江夏郡。江東からの荊州侵攻を防ぐ重要拠点である。
郡を治めるのは劉表麾下の
そのため、黄祖を討つのは孫家の悲願であり、これまでも数度に渡り侵攻していた。
そして今また、今度こそ悲願を達成すべく、周瑜自身が都督として軍を率いて攻め寄せた。だが黄祖は守りを固め、周瑜軍の猛攻をなんとか堪えているという状況である。
「
防戦に次ぐ防戦で黄祖の苛立ちは最高潮に達しようとしていて、部下であり都督に任じている蘇飛に当たり散らした。
それでも蘇飛は平然とした態度で、
「殿が重用しないから、その辺を散歩でもしているのでは?」
と、答えた。
「ぬ……」
黄祖は事実を告げられ、言葉を返せない。黄祖としても、甘寧の武力のほどは知っている。
だが河賊上がりで、鳥の羽根をあしらった飾りものや鈴を身に纏い、なんとも軽薄で浮ついたようであるのが気に入らず、要職にはつけず、半ば飼い殺しのような状態であった。
甘寧もそれを不満に思い、黄祖の指示はことごとく無視していた。
甘寧を不憫に思う蘇飛が二人の間に入り、表面上は円滑に見せかけていたのである。
だが、事ある毎に衝突するため、蘇飛は甘寧に江東への亡命を勧め、期を窺っていた。
甘寧もそうしたいのは山々だが、以前の戦いで孫家の
そしてその甘寧は蘇飛の言うように城を出て、周囲を散策していた。
「つまんねえなぁ……」
誰に話しかけているでもなく、川縁に寝転がって、晴天の空に嘆いた。
「甘寧様、戦が激化する前に戻らねば……」
河賊時代からの部下が甘寧に話しかける。
だが甘寧は空を見たまま、
「孫家のあのへっぴり腰じゃ、まだしばらくは保つだろ。あんなもうろく爺の籠もる城も落とせないようじゃぁ、周瑜とやらもたいしたことねえな」
と、毒づいた。
そのまましばらく、何も考えず流れる雲を眺めていると、何かに気づいたのか甘寧が急激に身を起こした。
「戦の匂いがする」
「はあ、黄祖殿と周瑜が戦ってますが」
唐突な甘寧の言葉に、部下が呆れ気味にもっともらしく答えた。
「違う!そっちじゃねえ」
甘寧の向いている方向は確かに城のある方角とは違う。
「行くぞ!」
甘寧が立ち上がり、一人さっさと駆けていくのを、部下らは怪訝な顔をして追いかけた。
「まもなく江夏のはずだが……」
全力で逃げていた半兵衛は息も絶え絶えになるほど疲れきっていた。
しかし後方からは相変わらず柿崎景家が追ってきており、休む暇などない。
「こんな時にすまぬ、江夏の情勢を探ってきてくれ」
半兵衛は物見の兵に申し訳なさげに命じた。物見を命じられたの兵は嫌な顔せず微笑みながら頷く。
「もし、江東の孫権の軍がいたら、劉表の援軍が向かっていると騒ぎ立てよ」
と、さらに指示を与える。
物見兵が隊列を外れると、半兵衛は兵らを鼓舞した先を急がせた。
「なんだ敗残兵か」
甘寧らはその半兵衛隊を木陰から覗き見ていた。
「どこの軍だ?」
と、部下に尋ねる。