遮る者は叩き潰し、あるいは吹き飛ばし、一直線に昌景を目指していた。
距離が縮まると、許褚は敵兵から槍を数本奪い取り、昌景に投擲しだした。
放たれた数本の槍は、勢いを衰えさせることなく、鋭い切り裂き音を轟かせながら正確に昌景に降り注ぐ。
昌景は馬を急発進させなんとか回避したが、
「奴は化け物か!」
と、許褚の並外れすぎている力に驚愕した。
安堵している暇など与えぬとばかりに、許褚は石なども交えて投げつける。
たかが石と言えども、槍を矢のように投げる力である。
まともに喰らえば致命傷は免れないし、当たり所が悪ければ即死である。
昌景は必死に馬を操り避けるが、人と違い馬は体格が大きい分標的にしやすい。遂に許褚の投じた石が馬の後ろ脚の腿を直撃した。
鈍い、骨が砕ける音が昌景にも聞こえ、馬は立っていることも拒み座り込むと、悲しげに鳴き、その瞳には涙が留まってているような気がした。
昌景は負担を軽くしようと馬から降り、たてがみをひとなでした。
その隙に許褚が詰め寄ってくる。
昌景は立ち上がり許褚がやって来るのを待った。
こうまで屈辱感を味わった以上、敵に背を向けることは自分の誇りに掛けてできない。
昌景と許褚は互いの有利な間合いを取ろうと対峙し、互いの一挙手一投足を監視した。
その頃、曹純と昌輝の争いにも動きがあった。
双方共に馬は疲れ果て口から泡を吹き、また馬上の二人も髪は乱れ、流れる汗はとめどなく、砂埃で顔も汚れている。
だが汗や砂埃を拭く微塵の余裕もなく、遠くから見ても肩で息しているのがわかるほど疲労は限界に達しようとしていた。
だが鋭い眼光だけはまだ保たれており、戦意を喪失はしていない。
曹純は走れなくなった馬に見切りをつけ、馬上から滑り落ちるように降りる。
一方の昌輝も馬を捨てようとしたが、武器の重さを支えきれず、重力に引かれるように落下した。
曹純も武器を持つ力すらなく、それでも引きずりながら昌輝に近づいていく。
「父上、昌輝殿が!」
慌てて救援に向かおうとする信達を昌信が引き止める。
「一騎討ちだ。救援に向かうということは、おぬしと昌輝の名誉を著しく汚すことになる。味方が不利でも手出しはならぬ」
「しかし!」
昌信の言うことはもっともであり、信達もわかってはいたが、助けられるのに手をこまねいて見ていることしかできないのが納得できないでいた。
立ち上がろうともがくが足に力が入らない昌輝。
曹純は剣を持ち上げ肩に抱えた。
昌信は部隊の指揮をしながらもこの光景を歯を食いしばり見つめていた。
曹純の歩みはおぼつかないまでも確実に近づいていく。
堪えきれなくなった信達が昌輝救援のために制止を振り払い駆ける。
「馬鹿者が!」
昌信の叫びも虚しく、信達は昌輝の前で馬を止めた。
「貴様、邪魔をするか!」
曹純の眼差しが信達を捉える。
信達は刀を抜き、
「おぬしとてまだ死にたくはなかろう」
と、曹純を威嚇する。