同時に昌輝も曹純の姿を認識し睨みつける。
「貴殿か」
曹純も昌輝を睨み返した。
「曹純殿、そちらの大刀の男を頼む」
張遼は、先日の二の舞は避けるべく素早く判断を下し、曹純と昌輝を引き離した。
曹純としてははっきりと白黒つけたい思いはあったが、我侭で軍規を乱すわけにはいかず、その思いを耐え、信綱と対峙した。
「今日は我と戦うか」
信綱が嬉しげに笑い、大刀の先を曹純に向けた。
「得物とそれを奮う力は立派だが、技術はどうかな」
曹純は槍をしごき、信綱を挑発するように槍舞を披露する。
「小癪な。では受けてみよ」
信綱が大刀を振り上げ、自身の力と重力を重ね合わせて振り降ろした。
「隙が大きすぎるな。次は攻撃するぞ」
曹純はなんなくかわし、大刀が地を打ち据えた時にはすでに信綱の後方にいた。
「やはりあの相手とは相性が良いな」
「脇を見ているとは、余裕だな!」
昌輝が張遼を槍で数度突くが、張遼はそれを見ずともあっさり避けた。
「殺気に溢れている」
張遼は振り向いて昌輝の欠点を指摘した。
「殺気だと?ここは戦場だ。殺気など掃いて捨てるほど満ちているではないか」
昌輝が反論する。
「貴殿は尖りすぎているのだ。どこを狙っているのか手に取るようにわかるぞ」
「ならばかわしてみせよ」
昌輝が再度、槍を素早く連続で突く。
張遼はものの見事に全ての槍撃を避け、それどころか隙を狙い、何度か寸止めするほどであった。
「我と貴殿の武の差、わかったであろう」
さすがに昌輝も顔面蒼白、返す言葉がない。
「勝ち目のない戦いをするか、退くか。選ぶがよい」
昌輝は顔を上げ、張遼に鋭い視線を向けると、三度連続突きを繰り出した。
「負けるから、と敵に背を向ける者など武田の武人に一人たりともおらんわ!」
「よかろう。その選択、後悔するが良いぞ」
張遼は昌輝の槍を偃月刀で叩き折り、そのまま振りかぶる。
昌輝は張遼の必殺必中の間合いにおり、縦横無尽に、どこから襲いくるかわからない偃月刀を避ける術はない。
昌輝はもちろん、離れて戦っている信綱も弟の死を覚悟した。
だが、その刹那。
一本の矢が戦場の喚声を切り裂くようなものすごい速さで、張遼目掛け飛んできた。
張遼がその矢を偃月刀で撃ち落とすと、
「昌輝、その者は儂に任せ、先へ行け」
と、炎色の男が叫ぶ声が聞こえた。
「山県昌景か」
張遼は好敵手の登場にほくそ笑む。
「山県様、しかし……」
昌輝の話など聞かんとばかりに昌景は馬を飛ばした。
「命を取り留めたな。先へ進ませることを許してはならぬが、山県を食い止めるが先決。次は容赦せぬぞ」
張遼は昌景から視線を外さず、昌輝の姿すら見ずに告げた。
昌景の馬は倒れている兵や武器、旗などの障害物を避け、宙を駆けて張遼に襲いかかった。
人の数倍にも及ぶ体重が重力に引かれ、それに相乗して昌景が長刀を振り下ろした。
張遼は受け止めきれないと即座に判断して、手綱を捌き、紙一重でかわした。
強大の破壊力の攻撃は、時として取り返しのつかない隙を生む。
張遼は着地を狙い偃月刀を繰り出そうとしたが、別な殺気が背後に迫り断念せざるを得なくなった。