「見たこともない軍旗、わかりませんな」
甘寧の部下らしく、わからないことははっきりと明瞭に答える。
「そうか。しかしあの将では戦う気が起こらんな。追っ手は見えるか?」
敗走する軍を率いる将が文官のように華奢で、甘寧の食指は動かない。
そこで甘寧は木に登っている部下に追撃部隊の有無を尋ねた。
「直この道を通りますぜ」
「よっしゃ、じゃあそいつらと一戦交えるか」
甘寧が嬉々として半兵衛隊が去って行った軍路に踊り出た。
やがて、急激な勢いで景家が駆けてくる。
「ん?何者か知らぬが退かねばひき殺すぞ!」
景家の怒声が響く。
「お!ありゃあ強そうだな」
甘寧の耳にはそんな怒声など全く届いていない。それどころか、背中に背負っている湾曲した剣を抜き、怒涛の騎馬隊に対峙した。
「ふん!構わぬ、蹴散らしていけ」
景家は止まる素振りなどなく、馬の速度を抑えることもしない。
「へへっ!」
甘寧はぶつかる直前まで引きつけると、馬の手綱や鐙を掴み、景家の後ろに飛び乗った。
武勇に優れる景家でも甘寧らの身のこなしには舌を巻くよりなかった。
「荒波の河はもっとすごいぜ」
甘寧は驚いているであろう景家の顔を想像して不敵に笑った。
「このままじゃ面白くねえ」
さらに言葉を続けると、右手の剣を馬の後ろ脚の腿目掛けて振り下ろす。
脚を傷つけられた馬は、いななき、立ち上がろうと前脚を上げるが、負傷した後ろ脚が支えきれるはずもなく横転した。
甘寧はその前に飛び降り、転がって受け身を取る。景家も飛び降りたが、間一髪で馬体に足を潰されるところであった。
「貴様!なぜ邪魔をする!」
景家は腰の刀を抜き、憤怒の表情で甘寧を睨む。
「なぜ?あんたが強そうだからさ」
甘寧が言い終える前に、景家は大地ごと裂けよとばかりに垂直に刀を振り下ろした。
「おっと!」
甘寧は受け止めてはいけないと判断し、転がり避けるが、右肩の羽根飾りが剣圧により数枚舞い散る。景家は問答無用とばかりに連続で突きや薙ぎを繰り出した。
だが直線的な攻撃ばかりで甘寧は舞うように剣撃をかわす。その度に腰の鈴が涼しげに鳴り、それがまた景家の心をかき乱した。
「ええい!うっとうしい!」
景家が刀を振り回す速度をさらに早めた。
「まだ全力じゃなかったのかよ!」
甘寧は久々に出会った強敵との命を賭した戦いに嬉しそうな顔をみせ、迫る刃を紙一重でかわした。
「そろそろこっちからも手だすぜ!」
景家の居合い斬りのような横薙ぎの攻撃を、ひれ伏すようにかわすと共に、無防備な右足を斬りつけにかかった。
「ぬっ!」
景家は回避することができないと即座に判断すると、足一本を土産にくれてやるとばかりにしっかりと地を踏みしめ、刃の軌道を己の膂力で無理やり袈裟に切り替えた。
甘寧も足一本と自身の命を引き換えにするわけにはいかず、景家への攻撃は剣先を僅かにかすめただけの中途半端なものに終わった。
すかさず景家は刀を持ち替えて地面を転がる甘寧に突き出した。甘寧は容易く避けるが、体勢を立て直す隙は与えてもらえない。
幾度かの突きを避け、景家にようやく疲れの色が見え始める。甘寧は景家の刀に思いきり剣をぶつけ、痺れを誘い、ようやく立ち上がった。