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第26話

 馬超には父がなぜそれほどまで漢にこだわるのかが理解しがたかった。


 今は群雄割拠の時代で、漢など存在意義など全くないといっても過言ではない。


 中央から外れた辺境にいるからその思いは尚更強い。


「何を言う。漢あってこその馬家であるぞ」


 馬騰は声が大きいとたしなめるように小声で叱った。


「では曹操の要請に応えますか?」


「うむ。そうしなければ、袁家討伐の後はこちらに兵を向けられる」


 馬騰は苦渋の末に曹操に援軍を派遣することを決断した。


「曹操か。面白い。父上、その援軍私が向かいましょう」


 馬騰は再び考えこんだ。


 馬超の勇名は漢北西部はおろか、異民族のきょう族にまで鳴り響いているくらいなので申し分はない。


 ただ血気に逸るところと、そのための思慮の浅さが気にかかる。


「そうよなぁ……ならば龐徳ほうとくを副将として連れて行け。行く先では些細なことも龐徳と相談してから行動せよ」


 馬騰は馬超を援軍派遣する際の不安を解消するために、龐徳という武将を供にすることを条件提示した。


 龐徳も西涼界隈では有名な武将である。


 戦場に立てば鬼神の如き働きぶりで、騎馬隊の指揮能力にも長けている。


 寡黙なのが玉に瑕だが、状況判断は冷静でよく周りを見ている。


 そんな武将が補佐に付くのだから、馬超としてもなんら不満はない。


 馬超が応諾すると、馬騰はすぐに龐徳に使いを出し、呼び出した。


 龐徳が間もなく姿を現すと、馬騰は立ち上がり、


「龐徳、待っていたぞ。そなたを馬超の副将に任じ、共に郭援討伐へ向かうことを命じる」


「はっ」


「それから、今よりそなたの主を馬超とする。よくこれを助け、支えよ」


 龐徳は短く返事を返すと馬超に臣下の礼をとった。


「では、馬超に二万の兵を授ける。長安の鍾繇しょうよう殿と共に郭援の首を穫って参れ」



 馬超は身支度を整えるため、急いで自分の室へと戻った。久しぶりの平原での戦に心も踊る。


 室へ戻ると夫人に銀の甲冑を用意させ、家宝のように大事に扱っている長槍を手にした。


「馬超殿……出陣ですかな」


 声の主は寝具に身を伏せっていた。


 体中に治療を施した痕があり、見るだけでも痛々しい。


「おう、起こしてしまったか。すまぬ」


「いや、今日は体の痛みもなく、意識もしっかりしていますゆえ」


「そうか。だがまだ傷は深い。しばらく私は帰ってこぬが、しっかり養生するがよい。留守中はそこにいる馬岱ばたいに用を申せ」


 まだあどけなさを残す馬岱がひょこりと頭を下げる。


「心遣い傷み入る。我が身が満足ならば馬超殿のお役に立てるものを……」


 この伏せっている男は瀕死で倒れている所を馬超に拾われ、一命を取り留めていた。


 義理堅い性格なのか馬超の役に立てないことを心底申し訳なく思っているようであった。


「気に致すな。怪我が癒えたら存分に働いてもらおう」


 馬超は上機嫌でこの男の言葉を笑い飛ばした。


「では行って参る」


 馬超はそう言い残すと室を後にし、大軍を率いて長安へと向かっていった。





 曹操の本隊は行に向け行軍していた。


 道中、袁尚が袁譚を攻撃し袁譚側が劣勢である、と報告が入ったため、曹操は急遽鄴ぎょうへと進路を変更することにした。


 曹操は信忠に使いを出し、袁尚の本拠地鄴を包囲することを伝え、信忠軍には南皮へ向かえないかと打診してきた。


 信忠はこれを了承し、曹操本軍から離れ、南皮を目指し軍を進めていく。



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