だが、そこへ高幹軍が押し寄せてきたと知らせが入る。
すわ援軍かと思いきや、弓を射、城壁を登ってくる様に、城内の兵は気力を失い、反抗する者は極わずかという有り様であった。
かくなる上はと、守就は姿を現し、兵を励まし、自身も刀を振るい攻め寄せる敵兵を押し返す。
「あの老人が守将か?」
道三が見上げる先で守就が獅子奮迅の働きをしていた。
「はい。守就と申す者で、私の友の仇です」
「ふむ。もりなり……」
道三は古い記憶の細い糸を辿る。
その名は確かに記憶の中にあった。そして城壁を見上げてまじまじと眺める。
「安藤守就か!」
道三の知る守就からははるかに歳を取っていたが、その顔つきや素振りはまさしく斎藤家家臣の時の彼であった。
道三の声は壁上の守就にも届いていた。
我が名を呼ぶは誰ぞ、と眼下を覗き見ると、そこには在りし日の旧主斎藤道三がいた。
「と、殿!?」
「やはりか。まさかこんな所でおぬしに会えるとはのう」
道三の話し方は決して再会を懐かしむものではなかった。
守就は、道三と道三の息子である
この戦いで道三は敗れ討死にしていた。
良い感情を抱いているとはとても思えず、まさに絶体絶命である。
迫る高幹、賈逵も道三同様守就に恨みを抱き、その背後の信長軍には信長本人がいるかも知れない。
守就はこの窮地に知恵を振り絞った。このままではどの道落城は免れない。
「殿!私はそこにいる高幹と賈逵に謀られた。信長軍に敵対する意志などござらん!」
守就の叫びは道三の横にいる賈逵にも聞こえていた。
「あなた方は主従であったのか?」
「過去の……大昔の話よ」
賈逵の訝しむような視線をかわし、守就に呼びかけた。
「おぬしの自業自得であろう。もはや勝ち目はない。つまらぬ意地は捨て、降伏するがよいぞ」
この言葉に守就はしめた、と思った。
「殿に、信長軍に降りまする。武器を捨てるゆえ攻撃を止めていただきたい」
この宣言に道三はやられた、と渋い顔を見せた。
「我が友を殺しておいて何を言うか!貴様の首取らねば、友の無念は果たせぬ」
賈逵は激高してあくまでも守就の首を所望する。だが道三はそれを手で制し、全軍に攻撃中止の指示をだした。
「なぜ止める?旧交の情か?」
賈逵の怒りは収まらない。
「賈逵殿、奴は我らに降ると言うておる。無念はわかるが降伏の有無を決めるのは儂だ。そして奴の処遇を決めるのは我が軍の大将だ」
「くっ……」
守就の作戦勝ちである。高幹や賈逵に降伏を訴えた所で許さるはずもなく、まだ信長軍に降る方が良いと判断したのであった。
攻撃は止み、守就は武器を捨て開城した。
守兵は数百人ほどで、いかに奮戦したかが窺える。
「縛り、連行せよ」
道三は部下に命じ、高幹と賈逵、呼厨泉を伴い、信忠のいる本陣へ向かった。
本陣では信忠らが合戦の様子を遠目に見守っていた。喚声がやみ、しばらくすると秀満らが戻り、信忠に報告をする。
さらに半刻ほどで道三らが帰還した。
「戻りましたぞ」
戦中の険しく暗い表情は道三から消え失せ、にこやかに、実の孫を見るような優しい面持ちであった。
道三に続き、高幹と賈逵、呼厨泉の三人が信忠の前に跪く。
「州刺史の高幹、匈奴軍の呼厨泉、それに捕らえられていた賈逵じゃ」
道三が信忠に説明をする。信忠は杜畿を呼び出す。
「この者らの処遇はを曹操殿へ問う使者は出しておいた。返答があるまでは君に面倒を見てもらおうと思う」