そのまま甘寧は攻勢に出るべく、剣を構え景家に駆け寄っていった。
「何をしておるか?」
だが、突如響き渡ったこの一声で、甘寧はおろか戦場の時間そのものが止められたかのように皆の動きが止まった。
と同時に甘寧の全身を今まで感じたことのない鋭い殺気が貫いた。
その殺気が向けられている方を振り向くと、鬼面の表情をした男が馬上にて甘寧を、そして景家を睨みつけていた。
「景家、我の命を忘れたか?」
「い、いえ」
さっきまで甘寧と互角に戦っていた景家が小さく縮こまっている。
「ならば、なぜこんな所で戦っておる?」
謙信の声には怒気を超えた冷たさが含まれており、その一言一句に身震いするほどの圧力を感じた。
「おい!人の楽しみを止めやがって!何者だ!?」
甘寧は自分の存在をないものとしているかのようなぞんざいな扱いに腹を立てた。
謙信の視線が甘寧だけを捉える。だが謙信はすぐに景家へと視線を戻すと、腰の刀を抜き、
「追うか我に斬られるか選ぶがよい」
と、冷淡に言い放った。
「はっ、すぐに追いまする」
失態続きの景家に反論する余地などなく、大慌てで自分の部隊をまとめると、甘寧には目もくれずに立ち去っていった。
二人のやり取りにちゃちゃや挑発を織り交ぜながらも、全く相手にされず、一騎討ちも中途半端で止められ、不完全燃焼であった甘寧は怒りや不満を包み隠さず謙信に詰め寄った。
「彼奴との戦いを止めたんだ。責任は取ってもらうぞ」
甘寧は有無を言わさず、謙信に飛びかかった。
謙信は無言のまま、仕方ないという半ば呆れた表情で、迎え撃つ。
まずは不満を解放するように甘寧が乱撃とも呼べるような激しい剣撃を繰り出した。
型にはまらない、自由奔放な攻撃のため、次はどこから剣が向かってくるのか見極めねばならない……はずであった。
それを謙信は軽々と全てを受け止めた。
「大口を叩いてこの程度か?」
乱撃により肩で息をする甘寧とは逆に、謙信にはまだまだ余裕がある様で、それを見た甘寧は、先の景家よりも上をいく強さに、怒りを忘れ満悦の表情を浮かべた。
「さっきの奴より強いのか!」
喜びに身を震わせる甘寧、無表情のまま馬上から見下ろす謙信。
周りの兵たちは次元の違うこの戦いを黙って見守るよりなかった。
だがその静けさを破り、先ほど追撃に向かったはずの景家隊が戻ってくる。
「殿!孫家の軍です」
景家は眉の吊り上がった謙信に恐々と報告をした。
「やむを得んな。防御態勢に移れ」
江夏は劉表の領地であり、その客将である謙信が江夏を攻める孫家の軍を無視するわけにはいかない。
謙信は戦いを止め、甘寧から視線を逸らし、遠くを見つめ、
「やられたな。竹中半兵衛。あれが信長の軍師か」
と、呟いた。
再び戦を邪魔され、今また謙信に無視された甘寧はさらに激しく憤懣の態度を表した。
甘寧の部下らは孫権軍が来ると聞き、甘寧を必死でなだめ、押し留めていた。
やがて孫権の軍の先遣隊が殺到する。
「貴様!甘寧か!」
先遣隊の青年将校が甘寧の姿を見かけるなり、激高した声を張り上げた。
「なんだこの若造は?」
甘寧はいきなり呼び捨てられ、青年将校に溜まっていた怒りを向けた。