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第32話

 同時に昌輝も曹純の姿を認識し睨みつける。


「貴殿か」


 曹純も昌輝を睨み返した。


「曹純殿、そちらの大刀の男を頼む」


 張遼は、先日の二の舞は避けるべく素早く判断を下し、曹純と昌輝を引き離した。


 曹純としてははっきりと白黒つけたい思いはあったが、我侭で軍規を乱すわけにはいかず、その思いを耐え、信綱と対峙した。


「今日は我と戦うか」


 信綱が嬉しげに笑い、大刀の先を曹純に向けた。


「得物とそれを奮う力は立派だが、技術はどうかな」


 曹純は槍をしごき、信綱を挑発するように槍舞を披露する。


「小癪な。では受けてみよ」


 信綱が大刀を振り上げ、自身の力と重力を重ね合わせて振り降ろした。


「隙が大きすぎるな。次は攻撃するぞ」


 曹純はなんなくかわし、大刀が地を打ち据えた時にはすでに信綱の後方にいた。


「やはりあの相手とは相性が良いな」


「脇を見ているとは、余裕だな!」


 昌輝が張遼を槍で数度突くが、張遼はそれを見ずともあっさり避けた。


「殺気に溢れている」


 張遼は振り向いて昌輝の欠点を指摘した。


「殺気だと?ここは戦場だ。殺気など掃いて捨てるほど満ちているではないか」


 昌輝が反論する。


「貴殿は尖りすぎているのだ。どこを狙っているのか手に取るようにわかるぞ」


「ならばかわしてみせよ」


 昌輝が再度、槍を素早く連続で突く。


 張遼はものの見事に全ての槍撃を避け、それどころか隙を狙い、何度か寸止めするほどであった。


「我と貴殿の武の差、わかったであろう」


 さすがに昌輝も顔面蒼白、返す言葉がない。


「勝ち目のない戦いをするか、退くか。選ぶがよい」


 昌輝は顔を上げ、張遼に鋭い視線を向けると、三度連続突きを繰り出した。


「負けるから、と敵に背を向ける者など武田の武人に一人たりともおらんわ!」


「よかろう。その選択、後悔するが良いぞ」


 張遼は昌輝の槍を偃月刀で叩き折り、そのまま振りかぶる。


 昌輝は張遼の必殺必中の間合いにおり、縦横無尽に、どこから襲いくるかわからない偃月刀を避ける術はない。


 昌輝はもちろん、離れて戦っている信綱も弟の死を覚悟した。


 だが、その刹那。


 一本の矢が戦場の喚声を切り裂くようなものすごい速さで、張遼目掛け飛んできた。


 張遼がその矢を偃月刀で撃ち落とすと、


「昌輝、その者は儂に任せ、先へ行け」


と、炎色の男が叫ぶ声が聞こえた。


「山県昌景か」


 張遼は好敵手の登場にほくそ笑む。


「山県様、しかし……」


 昌輝の話など聞かんとばかりに昌景は馬を飛ばした。


「命を取り留めたな。先へ進ませることを許してはならぬが、山県を食い止めるが先決。次は容赦せぬぞ」


 張遼は昌景から視線を外さず、昌輝の姿すら見ずに告げた。


 昌景の馬は倒れている兵や武器、旗などの障害物を避け、宙を駆けて張遼に襲いかかった。


 人の数倍にも及ぶ体重が重力に引かれ、それに相乗して昌景が長刀を振り下ろした。


 張遼は受け止めきれないと即座に判断して、手綱を捌き、紙一重でかわした。


 強大の破壊力の攻撃は、時として取り返しのつかない隙を生む。


 張遼は着地を狙い偃月刀を繰り出そうとしたが、別な殺気が背後に迫り断念せざるを得なくなった。

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