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第32話

 そして何かを思い出したように振り返る。


「おう、そうであった。利三、光秀に伝えておけい。我が下へ参り、再び天下を目指そう、と。秀満はすでに参っておるぞ。知っているとは思うが」


 光秀は名を呼ばれ、さらに信長の言葉により二人はたじろいだ。


 許されるはずもないことをしたにも関わらず、そのことには一切触れないで、しかも配下に加われという。


 また、呂蒙と名乗っているが実は光秀だということも確信したはずである。


 二人は信長の意図していることが読めず、そのために戦々恐々とした。


「なあ、あんた!」


 疲労と緊迫感、状況把握のために、しばらくおとなしくしていた甘寧が信長を呼び止めた。


「俺の名は甘寧、字は興覇こうはだ。あんたの軍に加わりたい」


 突如甘寧が信長に仕官を求めた。


「甘寧殿、何を……!」


「ほう、歓迎致すが、理由を申せ」


 甘寧の突然の申し入れに、信長と光秀それぞれ違った反応の驚き方を見せた。


「理由……強い奴と戦いたいからだ。あんたはその強い奴を惹きつける、そんな気がしてならないんだ」


 甘寧は信長に説明をしたあと光秀の方を向いた。


「呂蒙殿、誘ってくれたのは嬉しい。だがそちらには俺を仇にしてる奴がいる。同じ軍で仲違いしてちゃあ戦に勝てない。火中の栗を拾うなかれってことさ」


 甘寧の言葉に凌統が目をひんむいて睨んだ。


「その点ならば気に致すな。凌統は私も周瑜殿も説得してみせよう。それに孫権様にも推薦し、地位を確約しよう」


 光秀は睨みつける凌統を手で制し、懸命に甘寧を口説いた。


「高く評価してくれているのはありがたい。だがもう決心したんだ」


 甘寧は呂蒙に頭を下げると信長の方へと歩いていった。


「儂で良いのか?」


「あの謙信て奴もあんたに一目置いているようだからな。駄目ならまた他を探すさ」


「潔いな。では甘寧、参るぞ」


 信長は出会ってまだ少しのことだけに、甘寧に再確認をすると、その解答に満足げに頷いた。


「ではまた戦場で会おうぞ。利三、そして光秀よ」


 そのまま信長らと新たに加わった甘寧は退いていった。光秀と利三はそれを黙って見送るよりなかった。


 信長との再会、謙信との遭遇、甘寧の織田家仕官。


 この数刻の間に起きた出来事は、光秀の歴史への不介入の決意を大きく揺るがした。


「殿、本陣に戻りましょう。江夏に謙信が向かったならば、周瑜殿も苦戦しましょう」


 姿が見えなくなってもずっと信長の背を追いかけていた光秀に、利三は我が子に接するように優しく語りかけた。



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