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第12話

「この辺りの名士は曹操様か袁家に仕えていますが」


 信長のはるか頭上から物静かな声が聞こえてくる。


 信長は見上げて、


「何も名士ばかりが人材ではあるまい。優れた人物ならば名士にこだわらず登用するつもりだ」


 満寵の細い目が精一杯に見開く。


「曹操様と似ているのは雰囲気だけではないのですな」


と、再び高所から声をかけた。


 信長は口元をにやりと歪めて、話を変えた。


「貞勝ばかりに探させるわけにもいかん。満寵、李通、この地の賊にめぼしい人材はおらんか?」


 信長は二人に問いかけつつも、李通に目をやった。


 統治や内政面では満寵に分があるが、賊のことに関しては常に身近で対応している李通が良いと判断してのことである。ただ、


「…………」


 案の定口を開かない。信長はまだ李通の声を聞いたことがなかった。


 心を開けば幾分かは話すらしいのだが、信長にはまだ開いていないようだ。


「おらぬか?」


「…………」


「くくく。おぬしも相当な頑固ものよな。一鉄いってつと良い勝負だわ」


 信長は答えない李通を叱るどころか、気分を害するでもなく、稲葉一鉄いなばいってつになぞらえて頑固と評した。


「まだまだ時間がかかりそうですな。私が代わりに。東の方に新興勢力が台頭しております。頭領は二人。どちらも戦は上手く、進むも退くも自在。一度戦場でまみえましたが、賊とは思えぬいで立ち。有能な者らかと」


 喋らない李通の代弁ではないが、満寵が代わりに話した。


「それは曹操に知らせなくて良いのか?」


 信長は試すような目つきで満寵を見る。


「曹操様に問われれば薦めます」


「そのはっきりとした物言いは好感が持てるな」


 信長に媚びない満寵の態度を褒めた。


「しかし、進むも退くも自在か。用兵の巧みな武将はいくらいても良い。満寵、その勢力の詳細を教えよ」


「兵力はおそらく二千ほど。賊の割りには田畑を襲わず、そういった賊や我ら官を相手に勢力を広げております。ですが基本的には守りを固くし、無理な戦はせず、負けると想定すればすかさず軍を返す。民は奴らを支援し、戦いにくいことこの上なし」


 満寵は李通と対照的によく喋る。だが無駄な情報はなく、的確に相手の状況を説明した。


「なるほどな。面白い、儂が直々に赴こう。李通、先陣を務めよ」


「…………はっ」


 李通は信長の前で初めて声を出した。李通の返事を聞いただけで信長は欣喜雀躍した。


「満寵、留守は頼むぞ。貞勝と力を併せよ。貞勝は内政の天才ぞ、おぬしも学ぶことがあろう」


と、気分良く満寵に告げる。


 さらに、


「半兵衛は弥助とともに軍を率い、東へ直進せよ。儂と李通は北から回り込む。張勲には留守を任せる」


と、戦術も示し、半兵衛を一軍の大将に任じた。


 そして弥助を手招きして近寄らせる。


「半兵衛の命令は絶対じゃ。儂の命令と思い従え」


 弥助は首を縦に振り、しばしの別れと信長の手の甲に軽く口づけた。


「では用意が出来次第出陣とする。とりかかれ」




 まっすぐ東へと進む半兵衛軍が賊軍と遭遇したのは、寂れた村を二つほど過ぎてからであった。


 村はいかにも貧しい農村といった風情で、度重なる賊の襲来により家は朽ち、畑も荒れ、なにより村民が食うに困りやせ細っていた。


 半兵衛はつぶさに様子を窺うが、村民からの話を聞くことができないでいた。


 いくつかの理由が思いあたったため、半兵衛も無理強いはしない。


「ふっ、弥助を見ると皆逃げていくな」


 半兵衛が微笑みながら弥助に声をかける。

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