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第10話

 だが、そこへ高幹軍が押し寄せてきたと知らせが入る。


 すわ援軍かと思いきや、弓を射、城壁を登ってくる様に、城内の兵は気力を失い、反抗する者は極わずかという有り様であった。


 かくなる上はと、守就は姿を現し、兵を励まし、自身も刀を振るい攻め寄せる敵兵を押し返す。


「あの老人が守将か?」


 道三が見上げる先で守就が獅子奮迅の働きをしていた。


「はい。守就と申す者で、私の友の仇です」


「ふむ。もりなり……」


 道三は古い記憶の細い糸を辿る。


 その名は確かに記憶の中にあった。そして城壁を見上げてまじまじと眺める。


「安藤守就か!」


 道三の知る守就からははるかに歳を取っていたが、その顔つきや素振りはまさしく斎藤家家臣の時の彼であった。


 道三の声は壁上の守就にも届いていた。


 我が名を呼ぶは誰ぞ、と眼下を覗き見ると、そこには在りし日の旧主斎藤道三がいた。


「と、殿!?」


「やはりか。まさかこんな所でおぬしに会えるとはのう」


 道三の話し方は決して再会を懐かしむものではなかった。


 守就は、道三と道三の息子である義龍よしたつが争った長良川ながらがわの戦いで義龍方に与していたのである。


 この戦いで道三は敗れ討死にしていた。


 良い感情を抱いているとはとても思えず、まさに絶体絶命である。


 迫る高幹、賈逵も道三同様守就に恨みを抱き、その背後の信長軍には信長本人がいるかも知れない。


 守就はこの窮地に知恵を振り絞った。このままではどの道落城は免れない。


「殿!私はそこにいる高幹と賈逵に謀られた。信長軍に敵対する意志などござらん!」


 守就の叫びは道三の横にいる賈逵にも聞こえていた。


「あなた方は主従であったのか?」


「過去の……大昔の話よ」


 賈逵の訝しむような視線をかわし、守就に呼びかけた。


「おぬしの自業自得であろう。もはや勝ち目はない。つまらぬ意地は捨て、降伏するがよいぞ」


 この言葉に守就はしめた、と思った。


「殿に、信長軍に降りまする。武器を捨てるゆえ攻撃を止めていただきたい」


 この宣言に道三はやられた、と渋い顔を見せた。


「我が友を殺しておいて何を言うか!貴様の首取らねば、友の無念は果たせぬ」


 賈逵は激高してあくまでも守就の首を所望する。だが道三はそれを手で制し、全軍に攻撃中止の指示をだした。


「なぜ止める?旧交の情か?」


 賈逵の怒りは収まらない。


「賈逵殿、奴は我らに降ると言うておる。無念はわかるが降伏の有無を決めるのは儂だ。そして奴の処遇を決めるのは我が軍の大将だ」


「くっ……」


 守就の作戦勝ちである。高幹や賈逵に降伏を訴えた所で許さるはずもなく、まだ信長軍に降る方が良いと判断したのであった。


 攻撃は止み、守就は武器を捨て開城した。


 守兵は数百人ほどで、いかに奮戦したかが窺える。


「縛り、連行せよ」


 道三は部下に命じ、高幹と賈逵、呼厨泉を伴い、信忠のいる本陣へ向かった。


 本陣では信忠らが合戦の様子を遠目に見守っていた。喚声がやみ、しばらくすると秀満らが戻り、信忠に報告をする。


 さらに半刻ほどで道三らが帰還した。


「戻りましたぞ」


 戦中の険しく暗い表情は道三から消え失せ、にこやかに、実の孫を見るような優しい面持ちであった。


 道三に続き、高幹と賈逵、呼厨泉の三人が信忠の前に跪く。


「州刺史の高幹、匈奴軍の呼厨泉、それに捕らえられていた賈逵じゃ」


 道三が信忠に説明をする。信忠は杜畿を呼び出す。


「この者らの処遇はを曹操殿へ問う使者は出しておいた。返答があるまでは君に面倒を見てもらおうと思う」

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