目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第14話

 弥助は他を者らを追うのを止め、気を失っている賊の手足を手頃な蔦のような植物で縛ると、担ぎ上げて半兵衛の所へ帰還した。


 賊はまだ目覚めない。半兵衛は大量の水を賊に掛け、無理やり目を覚まさせた。


 賊が意識を取り戻すと、半兵衛は尋問を開始する。


「おぬしらの頭領の名と先の挑発的な態度のわけを教えてもらおうか」


 突如気を失い、拉致され、狼狽している賊は状況の把握に時間を要した。


 半兵衛はそれを急かすことなく気長に待った。


「お頭の名前はよくわからない。幹部は『のぶもり』と呼んでいたが。挑発的な態度については話すわけには行かない」


「のぶもりか。心当たりはなくはないが……」


 ぼそっと呟く。


「まあ、おぬしらのことだ、地理に乏しい我らを引きつけて有利な場所で戦おうという魂胆であろうが……」


 と見透かしたかのような目つきでさらに追及した。


 賊はその目を見返すことができずに逸らし、暗黙のうちに半兵衛に策を披露した形になった。


「所詮賊の出来ることはその程度であろうな」


 半兵衛は見下して言うと、賊の縄を解かせ解放した。


 解放された賊は後ろを何度も何度も振り返り、尾行されていないか確認しながら去っていった。


 だが、半兵衛はすでに斥候隊を潜ませ、本拠地を探るよう指示を出していた。


「さて、相手は佐久間信盛さくまのぶもり殿か」


 半兵衛が思いあたった武将は、信長の尾張おわり時代からの、それも家督相続する以前からの重臣であった。


 退き佐久間と称され、撤退戦の指揮の名人される人物である。敵大将が判明したことで半兵衛は気を抜いた。


 本当に佐久間信盛ならば、使者を送り信長が存命していることを伝えれば、喜び勇んで信長の傘下になろうと考えた。


 半兵衛は知らなかった。


 信長麾下の近畿方面軍団長であり、動員能力も与力も筆頭、まさに信長の副将と言えるほどのこの人物が、半兵衛亡き後に折檻状を叩きつけられ放逐同然に織田家を飛び出していたのを。


「殿、賊の拠点を発見しました」


 部下からの報告を受け、半兵衛は軍を動かすよう指示し、織田木瓜の旗を通常以上に掲げさせた。


「これを見れば佐久間殿から接触があるやも知れぬな」


 半兵衛は一人満足気な表情を浮かべていた。



 佐久間信盛は逃げ帰ってきた者共からの情報を吟味していた。


 官軍と思われる軍勢の総兵力は千程度、挑発には乗らず、相手を見下しもせず手堅い。


 また特筆すべきは追手の将である。黒鬼のようだ、と口を揃えて言う。


 信盛も過去に一人だけそういう人物を知っている。だがまさか、と自分の考えを打ち消した。


 とにかく手ごわそうな相手である。


 気を引き締め、並立するもう一手の頭領への援軍要請も思慮に入れていた。


 その頭領は賊の支配地域の北部を担当しているため、うまく官軍を引きつけられれば、横合いを突かせることも可能である。


「お頭、お頭!」


 信盛は部下に呼ばれ、我に帰った。


 考え事をすると、一人ぶつぶつと呟き、自分の世界に入り込むのが癖らしく、部下も慣れたもので声を掛ける頃合いを解っていた。


「すまんすまん。まずは直元なおもと殿に援軍を請おうかと思う。我らはそれまでは退き戦じゃな」


「逃げるんですかい?」


 賊は賊でしかない。信盛はため息まじりで作戦を説明した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?