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第4話

「承知した」


 郭嘉としても短期決戦を望ましく思っている。


 これが並の武将ならばむざむざ死地に送り込むだけになるため徹底的に反対するのだが、絶対の信を置く張遼ならば成し遂げてくれるであろう、と迷いもせずに許諾した。


 張遼は郭嘉が自分の思考を汲んでくれたことに微笑み、


「おぬしらは郭嘉殿の護衛をせよ。彼は曹操様の頭脳、傷ひとつつけることもならん」


と、側近たちに厳しく命じた。


 張遼隊も魚鱗陣へと転換していく。


 郭嘉は魚鱗陣の最後方中央にて全体の指揮を執り、張遼は右端の部隊の兵卒の中に紛れた。


 態勢が整うとすぐに、郭嘉は陣形を維持したままの前進と張遼を援護するための策を各隊に伝達した。


 距離を詰めてくる張遼隊。


 それに対抗すべく昌景が軍配を振った。

血気盛んな雄叫びが木霊し、昌景隊が怒涛の突進を開始した。


「来たぞ!最前の部隊が奴らと接触し次第、両翼隊は一気に上がり包囲せよ」


 前線での喚声がひときわ大きくなった。


 勢いは昌景側が勝り、張遼隊がだんだんと押されだした。それにより昌景隊はさらに勢いを増し攻め寄せる。


「張遼と言えどこんなものなのか?案外脆いな」


 昌景は名将率いる部隊の不甲斐なさに失望しかけた。


 兵らも勝ちに乗りどんどん敵陣深くまで切り込み、魚鱗陣が槍の穂先のように細長くなっていた。


 これに昌景が気づき、陣形を維持せよと命じる。


 だが時はすでに遅かった。


 張遼隊の両翼があたかも鶴が羽ばたくように広がり、昌景隊を抱きかかえるように押し包む。


 昌景隊は鶴の優しげな抱擁と裏腹の締め上げるような圧力に、どんどん数を減らしていった。


 こうなっては、と昌景は先の指示を撤回し鶴翼の要に全力で突撃することを命じ、自身も馬を走らせたが凡そ感じたことのない後方からの感覚が心地悪く、ふと振り向いた。


 そこには、獲物を追い詰める狩人が、黙々と昌景に照準を合わせ追ってきていた。ここで立ち止まっては完全に孤立してしまうため、相手することはできない。


 昌景は鶴翼の要を突破すべく、ひたすら前方へと駒を急がせた。


 だが進めども後方から突き刺さってくる殺気は振り切ることができない。


 大将を守るべく、張遼に向かっていく者も少なくなかったが、全て一刀で斬り伏せられていた。


 やがて、抵抗の激しさから昌景隊の進軍が滞る。


「ちっ!包まれるぞ、突き抜けい!」


 懸命の督戦も効果なく、包囲の輪が小さくなってくる。


「山県昌景、覚悟せよ!」


 張遼が妖しく赤い輝きを放つ偃月刀を振り上げて近づいてきた。


 昌景も槍を構えると意を決し、近寄る張遼隊を威圧した。


 張遼の兵らはその気迫に押され萎縮し、張遼でさえも昌景の間合いの内には入り込まず、互いに睨みあったまま対峙していた。


「ここまで陣形を変幻自在に操るとは思わなかったぞ」


「誉め言葉痛み入る」


 そのにらみ合いの最中も戦はとまることなく続き、背水の昌景隊が押しだした。


「ここは我に任せ、おぬしは郭嘉殿の援護に向かえ」


 張遼が命じ、兵らもその場を去っていった。一人になった張遼に、好機とばかりに昌景の兵が殺到する。

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