わずかにこぼれ出た炎が導火線の油をものすごい速さで進む。
やがてその炎は油溜まりに突入し、一気に天井まで燃え広がった。
秀満は静かに膝をつくと、白装束の懐をはだけた。
「光秀様、義母上、みんな、そして……信長公。今参ります」
赤く揺らめく空間の中から天を見つめ呟いた。そして言い終えると同時に、左脇腹に小刀を突き立てる。
一瞬、鈍い痛みを感じたが、それ以降は痛みはおろか熱さすら感じない。そのまま小刀を右へと引き腹部を完全に切り開く。
痛みは感じないが、体中の力が一気に抜け落ちるような感覚が襲ってくる。
秀満は最後の力を振り絞って、小刀を頸動脈に当て、勢いよく引いた。
流れ出した血があっという間に蒸発していく。力なく崩れ落ちるのを待っていたかのように、荒れ狂う炎が秀満の全身を包み込んでいった。
秀満は薄れ行く意識の中で、憧れていたころの信長のことを思い出していた。
気高く、厳しさの中にも優しさを垣間見せる信長を。
信長一同は固唾を飲んで秀満の語る信長死後のことを聞いていた。
中でも信長は少年のように目を輝かせて、続きが待ち遠しそうであった。
秀満がほぅとひと息ついて話終わると、すかさず信長が口を開く。
「ふむ、
それが最初の感想であった。
禿鼠とは羽柴秀吉のことである。猿とも呼ばれていたが、どうやら信長の気分が良い時は禿鼠と呼ぶことが多いようである。
そして信長は秀吉の軍事行動の速さに驚いた。
「半兵衛」
秀吉軍の機密を知るにはこの男に尋ねるが手っ取り早い。
「秀吉殿は最後は信長様に出張ってもらうつもりであったらしく、まだ年若い
さすがに秀吉麾下の両兵衛と呼ばれた男である。わずかな情報から読み取ったとは思えないほど正確に状況判断していた。
「うむ、毛利には何とかいう坊主がおったな」
「
「そやつが外交全般を握っておるのならば、人たらしの禿鼠のことだ、うまく丸めこんだのであろう」
信長と半兵衛の会話をよそに、正反対の態度を取っている二人がいる。
信忠と蘭丸だ。
蘭丸は今にも飛びかかろうかという形相で秀満を睨みつけ、一方信忠は逆に冷静に目を閉じて会話を聞き入っていた。
激高しやすい信忠がやけにおとなしいのが気にかかる。
「ところで左馬助、おぬしの話だとやはり日向は死んでおろう?もう一度問う、日向もこの世におるのではないか?」
「わかりませぬ。それよりも、なぜそれほど気にかけるのです?」
信長は先ほど会った時から光秀の事を気にかけている。
「知らぬならばよい。して左馬助よ、儂に仕官を求めていたのだったな」
「はっ」
「おぬしほどの戦上手、断る理由もあるまい」
信長は強引に光秀の話題を終わらせ、秀満の仕官を認めた。
「皆も異存はないな?」