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第9話

「道三殿の言うこともっともであるな。信玄公に入城されては厄介なこととなる。速やかに柳城を陥落させようぞ」


 信忠が決心した。秀満や光忠もそれに習い士気を高めている。


「やれやれ、面倒なことじゃ」


 ただ一人守就のみが不満げな表情で愚痴をこぼしていた。


「守就、おぬしには後方の撹乱工作をしてもらいたいのだが」


「撹乱とな?」


「信玄公の足留めでも良いし、叛乱を煽るも良しだ」


「ふん、良かろう。だが成否は問わんでもらうぞ」


 守就が嫌々ながらも引き受ける。元々こういった謀略を得意とする男だから適材ではある。


「成否は問わぬ。存分に腕を振るって参れ」


 信忠は笑顔で守就を送り出した。


 だが本音では不満を洩らす者が軍中にいると、軍全体の士気に影響を及ぼすため置いておきたくなかった。


 撹乱の謀略にしても成功すれば儲けものくらいの考えである。


「信忠様、良いのですか?守就殿は武田との内通を疑われて勘当されたはずですが」


 秀満が不安げに尋ねた。また武田に内通しないとも限らないのだ。


「構わん。捨ておけ」


 信忠はあっさりと言い捨てた。


 その迫力や話し方はまるで信長そのものであり、秀満らは気圧され、次の言葉が声とならなかった。




 陣を出た守就はぶつくさとぼやきながら、ほんの少しではあるが整備された道を歩いていた。


 不意に守就が道の脇にある茂みを向き立ち止まり、


「遠路はるばるご苦労であるな」


と、誰もいない方へと話しかける。


 すると、茂みを掻き分けて、くたびれた服を着た男が右手に剣を持ち姿を現した。


「賈逵といったな。殺気をおおっぴらに出しすぎじゃ」


「隠すつもりなど毛頭ない。友の仇を討つが我が生きる標」


 幽鬼のように痩せこけているが、両の眼だけは血走り、浮き出ているようにも見える。


「いくら老いたりとはいえ、ぬしのような細腕には討たれぬよ。そこに隠れておるもう一人も呼んではどうじゃ?」


 守就が指を差すと、茂みががさがさと揺れ、また違う男が現れた。


「さすがに歴戦の老将は違いますな。賈逵君、私が加勢してもこれはかなわぬぞ」


と、高笑いをして剣を腰にしまう。


「臆したか!仲達ちゅうたつ殿!」


「臆してなどおらん。冷静に分析して二人掛かりでも相討ちにすらできないと言っている。つまりは犬死にだ」


 仲達と呼ばれた青年は極めて落ち着き、冷笑しつつ賈逵を諭した。


「犬死に……ではどうするのだ?」


 賈逵の表情が落胆に染まる。


 仲達は一瞬考えこむと、含み笑いをし守就に話しかけた。


 守就は隙あらば斬り伏せようと腰の刀に手をかけたままであったが、仲達の謙遜や温厚な言葉とは裏腹の、突き刺さるような鋭く冷たい殺気を全身に感じ、身動きとれずにいた。


「あなたは後方撹乱の任を与えられたと仰っていましたよね?」


「いかにも」


「どうです?私共と賭けませんか?」


「賭けだと?」


「あなたと私、どちらがより高い成果を挙げられるか、智恵比べといきませんか?」


「受ける道理があるまい。儂一人で充分じゃ」


 守就を試すように語りかける仲達が煩わしく感じ、素っ気ない返事をする。


「高幹の軍師をしながら野心を露わにし独立を目論んでいた、と聞いていたのですが案外小心ですな」

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