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第16話

「昌信か。おぬしは信春の後に続いてもらう。今は待機せい」


 信玄の指示を受け、将らが動く。


 昌景は山岳戦を得意とする武田兵を選び、少数精鋭で小山に向かって進軍した。


 昌景の残兵は信春隊に編入され、陣前に集まるよう指示された。


「柳城の妖術使いと戦いたくない者は挙手せよ。白旗を与えるゆえ降るが良い。但し、いかなる状況でも敵前逃亡は許さぬ。また妖術使いに与し我らに敵すとなれば一切容赦はせん」


 恫喝のような勧告に畏怖し、なかなか手を挙げることができなかった。


 信春は急かさず、黙して答えを待つ。


 徐々に恐る恐ると挙手しだす者たちが出始めた。全て烏丸兵で、その数およそ五百に及んだ。


 信春は約束通り白旗を持たせ送り出した。


 降伏兵の一団は陣を出て一直線に柳城を目指す。


 柳城からよく見えるように白旗を高く掲げ行進し、武田方ではそれを信春と昌信はもちろん信玄も眺めていた。


 城からは出迎えたり迎撃する兵が出る様子もないどころか、相変わらず人気がない。


 やがて降伏兵が馬防柵近辺までたどり着いた。


 突如、先頭を歩く数名の降伏兵が土埃を舞い上げ姿を消した。


 後続の降伏兵は何が起こったのか理解できず、脅え立ち止まった。


土埃が納まると、降伏兵の前方には人がすっぽり隠れる深さの穴が、堀のように掘ってあった。


「小細工をしおるのう」


 信玄は苦笑いしながら信春と昌信に語りかけた。


「ですが何も考えず騎馬で攻めていたら、甚大な被害を被る所でしたな」


 信春の背に冷や汗が流れる。


 進退極まった降伏兵は武田の陣を振り返る。だが信春は前進するように軍旗を振るわせた。


 同時に弓隊に矢を番え、射る構えをさせて逃亡を封じた。


 降伏兵たちは戻ること叶わず、落とし穴のある地帯を進み、落ちては這い上がる。


 更に柵を乗り越えて着地すると、再び地面は土埃を舞い上げ陥没した。


「ふん、信長の使う手ではないな。つまらぬ」


 信玄の苦笑は呆れ顔に変わり、床几から立ち上がった。


「信春、あとはくだらん罠などなかろう。さっさと攻め落とせい。昌信隊は罠と柵の撤去に向かえ」


 まず昌信隊が出陣した。


 昌信は柵近くまで進軍すると、柵を全て引き抜かせ、周辺の木を切り倒し、堀のような溝に掛けるために、それらを束ねて橋を作らせた。


 これにより落とし穴は完全に無効化した。


 先に行かせた降伏兵らはこの罠以外には何事もなく入城していることから、城まではもう一直線である。


 昌信隊の工程が終わる頃を見計らって、信春隊が騎馬で駆ける。


 同時に、昌景が伏兵を発見したようで、小山からも喚声が上がりはじめた。


 信春隊は雷のような早さで速さで昌信隊の作った橋を通り過ぎ、遮二無二、城内へなだれ込んでいった。


 その後ろに昌信隊も続く。


 城内には敵どころか人の気配も感じられず、どうすれば良いのか途方に暮れている先ほどの降伏兵が集まっているのみ。


 昌信は隊を止め、降伏兵に、


「誰もおらんのか?」


と、問いただした。


「はぁ……」


 降伏兵は気の抜けた返事をしながら頷く。


 信春は改めて周囲を見回すが、やはり雑兵も、生活を営んでいるはずの民ですら発見できない。

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