「オニ……」
弥助はしょげ返り、ぼそっと呟いた。
背の高さもさることながら、やはり特徴的な肌が、見たこともない者からすれば異形に移る。
また弥助が信長から聞かされ教えられていた鬼は、皆等しく化け物の類であったため、自分がそれと比喩されたのも気落ちの原因であった。
「うむ。だがな、鬼とは人智の及ばぬ強い存在という意味もある。うなだれずに誇れ」
落ち込んでいる弥助を元気づけようと、半兵衛らしい言葉で励ました。
やがて「賊軍発見!」と、前方の兵が声をあげる。
「賊軍の配置や兵力は?」
「不明。前方に十数名のみ。逃げる素振りもなく、待ち構えています」
「おかしいな。我らの進軍を牽制するには数が少ない」
半兵衛は一呼吸置き、
「接触せよ」
と、指示を出した。
軍が進み賊との距離が縮まる。賊の輩は緊張感もなくへらへらと笑う。
そういった細かい所まで半兵衛に情報が集まり、半兵衛は罠を警戒したが慎重になりすぎるのも危ういと判断し、命令を下した。
「何を企んでいるのかわからんが、弥助、鬼の力見せて参れ」
弥助は勇ましく頷くと、新たに訓練を積んだ武器を手に取り向かった。
その姿を確認した賊徒は、それまでのにやけた顔が引きつった顔に変化していく。
「な、なんだあれは!?」
余裕を見せていたはずが、ただ一人の武将の出現に状況が一変した。
ゆっくりと、だが堂々と近づいてくる人かどうかもわからない存在に恐怖心を感じたのか、誰が声をかけるでもなく皆が剣を抜いた。
弥助もそれに呼応し、先端が鉤爪状の鉄甲を両腕に装着すると、獣のような咆哮をあげながら賊の方へと駆けていった。
その向かってくる姿、叫び声がよほど怖かったのだろう、戦うことをやめ武器を放り投げて一目散に逃げ出した。
弥助が追う。
賊徒が捲こうと森林に逃げ込む。
だがそれは弥助の思う壷であった。
歩き慣れた我が家の庭のような森林とはいえ、木や枝が邪魔をして平地よりは逃げ足が鈍る。
一方弥助は道を遮る枝や壁のようにそびえる木々を苦にせず、それどころか地形を味方につけてぐんぐん距離を詰めていく。
その長身からは考えられないほど俊敏で、まるで全方位に視界が広がっているようだ。
「このままでは……策は失敗だ、お頭に報告を!」
一人が振り返り、逃げ切れないと悟るや仲間を逃がそうと立ち止まり、護身用の小刀を取り出し身構えた。
弥助は迷った。
追い続けるべきか、目の前の敵を倒すべきか。
刹那に信長の顔が浮かぶ。敵が右手に持つ小刀を突いてくる。
弥助は咄嗟に左の突きを繰り出した。
賊の小刀が爪と爪の間にこすれて入り込み金切り音をあげる。
弥助は好機とばかりに、突き出した左手を捻り、小刀を巻き込んだ。賊は回転する柄の摩擦により、ついつい手を緩めてしまった。
小刀が弾かれ森林の中に姿を消し、その行方を追うかのように賊が視線を弥助から外す。
弥助はその隙を逃さなかった。
棍棒のような太いごつごつとした右足が鞭がしなる如く空に弧を描き、そのまま賊の後頭部を蹴りつけた。
賊は蹴られた勢いで前のめりに倒れ、ぴくりとも動かず気を失った。