目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話

「我は凌統りょうとう。貴様が殺した凌操りょうそうが子よ!」


「父の仇討ちってことか。いいだろう、かかってこい」


 甘寧は鬱憤を晴らせるならば誰でもよい、と言わんばかりに売られた喧嘩を買う。


 先手は凌統であった。両の手それぞれに、両端が短い刃になっている風変わりな武器を持ち、一気呵成に飛びかかった。


 甘寧が予想していたよりもはるかに身軽で素早い。体術を得手としているのだろう、その身のこなしから鞭のようにしなる蹴りが甘寧の側頭部を狙う。


 甘寧は咄嗟に腕を上げ、蹴りを受け止めた。それを見届ける前に、凌統はさらなる足技を甘寧の後頭部めがけて放った。


 甘寧が身をかがめて攻撃をかわしたが、凌統は想定していたかのように、空振りした蹴りを踵から垂直に下ろした。


 しゃがむ甘寧を追跡してくる凌統の踵落としを、頭上で両手を交差させて防ぐ。


 ここまでの一連の攻撃をする方も見事だが、全て直撃を避けた甘寧も見事であった。


「親父より強いんじゃないか?だがな、攻撃が軽すぎる」


 甘寧はそう言うと、がら空きの凌統の片足を払った。凌統の体が宙を舞う。


 甘寧の蹴りが当たる瞬間に、凌統は踵落としを止められたままの足を軸にし、後方へと宙返りしていた。


「ふん、まるで飢えた獣よのう」


 謙信は誰に話しかけるでもなくそう呟いた。


 景家が自分に話しかけたのかと思い、聞き返すが、謙信は渋い顔で戦いの帰趨を眺めているだけで何も答えない。


 一進一退の攻防はさらに続く。だがどちらも動きに精彩を欠きはじめた。


 甘寧は強敵との三連戦によりさすがに疲れが見え、凌統は攻撃に陽動などを絡めたがために余分に多くの体力を消耗をしていた。


「埒があかぬな」


 再び謙信が呟くと、突如眉をぴくりと動かし、景家に軍を後方に下げて待機するよう命じた。



 謙信軍が甘寧らから見えないほどに後退をし終えると、それほど間を置かずに呂の旗を掲げた孫家の軍の兵が集結、整列しはじめ、軍の後方から二人の将が姿を現した。


「凌統、そこまでだ」


「呂蒙殿か。こやつは我が仇。やめるわけにはいかん!」


「周瑜殿の命でもか!」


 周瑜は江夏攻略軍の総大将であり、命に背くのは軍令違反である。


「ちっ」


 凌統は舌打ちをして憎々しげに甘寧を睨みつつ引き下がった。


 その凌統に代わり呂蒙こと光秀が甘寧の前に立ちはだかる。


「甘寧殿であるな。凌統の非礼、すまぬ」


 甘寧は肩で息をしており、何も返答しなかった。


「貴君の武勇は我らに必要なもの。どうか今までの経緯を水に流し、孫権様に仕えてくれぬであろうか」


 光秀は失礼のないよう言葉を選び、甘寧の説得を試みた。


「はて、あやつ何処かで……」


 その様子を眺めていた謙信は、呂蒙と呼ばれる将に見覚えがあるような気がし、殺気を込めた視線を送った。


「な、なんだ!?」


 光秀はその殺気を感じとると、全身に鳥肌が立つ感覚に襲われ、無意識に抜刀していた。殺気の出どころを光秀と利三が確認するなり驚愕の声を上げる。


 毘の旗をたなびかせる白と黒の軍勢。間違いなく越後上杉の旗印と装備であった。


「殺気に気づいたか。それにその顔、我が上杉謙信と知っておるようだな」


 謙信は一人、ゆっくりと駒を進め光秀らに近寄っていった。


「上杉謙信……知らぬな。貴殿が劉表の援軍か?」


「そうかも知れぬな」


 半兵衛の思う壷となったことに謙信が苦笑する。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?