「まだ邪魔をするか!容赦せぬと言っておいたはず」
常に冷静な張遼の顔つきがみるみる険しくなっていく。
「昌輝、逃げよ!」
態勢を立て直している最中ではあるが昌景が怒鳴った。
昌輝は張遼に折られた武器を捨て、腰に差してある刀を抜き、立ちふさがっていた。
張遼の偃月刀との間合いは雲泥の差である。
「勝負を汚した罰を受けよ」
「後ろへ飛べ!」
張遼は昌景が声をかけると同時に、瞬速とも思える速さで偃月刀を振り抜いた。
昌輝は昌景の指示に従い後方に跳ねたが、一瞬及ばず、偃月刀の軌跡を胸に受けた。
それでも直前で跳ねたため、斬られたものの出血は少なく、致命傷までには至らなかった。
「次は逃がさぬ」
張遼は先ほどよりも踏み込んで偃月刀を振るおうとした。
だが、立て直した昌景が背後に迫り、昌輝を討つことはかなわなかった。
「おぬしの相手は儂であろう?」
張遼は背後からの昌景の声に反応し、昌輝を再度捨て置き振り返る。
ふてぶてしく笑みを浮かべている昌景を、張遼も相好をくずして見返した。
昌景は時折張遼から視線を逸らし、その奥で傷ついている昌輝を見やり、退けと目で訴える。
張遼は当然気づいていたが、昌輝には最早興味も何もなく、ただ昌景との戦の邪魔になるため遠ざけて欲しく願い、黙って見過ごした。
昌輝はまだ戦えると昌景の視線に首を横に振るが、次第に昌景の目尻が上向いていくことに恐れを感じ、やむなく後退していった。
「待たせたな。これで思う存分暴れられよう」
「ふん。負けた時の言い訳ができなくなったが、良いのか」
「そっくりその言葉返しておこう」
昌景が握手代わりにと槍を張遼に向ける。
張遼もそれに応じ、偃月刀を昌景の槍に合わせた。
二人はそのまま距離を少し置き、
「行くぞ!」
「参る!」
と、ほぼ同時にかけ声を発し一気に詰め寄っていった。
互いの武勇は拮抗しており、そのあまりの激しさに周囲からは兵が離れていった。
数合打ち合うも互いに譲らず。
僅かな隙もなければほんの少しの過失もない。
「すごい!」
曹純は信綱のことを忘れて、二人の闘いに目を奪われていた。
「ずいぶんと余裕じゃないか!」
そんな曹純に信綱が大刀を振り下ろす。
曹純はその豪剣をあっさりと見切り、大刀は地を叩きつけるにとどまった。
「貴殿の攻撃は直線的すぎる。当たらなければなんてことはない」
涼しい顔で語りかける曹純に、信綱が再び大刀で斬りかかる。
「通用しないと言っている」
曹純は身を翻し大刀の軌道を避ける。
「ちっ!」
舌打ちをしつつ、何度も何度も大刀を振るう。
だがその都度、攻撃は空を切るばかり。
「飽きてきたのでそろそろ終わりにさせてもらうぞ」
信綱の攻撃をかわし続けてきた曹純が反撃の意志を示す。
曹純は大刀の間合いに恐れもせず入り込み、信綱の腹部を狙った。
信綱は大刀を地に刺し、それを軸に回転して曹純の剣撃を避けると、無防備な背後を蹴りつけた。