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第3話

 女子供らも城内への物資の運搬などに進んで志願する。短い期間でも信玄は勝手な外征を禁じ、内政に力を入れる統治は浸透し歓待されていた。


 信玄は物資の搬入を待たず、現在あるだけの戦力から五千の騎兵を山県昌景やまがたまさかげ馬場信春ばばのぶはる、蹋頓に与え柳城へ向かわせた。


 物資の搬入があらかた済むと、内藤昌豊ないとうまさとよに兵糧の輸送と管理を任せ、遼東に留め置く。


 そして高坂昌信隊含む三万の軍勢を自ら率い、遼東を発った。


城代に武田勝頼たけだかつよりを指名したことで、重臣らからは危ぶまれたが、補佐として信玄の弟である武田信繁たけだのぶしげと公孫康を残すことで渋々ながらも承認された。


 先発隊は居城の危機に急ぐ蹋頓の先導により難なく柳城まで到達した。


 曹操軍はまだ見えない。そこで三人は簡単な軍議を開き、曹操軍が来るのを待ち立てこもるよりも、遠路はるばるやってくる疲弊した軍を叩こうということになった。


 迎撃に向かうのは山県昌景である。


 自身も配下にも赤い甲冑や鎧をまとわせる赤備えの軍は、ひとつの火の玉となり駆けていく。


 その目立つ様相はすぐさま張遼隊の物見に発見された。


「孫子の兵法の書かれた軍旗、赤い兵装の軍勢?軍師殿、どこの軍かわかるか?」


 張遼は傍らに侍る郭嘉を振り向いた。郭嘉も聞いたことがなく、首をひねり、知らないという素振りをする。


「そうか。敵襲かもしれん。臨戦態勢をとれ」


 郭嘉すら知らない軍勢、しかもこの異郷の地で孫子を修得しているやも知れない。


 長城を越えて幾度か戦ってきたが、兵法を使いこなす敵などいなかった。


「手強いかもな」


 張遼からそんな言葉が漏れたことに郭嘉は内心驚いた。


 一見自信過剰に思えるが、張遼自身の武勇や統率力、戦術眼といった裏付けがあってのことで、けして驕り高ぶっているわけではない。


 曹操に仕えて以降、郭嘉が耳にしたことのない、それほど稀なことであった。


 やがて昌景率いる部隊も張遼隊を発見し、両軍が対峙した。


 張遼は陣頭に立ち、


「我らは漢の北伐軍である。貴公らは敵か味方か?」


と、問いかけると昌景も陣頭に姿を現し、


「我らはこの地を治める武田信玄の軍である。貴殿らを侵略者とみなし攻撃させていただく」


そう応えた。


「武田信玄?知らん名だ。だが敵であるというならば排除するのみ」


「勇壮であるな、儂は山県昌景だ」


「張文遠、お相手つかまつる」


 二人が互いに名乗りを挙げ、戦意を確認すると、陣内へ戻っていった。


「敵将は名将である。皆の者、心して掛かれ!」


 昌景隊の両端から騎馬隊が飛び出し、中央で合流し、陣形が魚鱗へと変化していく。後は昌景の合図を待つばかりである。



「なりは小さいが気迫に満ちた男ですな」


 郭嘉は敵将を見定めると、続けて張遼に策を示した。


「張遼殿、こちらの兵力が上である。魚鱗陣には魚鱗陣で抗す、と見せかけ戦端が開き次第鶴翼へ移行する」


 張遼は異議を挟むことなく、一言一句聞き逃すまいと真剣な表情で頷いていた。


「郭嘉殿、両翼のどちらかに潜り込みたいのだが」


「隊の指揮はいかがいたす?」


「郭嘉殿にお任せしよう」


 郭嘉の策に不満はないが、地の利は向こうにある上に、長引いては敵の援軍もあり得る。


 そのため、この一戦で片をつけようと考えての志願であった。

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