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第2話

 外からはわからないが、城内には見たことのない旗がひしめき、信長や溝尾という男が率いる軍勢のような武具を身につけた兵らが闊歩していた。


 蹋頓は何度も袁尚に尋ねられたが一切返事をすることなく、ただ先導していた。


 宮殿内で待たされること数刻、袁尚は気持ちに余裕がなく、接待役の兵はおろか袁煕にまで当たり散らしている。


 ようやく面会が許され案内されるが、袁尚の苛立ちは収まらず、部屋に通されるなり、


「いつまで待たせるつもりか!」


 と、怒鳴りながら入るものだから、連れてきた蹋頓は気が気ではない。


 誰もが予想したように、椅子に腰掛ける年配の大柄な男の顔は明らかに不機嫌そうであった。


「なんじゃ?この汚いのは?」


 男の声は静かであったが怒気が入り混じっているようで、袁家に近い蹋頓をはじめとした烏桓族の将らは震え上がっていた。


「我は名門袁家の長、袁尚である。袁家の再興におぬしらも臣下として加えてやろう。出陣の触れを出せ」


 袁尚の言葉に烏桓の将は凍りつき、また他部族でも袁家と友好関係のある者たちは背筋を寒くした。


 関わりのない者たちは、あまりにも馬鹿げた発言に腹を抱え、あるいは怒りを露わにした。


「殿、こやつらは遼東に曹操を呼び込みまする。早々に斬首し、曹操に恭順するよう見せかけるのが得策では」


 将の列から公孫康こうそんこうが一歩踏み出し提言する。


「もう手遅れよ。すでに曹操は柳城に兵を進めておる。そうであったな?美濃みの


 美濃と呼ばれた男が前へ出、ついさっきもたらされた情報を皆の前で報告した。


 将らの間にどよめきが走り、なかでも柳城を本拠としている蹋頓の動揺は目に見えてひどい。


「ええい、何をぐずぐずしておるか!早く兵を出せ!」


 痺れを切らした袁尚が喚く。


昌景まさかげ、あの五月蝿いのを黙らせい」


 赤い甲冑の小男が名を呼ばれ、袁兄弟に歩み寄った。袁尚とは対をなすような醜男であるが、その物腰はどっしりとしている。


「な、なんだ!」


 袁尚は気圧され、腰の刀を抜こうとするが、昌景は槍の間合いに入るなり、有無を言わさずに袁尚の胸を貫いた。


 それを見て、慌てて袁煕が逃げだす。


「どこへ行かれるのかな?」


 かぐわしい香りとともに耳元で風が囁いたような声が聞こえ横を振り向く。


 そこには眉目秀麗な佳人がいた。袁煕が覚えていたのはそこまでだった。


「昌景殿、詰めが甘いのでは?」


「ふん、虎綱とらつなが駆けていくのが見えたからな」


 虎綱と呼ばれた男は名前とは異なり、佳人のように見える優男であった。


高坂昌信こうさかまさのぶとお呼びください!」


 虎綱と呼ばれるのが好きではないようで、袁煕の首を拾い上げながら、目尻を吊り上げる。


昌豊まさとよ、あの首を曹操に送り届けい」


 昌豊は首を受け取ると、頷きその場を去っていった。


「これまでは名を隠しなるべく目立たぬようにしてきたが、それも今日までじゃ」


 主君の言葉に皆が静まり返る。


「曹操を打ち破り、武田の旗を中原に掲げようぞ!昌景、美濃、柳城へ向かえ」


 武田信玄たけだしんげん立つ。


 この報は信玄領全域に瞬く間に伝わった。


 男たちは馬や武器を手に信玄の下へ駆けつけ、その兵力は十万を越えた。

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