾き始め、運び出しや退城がようやく終わりを迎える。


 秀満は甲冑を脱ぎ捨て、白装束だけになると刀を手に取り、残った女たちの下へと歩み寄った。


 女性陣は皆姿勢を正し、目を閉じると微動だにもしない。


「すぐ後を追いますぞ」


 局らは秀満の言葉を聞き終えると頭を前方に傾け、漆黒の長い髪を寄せた。


 その白い首筋に銀色に輝く刃が振り下ろされる。さらにその刃は城に残っていた光秀の子らを突き刺した。


 続いて、局に殉ずる道を選んだ侍女らを斬り伏せると、天守に油を撒いた。


「光秀様、信長公を殺したは天意に背くことでありましたな……」


 穏やかな微笑みで琵琶湖のほぼ対岸上に見える安土に一礼すると、今度は反対側に歩き、


「堀殿、件の通りよろしくお頼み申す」


と、堀秀政に向かって叫んだ。


 秀政は返答はせず、ただ大きく頷くのみであった。


 秀満は天守奥に下がり、畳敷きの上に座し、近くの灯籠を倒す。


 灯籠から流れ出た油が導火線となり、振り撒いた油へと繋がる。


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