曹純は矢の行方を目で追っていたが、矢は無人の地に突き刺さっただけであった。
「そうはうまくいかんか」
曹純は気持ちを切り替え、信綱と昌輝を捕らえて間合いを計る。
「さすがに拙いか……」
片や手負いとはいえ、先日互角の打ち合いをした男、片や曹純よりも体格も力も強い男。
怒りに我を忘れず、冷静に戦況を分析するがどう考えても無事には済まない。
「ならばどちらかを道連れにするまでよ」
そう呟き、どちらを後に残すと面倒になるかを思慮した。
時折飛んでくる矢を払い落とし、信綱を懐に入れないように牽制しながら目を左右させ、出方を窺いつつ狙いを絞る。
考えがまとまったのか小さく頷くと、落ちている槍を拾い上げ、持っている剣を昌輝に投げつけた。
そこへ隙ありと背後から信綱が飛びかかる。信綱は曹純の首を捕らえると一気に締め上げる。
「真田信綱。我とともに地獄巡りへと参ろうではないか」
ところどころかすれてはっきりとは聞こえない言葉をひねり出すと、曹純は槍を逆手に持ち、柄の先を地につけ支点とした。
その光景は昌輝からは丸見えであった。
「兄上、そやつから離れよ!」
喉も裂けんばかりに叫ぶが、信綱は要領を得ず、力を緩めては逃げられると逆に力を込めた。
遠くなっていく意識の中、曹純はあらん限りの力を振り絞って槍の穂先へと体を沈めていく。
鋭い痛みが腹部を襲い、薄れていた意識を一気に取り戻す。曹純はさらに下方に力を入れた。
焼けるような激痛が全身を駆け巡る。
槍は遂に曹純を貫いた。同時に遮るもののなくなった刃が信綱の下腹部に勢い良く突き刺さる。
熱い炎にえぐられるような感触に驚き、曹純を突き飛ばし、自身も後方へと飛び跳ねた。
だが槍は深くまで侵入しており、さらに穂先のかえしごと強引に引き抜くこととなったため、出血がおびただしい。
慌てて両手で押さえるが、その程度では止まることなくどんどん溢れてくる。
やがて膝が笑いだし、足に力が入らず、血だまりの中に膝をついた。
「あ、兄上!」
すでに事切れているのか、ぴくりとも動かない曹純を後目に、昌輝は信綱の下へと転がるように駆け寄った。
「兄上!兄上!」
昌輝は急いで信綱の軽装の鎧を剥ぎ、自身も鎧を外すと、上着を脱ぎ信綱の傷口をきつく縛り付ける。
そして近くにいる兵から馬を奪い取ると、信綱を乗せ自らも跨り、武田本陣へと駆けさせた。
「ここでは満足に治療などできぬ。遼東へと戻り療養せい」
本陣へ到着するなり、信玄は真田兄弟に戦線離脱を命じた。
昌輝はすぐに出立の用意をし、信玄に挨拶向かった。
「昌輝。おぬしの行動は聞き及んでおる。儂はそれを責めるつもりはないが、周りには良しとせん者の方が多い。おぬしも遼東でおとなしくしておれ」
一方の曹純も部下により曹操本陣へ運ばれていた。
微かだが呼吸はしており、心臓も弱々しい鼓動を繰り返している。
槍が突き刺さったままであったのが不幸中の幸いであったようで、出血はそれほど酷くはない。
部下は槍を抜かずに両端を折り、出血の少ないままで運んだ。
曹操は軍医を呼び曹純を診せるが、いかんせん遠征中の戦地である。
設備からも衛生面からもこのような大怪我の治療は到底できない。