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第14話

「郭嘉殿、これは?」


 東門を開放しておく、という郭嘉の意図がわからず、光忠が不安げに尋ねた。


「籠城戦で敵方が門を開け放っていたら、光忠殿ならどうするかな?」


「そのような状況に出くわしたことがないのでわかりません」


 光忠が素直に答えた。


 郭嘉は目を細めて微笑む。


「そこです。どう対処して良いかわからなくするための策」


「何も考えず突っ込んできたら?」


「その時は伏兵の張汎が東門を閉じ、武田を閉じ込めて城ごと焼き払います」


 光忠は案外心配性らしく、あれやこれやと質問を繰り返した。


 郭嘉もそれを嫌がらず、丁寧に受け答えている。


 夕暮れ時、ようやく準備が整い信忠と張遼の軍が退いていく。同じく張汎も城を出て近くの小山に伏した。


 光忠は皆を見送ったあと、部下と手分けして油を染み込ませた薪や藁を城内の至るところに隠した。


 空が闇に覆われると、一同は白装束に着替え、決死の意気込みを見せた。


 緊張や恐怖で眠れぬ夜を過ごし、夜明けを迎える。


 光忠は東門の上に立ち、巻き上げられる砂塵を眺めていた。



 太陽が上り詰めるころ、高坂隊が城を目視できる場所まで到達した。


 信春や昌景らの言うように、織田家の旗が風にたなびいている。


「あれが長篠で苦戦したという馬防柵とやらか?」


 見るからにぼろく、触れるだけで崩れそうであった。


「昌信様、城門が開かれています」


 部下が指差す先を見れば、確かに城門は開かれていた。


「何か策略があるやも知れん。ここに陣を敷き、密偵を放て」


 あからさまに攻めてみろと言わんばかりの城周辺の様子に、もとより慎重な昌信は輪を掛けて慎重に事を進めた。


 密偵が出払っている間に、後続の信春隊と昌景隊が到着した。


 昌景は急拵えの馬防柵など踏み倒して攻め込むことを主張したが、信春と昌信はそれに反対した。


 慎重であればあるほど、知謀に長けていればいるほど開かれた城門が妖しく見える。


 三人は使者にこの様相を信玄に報告に向かわせ、返事の到着まで攻撃を待つことにした。


 やがて密偵が戻ってくる。だが、城内を探りに向かった者だけは待てども戻って来ることはなかった。


「やはり、何か仕掛けてあるようですね」


 昌信の言葉に他の二人も首を縦に振る。


「些細な変化も見逃さぬよう見張っておれ」


 信春は自分の部隊の兵にそう指示を出すと、昌景と昌信を伴い地図を広げて対策を練ることにした。


「前方、つまり東門に怪しげな守りが集中している。ここを無視して他の三門を攻撃してはどうでしょう?」


 昌信が提言する。


「良い案だとは思うが……」


 信春は一旦言葉を止め、地図を指でなぞりつつ返答した。


「あの柵を回避して回り込むとなると、北は深い森と小山、南ら切り立つ山を越えねばならぬ」


「容易ではないな。それに伏兵を置くには絶好の地形でもある」


 昌景が信春に同意し、自身の考えを述べた。


「何があるかわからぬゆえにまず一戦してみるのも手であろう。案外何もないかも知れぬ」


「うーむ、一理あるが……」


 簡単には同意できず信春は言葉を濁す。


「危険な賭けですね。今はそのような博打をせず、御屋形様の返書を待ちましょう」


と、昌信が遠回しに反対した。

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