信長が見回す。信忠と蘭丸以外は皆こくりと頷く。
「信長様はなぜ許せるのです」
蘭丸は信長と目が合うと詰問するように厳しい口調で尋ねた。
「蘭、我らは一度滅した身ぞ。与えられたこの生を楽しまずしてなんとする」
「ですが……」
「先の生の恨みごとなど忘れてしまえ」
信長は怒りを現している蘭丸を見て楽しむかのように、笑って答えた。
それでも反論しようとする蘭丸を手で制し、
「蘭よ、おぬしもそろそろ独り立ちせねばならぬ。良い機会だ、秀満の与力をせよ」
「なっ…!」
「反論は許さぬ。嫌ならば我が下を立ち去るが良い。儂が与える役目の意味をしかと考えよ」
信長の目は本気であった。拒否すれば信長から本当に追放されることになるであろう。
蘭は熱くなった頭を冷ますために、一度、場を辞した。
「さて、信忠。ずっと目を閉じて考えこんでいるが、おぬしの意見を聞かせよ」
蘭丸が去るのを待ち、信忠へと視線を移す。
信忠が静かに目を開い。
「私は秀満を、父上ほど寛容に許し、また信用するまでには至りませぬ」
「ほぅ。では仕官には反対か?」
信長は、何を言うつもりか、と試すような眼差しを送る。
だが問答はここで一旦途切れることとなった。蘭丸が慌てて駆け込んできたのだ。
「騒がしいぞ、蘭」
信長が強くたしなめる。
「曹操殿がお見えになりました」
蘭丸は信長に叱られたことなどまったく気にせず、曹操の来訪を告げた。
「曹操が?」
今まで呼ばれて会談することはあっても、曹操自身から足を運ぶことはなかったのである。
堂々と曹操が入室し、張遼と郭嘉が続く。
「揃っているようだな。信長、君に頼みたいことがあって参った」
「何かな?」
「うむ。まずこれを読んでくれ」
曹操が一枚の書を信長に手渡す。
信長はそれを黙読した。
「ふん、袁紹の小倅共が……愚かな」
「だが、こちらには都合が良い」
曹操の表情にはうっすらと冷たい笑みが浮かんでいた。
「そこでだ。ここで奴らを一網打尽にし、河北を制圧しようと思うのだが……」
曹操は幾分含みを持たせた言い方をし、言葉を中断した。
「ふん、我らにも北伐軍を出せと?これでは同盟軍とは名ばかりの使い捨ての駒であるな」
信長が毒気含みの言葉を返す。双方ともに顔は笑っているが、見えない火花が飛び散っているようにも思える。
「父上」
二人の間を割るように信忠が声をあげた。
「私にその任を。父上は汝南をお治めくだされ」
信忠が信長の代理として北伐軍に加わると言う。信忠はさらに言葉を続けた。
「副将として秀満をお貸しくだされ。秀満はまだ得体が知れませぬ。信用に値するか我が目で見極めとうございます」
信長は信忠の勇壮で頼もしい言葉を喜び聞き入れた。
「よかろう。秀満、異存はあるか?」
「いえ。異存ございませぬ」
信長は当の秀満に確認を取ると、
「曹操よ、そういうことだが?」
と、問う。
「頼もしい跡取りよ。ならば我が子、曹丕も出陣させねばならぬな」