「どこまでも愚弄する!」
怒りに打ち振るえる曹純だが、体は言うことをきかない。
信達はそんな曹純を捨て置き、昌輝を担ぎ上げて馬の背にうつぶせに乗せた。
そして自分も跨ると、曹純を見下し去っていった。
部隊へ戻った信達を待ち受けていたのは憤怒の表情の昌信であった。
信達が下馬するなり、固く握った拳で頬を殴りつける。
「貴様には武田の誇りがないのか!武人にあるまじき行為、腹を切り詫びよ」
「この非才の命で、有能な武人が救えるなら本望」
信達は脇差しを逆手に持ち掲げる。
「止めよ信達殿。昌信殿も儂の顔に免じて許してやってくれぬか」
動くのもやっとの昌輝が首を掲げて、二人のやり取りを止めに入った。
「助けられたは我が身の恥。信達殿になんの不手際があろう」
実際に一騎討ちをしていた昌輝にここまで言われると、昌信としてもこれ以上何も言えない。
だが、怒りの収まらない昌信は虎豹騎隊に休戦の使者を送り、自らは馬に跨り曹純の下へ駆け出した。
曹純は行動がままならないなりに迎撃態勢をとった。
だが昌信は刀を抜くでもなければ武器になりそうなものは一切手にしていない。
そのまま曹純のすぐそばで下馬すると、歩を進め兜を脱ぎ、深々と頭を下げた。
「我が子が迷惑をかけた。申し訳ない。我らの部隊は貴殿の体力が回復するまでは戦わぬことを誓おう」
昌信は信達に代わり謝罪し、頭を下げ続けていた。
武田の一翼を担う男の一連の言動は、武田軍全体に大きな影響を及ぼすことになる。
高坂隊が戦線離脱すれば、ようやく優勢に持ち込んだのが水泡に帰す。それどころか一転不利になることも充分に考えられる。
信玄はすかさず事の顛末を問いただし、理解すると間髪入れず曹操に休戦の申し入れの使者を派遣した。
軍が崩れ追われるよりは相手にもこちらにも立て直す機がある方が良いと即断した。
「武田が休戦を求めてきておる」
曹操は文を広げながら郭嘉に呟いた。
「どうなさいます?」
郭嘉の顔つきは言葉とは裏腹に継戦を望んでいた。
「追い詰めよ……と言いたそうだな」
「はい。好機を無駄にする必要はないと思いますが」
「確かに好機だが。武田の敗北に際しても高坂が動かないと思うか?」
「動くでしょうな。それまでに優位にしなければなりません」
「難題を簡単に言ってくれる」
曹操は高笑いしたが、実際は曹操側も損害は少なくはない。
戦い通しで疲弊も溜まっており、本音では曹操も手を止めたい所であった。
「信忠殿の部隊がまだ無傷です。曹純殿には静養してもらい、虎豹騎は殿が自ら率いれば、戦力は変わりますまい」
郭嘉の言っていることは充分に理解できる。
だが軍師というよりも文官特有の論調で、理論は正しいが、兵の疲れや負傷者などは加味されていない。
「おぬしらしくないな。何を焦っておる?」
「……!!いえ、焦ってなど……」
郭嘉が口ごもる。
「まあ良い。焦って追い詰めても窮鼠猫を噛む、といったこともあろう。休戦に応じるぞ」