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第10話

 仲達が嘲笑を浴びせた。


「小心であることは軍師として大事なことであろうて。だが、まあ良かろう。口の減らぬおぬしに吠え面をかかせるのも面白いかもしれん」


 お返しにとばかりに守就も鼻で笑い、仲達を見下した。


「では、賭けは成立ですな」


 激情家である仲達は内心はらわたが煮えくり返るほどに憤慨していたが、それをおくびにも出さず冷静に話を進めていく。


「まだじゃ。儂が勝ったらどうするのだ?それに仇討ちの首謀者はそれで良いのか?」


 守就が問答を黙って聞いている賈逵に目をやった。


 仲達も賈逵を見やると目で制し、賈逵も仲達に任せておけば何とかしてくれるであろう、と声を発せずに頷く。


「賈逵君も了承のようですね。さて私が負けたらですが……あり得ないことなので考えてませんでした。そうですなぁ、生涯あなたに忠誠を誓い、あなたを王にしましょう」



「王位を得るか首を落とされるか……面白い。賭けに乗ろう。して、おぬし名は?」


司馬懿しばい、字は仲達と申す」




 守就が出ていった翌日。


 雨は上がり、隠れていた日が照りつける晴天となった。


 まもなく正午を迎えようとするころ、肌にまとわりつく湿気に堪え、所々にある泥濘に気を配りながら柳城への抜け道を行軍する信忠軍がいた。


 その道は獣道といっても過言ではないほど、先の見えない背丈の草木が生い茂っている。


 物見によれば、この道を真っ直ぐに抜ければ柳城の裏手へと続く道に到達するということであった。


 信忠は旗差物などを全て降ろさせ、草を激しく揺らさぬよう慎重に歩を進めた。


 郭嘉の策によれば、張遼と郭嘉は軍をいくつかに分け、日の出を目安に柳城へと進軍し、昌景や他の守備隊をおびき寄せる手はずになっている。


「郭嘉殿の策に馬場、山県が乗るでしょうか?」


 信忠のすぐ横を歩く光忠が不安を漏らした。


「そこは郭嘉殿を信じるしかなかろう」


 不安は信忠の内にもある。


 山県も馬場も、どちらも武田家を代表する名将であり、蛮勇だけの武将ではない。


 信忠は己の不安をも拭い去るべく、郭嘉を信じよ、と心中で再度呟いた。


「信忠様、そろそろこの道を抜けますが」


 前を歩く兵から報告を受け、信忠は行軍を停止した。


 いくらよく調練されているとはいえ、ぬかるんで歩き難い行軍に兵らの体力の消耗も激しかった。


「物見が戻るまで体を休めよ」


 信忠の指示で兵らに安堵の表情が浮かび、腰を下ろして互いに足を揉みあったりなどして、一時ではあるが英気を養うことができた。




 一方柳城近辺には張遼が郭嘉の策に従い侵攻していた。


 昌景は先日の約束通り自らの部隊だけで撃って出てきている。


 数日の雨で疲れも抜け、双方ともに意気盛ん。まず仕掛けたのは張遼であった。


 張遼自ら先頭に立ち、昌景隊を縦横無尽に駆け抜けていく。


 いくら兵卒と言えど、昌景が手塩にかけて育てた赤備えである。それを無人の野を行くように通り抜けるのだからたまらない。


 昌景は張遼の武勇の凄まじさを改めて思い知らされた。


 このままでは崩壊する、と昌景が張遼を止めるべく駒をすすめる。

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