「雑兵ごときが我を討てると思うか!」
張遼の間合いを侵した昌景兵らは、ことごとく斬り捨てられ、屍の山を築いていく。
見かねた昌景が遂に動いた。
稲妻のような槍撃が張遼の頭上を襲う。
竜巻のような激しい旋風が迎え討つ。
双方がぶつかり合い、その衝撃に火花が散る。
昌景の体躯からどうすればこれほどの力が出るのか、と張遼をして戦慄させる。
互いに距離を置き、再び睨み合いが始まった。
先の光景からさすがに昌景の兵らも攻撃を仕掛けられずにいる。
このままでは千日手となり兼ねない。
「前も抜けん、後ろも振り切れんでは行き詰まりだのう」
「包囲している我らがこうも苦戦するとは思わなかったぞ」
どちらも攻撃の構えを崩さないまま好敵手と認め合い、健闘を讃える。
「どうだ張遼、仕切り直しといかぬか?」
「何を抜かす。おぬしらはいくらでも補充ができよう」
「他には手出しさせぬ。儂の部隊だけで相手することを約束いたそう」
「当てにはならぬ、だが良かろう。このままおぬしの援軍が来ても困るのでな」
張遼は渋々ながらも昌景の申し出を受け入れた。
だが渡りに船であったのも確かで、敵援軍がなく昌景を討てたとしても自部隊の疲弊も相当激しく、撤退を余儀なくされることになる可能性を否定できなかった。
先発隊として遼東攻略の橋頭堡も築けずに退却するのは張遼の自尊心が許さない。
また、昌景としてもこのまま持ちこたえた所で信春や蹋頓の援軍を待つことになり、それはいくら僚友といえども願い下げであった。
互いの自尊心からくる利害が一致し、まず昌景が兵を後退させた。
約束を守る意味合いで最後まで自身が張遼の眼前に留まり、張遼も兵が退き終えるまで昌景と対峙したままであった。
「では後日再戦いたそう」
と、槍と偃月刀を軽くぶつけ合い両者が去る。
昌景はそのまま柳城まで退き兵を休ませると、信春と蹋頓に手出し無用とだけ告げて深い眠りについた。
「郭嘉殿、無事か?」
張遼は戻るなり郭嘉の身を案じた。
「貴君の部下がよく守ってくれた。矢傷ひとつない」
と、張遼隊の働きを褒めあげた。
張遼隊は少し後退した開けた平地に野営の陣を張り、兵らの手当てと食事を取らせた。
「張遼殿の言った通りであるな。手強い」
郭嘉も素直に昌景を褒め称える。
と同時に、張遼と精強な騎馬隊を持ってしても、昌景隊のみと互角な今の戦力では、よほどの失態を敵方が冒すか奇策を用いなければ、勝ちを得ることは適わないことを認識した。
「曹操様にも急いで来てもらわんと厳しいな」
これには張遼も自尊心も何もなくただ頷くのみであった。
夜寝る間も惜しみ、あれやこれやと策を練るが、どれをこなすにも現状では危険が大きい賭けになり、一向に定まらない。
やがて夜も更け雨が滴り落ちてきた。
雨足は徐々に強まり豪雨と化す。
張遼は戦地となりそうな場所を厳選し、物見を派遣した。
物見の報告は早く、あちこちで河が増水し、所によっては濁流となり、夜襲どころか明日の進軍も不可能ではないかとのことであった。
張遼はこの期にと、夜が明けたら周辺の事細かな地理を調べよ、と物見の兵に命じた。
野営地を雨のあまり当たらない山林へと移させ、張遼と郭嘉も休もうかという頃、味方の使者が訪れた。